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レーシー
こきりこ節
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――俺ってこの曲をこんな風に弾いていたっけ?――
自分で弾いておきながらなんてことを思っているんだと自問自答しながら僕は『きらきら星変奏曲』を弾いていた。
今この場で一番いい音色がイメージされて、僕はそれを指に落とし込んでいる。
本来ここで鳴り響くべき音を僕は弾いている。そんな気持ちになっていた。
――今僕はピアノを弾いている!!――
という当たり前の事を改めて認識した。いや、やっと本当にピアノの音色に気が付いたというべきか?
僕はこの感覚が不思議で楽しくてどうしようもなくなって来て、続けざまに何曲も一気に弾いた。
それと同時にこの曲をモノにするまでにどれほど弾きこんだかとか、先生が弾く姿があまりにも美しかったのでどうしても弾きたくなった曲とか色々な事が浮かんでは消える。
でも、何度も弾いてきた曲なのに初めて弾く曲のように新鮮な感覚を受けていた。
僕はレーシーに思いつく曲をどんどん弾いて聞かせた。
そして不思議な感覚に襲われていた。
曲によって音の響きが違う。驚く程違って聞こえた。今この場でふさわしくない音なんだろうか? 伸びがない音がある。弾いていてしっくりこない。指になじまない。
例えて言うなら、野球で強打者が良い感じでジャストミートの手ごたえを感じていたのに打球はそれほど伸びなかった……みたいなそんな違和感を感じる曲がある。
言葉で言い表すのは難しいが、この空間にも好き嫌いがあるようだ。気に入られた音はすっと溶けていくような感覚を覚える。その時は空間に弾いた曲が受け入れられたという感じがする。音の粒が受け入れられてどこまでも運ばれていくような気がする。音の透明感が増す。
反対に拒絶された場合は音の粒はいかに綺麗に弾こうともシャボン玉のように儚くすぐに消える。
そんな不思議な感覚を僕は体感していた。
――まるで音と戯れているようだ――
なんとなくピアノが弾いて欲しそうな曲はこの曲だな……とか感じ始めていたが、そのピアノを音の粒を運ぶ空間にも聴きたい曲があるのかもしれない……そんな事を思った。
今日の僕の家のリビングの空気はモーツァルトがお好みのようだ。そしてレーシーもモーツァルトはお気に入りのようだ。
さすがはヨーロッパ生まれの妖精だと思ったが、そこで僕は少しいたずらしたくなった。
唐突に富山の民謡「こきりこ節」を弾いてみた。
ついでに『マドのサンサはデデレコデン ハレのサンサもデデレコデン』と歌いそうになったがそれは我慢した。
この曲は小学生の時に富山出身の先生が学芸会で僕たちに歌わせた曲で、その時僕はこの曲をピアノで弾いた。いや、弾かされた。
民謡をピアノで弾くなんて考えてもいなかったが、この曲を弾いてみてすっかり好きになってしまった。その上、学芸会が終わってからも色々とアレンジして好きなように弾いてみたりしていた。
僕はレーシーはどんな顔をするか見てみたかった。
弾き始めた時はちょっと戸惑ったような感じもしたが、すぐに曲に体をあずけていた。そして『マドのサンサ』で片目をあけて笑った。その笑みは「なんかいつもと違う曲が聴けて嬉しい」という意味だと僕は解釈した。
やはり森林出身の田舎者の精霊は、自然を感じる曲がお好みの様だ。
レーシーにも森の香りがこの曲から感じられたのかもしれない……僕はそんな気がした。
思った以上にこの部屋の空気はこの曲を受け入れてくれた。音が透き通って延びるような感覚。
「今のはどう?」
「良い曲ね。本当に雪の降る景色が見えたわ。わたしこの曲好きよ。素朴なのに凝縮された音だわ」
レーシーは僕のアレンジのこきりこ節を気に入ってくれたようだ。
ふと壁に掛かっている時計を見たら1時を回っていた。どうやら僕は3時間以上もピアノを弾いていたようだ。
あっという間に時間が流れていった。僕は少し驚いた。時間の経つのが早過ぎると。
「もう聞き疲れたやろ?」
僕はレーシーに聞いた。
「ううん。全然。楽しかったよ。でも亮平が疲れたでしょ?」
彼女は首を振ってから心配そうに僕を気遣った。
「うん。少しお腹も空いた」
「ご飯食べて。今日はありがとう」
「いえいえ。お気に召されたようで光栄ですわ」
と僕は応えた。
「でも本当に音が変わったわ。そしてまだこれからも変わりそう……昨日は何があったの?」
「何もないで。ただオヤジが子供の頃に弾いていたピアノを弾いたんやけど、その時にオヤジの子供の頃の情景やオヤジがピアノを弾いている情景が目の前に現れてなんだか自分でピアノを弾いたような気がしぃひんかったわ」
僕はレーシーに安藤さんの店で弾いたオヤジの古いピアノのことを話した。
そしてその時に体験した不思議な感覚の事も話をした。
自分で弾いておきながらなんてことを思っているんだと自問自答しながら僕は『きらきら星変奏曲』を弾いていた。
今この場で一番いい音色がイメージされて、僕はそれを指に落とし込んでいる。
本来ここで鳴り響くべき音を僕は弾いている。そんな気持ちになっていた。
――今僕はピアノを弾いている!!――
という当たり前の事を改めて認識した。いや、やっと本当にピアノの音色に気が付いたというべきか?
僕はこの感覚が不思議で楽しくてどうしようもなくなって来て、続けざまに何曲も一気に弾いた。
それと同時にこの曲をモノにするまでにどれほど弾きこんだかとか、先生が弾く姿があまりにも美しかったのでどうしても弾きたくなった曲とか色々な事が浮かんでは消える。
でも、何度も弾いてきた曲なのに初めて弾く曲のように新鮮な感覚を受けていた。
僕はレーシーに思いつく曲をどんどん弾いて聞かせた。
そして不思議な感覚に襲われていた。
曲によって音の響きが違う。驚く程違って聞こえた。今この場でふさわしくない音なんだろうか? 伸びがない音がある。弾いていてしっくりこない。指になじまない。
例えて言うなら、野球で強打者が良い感じでジャストミートの手ごたえを感じていたのに打球はそれほど伸びなかった……みたいなそんな違和感を感じる曲がある。
言葉で言い表すのは難しいが、この空間にも好き嫌いがあるようだ。気に入られた音はすっと溶けていくような感覚を覚える。その時は空間に弾いた曲が受け入れられたという感じがする。音の粒が受け入れられてどこまでも運ばれていくような気がする。音の透明感が増す。
反対に拒絶された場合は音の粒はいかに綺麗に弾こうともシャボン玉のように儚くすぐに消える。
そんな不思議な感覚を僕は体感していた。
――まるで音と戯れているようだ――
なんとなくピアノが弾いて欲しそうな曲はこの曲だな……とか感じ始めていたが、そのピアノを音の粒を運ぶ空間にも聴きたい曲があるのかもしれない……そんな事を思った。
今日の僕の家のリビングの空気はモーツァルトがお好みのようだ。そしてレーシーもモーツァルトはお気に入りのようだ。
さすがはヨーロッパ生まれの妖精だと思ったが、そこで僕は少しいたずらしたくなった。
唐突に富山の民謡「こきりこ節」を弾いてみた。
ついでに『マドのサンサはデデレコデン ハレのサンサもデデレコデン』と歌いそうになったがそれは我慢した。
この曲は小学生の時に富山出身の先生が学芸会で僕たちに歌わせた曲で、その時僕はこの曲をピアノで弾いた。いや、弾かされた。
民謡をピアノで弾くなんて考えてもいなかったが、この曲を弾いてみてすっかり好きになってしまった。その上、学芸会が終わってからも色々とアレンジして好きなように弾いてみたりしていた。
僕はレーシーはどんな顔をするか見てみたかった。
弾き始めた時はちょっと戸惑ったような感じもしたが、すぐに曲に体をあずけていた。そして『マドのサンサ』で片目をあけて笑った。その笑みは「なんかいつもと違う曲が聴けて嬉しい」という意味だと僕は解釈した。
やはり森林出身の田舎者の精霊は、自然を感じる曲がお好みの様だ。
レーシーにも森の香りがこの曲から感じられたのかもしれない……僕はそんな気がした。
思った以上にこの部屋の空気はこの曲を受け入れてくれた。音が透き通って延びるような感覚。
「今のはどう?」
「良い曲ね。本当に雪の降る景色が見えたわ。わたしこの曲好きよ。素朴なのに凝縮された音だわ」
レーシーは僕のアレンジのこきりこ節を気に入ってくれたようだ。
ふと壁に掛かっている時計を見たら1時を回っていた。どうやら僕は3時間以上もピアノを弾いていたようだ。
あっという間に時間が流れていった。僕は少し驚いた。時間の経つのが早過ぎると。
「もう聞き疲れたやろ?」
僕はレーシーに聞いた。
「ううん。全然。楽しかったよ。でも亮平が疲れたでしょ?」
彼女は首を振ってから心配そうに僕を気遣った。
「うん。少しお腹も空いた」
「ご飯食べて。今日はありがとう」
「いえいえ。お気に召されたようで光栄ですわ」
と僕は応えた。
「でも本当に音が変わったわ。そしてまだこれからも変わりそう……昨日は何があったの?」
「何もないで。ただオヤジが子供の頃に弾いていたピアノを弾いたんやけど、その時にオヤジの子供の頃の情景やオヤジがピアノを弾いている情景が目の前に現れてなんだか自分でピアノを弾いたような気がしぃひんかったわ」
僕はレーシーに安藤さんの店で弾いたオヤジの古いピアノのことを話した。
そしてその時に体験した不思議な感覚の事も話をした。
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