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レーシー
妖精
しおりを挟む僕は少し迷ったが
「ついでにお爺ちゃんにも会った」
と安藤さんの店であった事を話した。
「え? お義父さんに?」
オフクロは驚いたように聞き返してきた。
「うん。爺ちゃんも安藤さんの店にフラッとやってきた」
「ああ、そうかぁ」
オフクロはそれを聞くとすぐに納得したようだった。多分オフクロもあの店でたまに、出会ったりしていたんだろう。結構爺ちゃんは常連らしかったからな。オフクロと出会っていても不思議ではない。僕の躊躇は取り越し苦労だった。
「で、父さんがピアノを辞めた理由は爺ちゃんから聞いた」
「あ、そうなんや。お義父さんから聞いたんや。聞いてどうやった? 納得できたん?」
「うん。取り合えず理解はできた。そんなこともあるんだなって感じかな。オヤジは辛かったんやろうなぁとは思ったけど」
「ふ~ん。そっかぁ……ところであんたも会ったん? お嬢だっけ?……」
オフクロは一瞬聞くのを躊躇うような素振りも見せながら聞いてきた。
「うん。夏に田舎に帰った時に会った」
僕がそう答えるとオフクロは「そうか」というとそれ以上はその話題には触れなかった。
やはり聞いてはみたがあまりその話題には触れたくない……そんな感じがした。
なので僕もそれ以上お嬢の話はしなかった。その代わり気になっていた事をオフクロに聞いた。
「オフクロはオヤジがピアノを辞めるって言うのを聞いた時どう思ったん?」
オフクロは少し考えてから
「そうねえ……とっても寂しかったかなぁ……なんせ、あの人の全てだったからねぇ……ピアノは」
と本当に寂しそうな顔をした。オフクロのこんな表情を見るのは初めてかもしれない。
とってもまずい事を思い出させたようで僕は少し後悔した。
オフクロはそれ以上何も語らなかった。
僕はそのままトーストをかじりながら新聞に目を落とした。
朝食を食べ終わった頃に
「母はちょっと出かけてくるからね。お昼ご飯はそこにサンドイッチを作っておいたから食べておいてね」
とテーブルの上にサランラップに包まれた皿を指差してリビングから出て行った。
どうやら今日は仕事らしい。
ちょうど良かった。今日はこれからピアノを一日弾こうと思っていたところだったから。
また弾き出したらあの妖怪が出てくるかなと思いながら僕はカップに残った珈琲を飲み干した。
暫くして玄関の扉が閉まる音がして僕はオフクロが出て行った事を知った。
僕は食事が終わった後も新聞を読んでいた。我が家が取っている新聞は全国紙ではなく地方紙だ。
だから街の情報が結構詳しく出ている。
実はローカル面を読むのが僕は好きだったりする。
ふと気配を感じで新聞紙から目を離すと、目の前で新聞紙を反対側から覗き込んでいるさっきの小人が目に入った。
「げ? また出た?」
今度は思わず声に出してしまった。
するとその小人は驚いたように顔を上げたが、僕の顔を不思議そうに見て言った。
「なに? わたしが見えているの?」
瞳には驚きと戸惑いが見て取れたがそれも一瞬だった。
「ああ、見える。緑色の帽子も赤いマントもちゃんと見えてる」
「げ! 本当に見えているようね」
なんだか動きがアニメちっくな小人だ。
「うん。はっきり見えてんで……ってあんた何なん?」
二度目なので僕も今回は案外冷静に対応できた。
「わたし……わたしはひとことで言ったら妖精かな」
確かに言われてみれば妖精にも見える。見えるがこのマンションのリビングに不釣合いな響きの言葉だ。
「妖精?」
と僕は聞き返した。
「そう。妖精」
ある意味予想通りの答えだった。
ここで『実はわたしは月光仮面のおじさんだ』なんて言われた方が、驚きは大きいだろう……なんてことを考える余裕さえあった。
「なんの妖精? 便所の妖精とか?」
「違う! そんな臭いそうなもんではない」
妖精は眉間にしわを寄せて憤って見せた。その顔も案外可愛い。
兎に角、お約束は外さないたちの妖精らしい。とってもいい受け答えだ。
「じゃあ、その色使い。季節外れの年がら年中クリスマスのおめでたい妖精とか?」
「ぶっぶ~。それも外れ。わたしはあのキャビネットの妖精……正確にはあのキャビネットになる前のクルミの木が立っていた森に棲む精霊」
なぜか誇らしげにドヤ顔で妖精は言った。
その自信はどこから来るのか教えて欲しいと思った。
「何だその親戚の友達のお父さんの弟みたいなどうでもいいような説明は……」
僕はその妖精だか精霊だか訳のわからん得体の知れない者のくどい説明がおかしく、笑いながらその自称妖精が指さした先を目で追った。
僕の目はリビングの入口近くに置いてあったクルミの木で作られたアンティークなコールキャビネットを捉えた。
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