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スケッチブック
スケッチブック
しおりを挟む「基本的にはチーズケーキが一番好きやから……」
そう、僕はチーズケーキのようにあっさりとしたケーキが好きだった。
「ふぅん……まあ男の子は甘いものはあまり関心がないからねえ」
と仁美さんは不満そうに呟いた。どうやら僕の選択は満足いくものでは無かったようだ。
僕が抹茶ムースを選ぶと思っていたようだが、逆に僕がそれを選ぶと思った根拠を問い詰めたかった。
ま、何はともあれ、ここのチーズケーキは本当に美味い。
という事で、僕は遠慮なく手で持ったチーズケーキにかぶりついた。
それを見てオフクロが
「お皿の上に置いて食べなさい」
と言って立ち上がり食器棚から小さな銀のフォークとマイセンの皿を持ってきた。
僕は黙って受け取るとチーズケーキをそこに置いた。
「本当にガサツなんだから……」
オフクロは呆れたように声を上げた。
――その前に『ケーキを食べろ』と声を掛けたんなら先に皿ぐらい用意しろ――
と僕は心の中で毒づいた。
「まあ、男の子なんだから仕方ないでしょう。こんなもんよ」
と仁美さんはフォローしてくれた。
――マイセンのカップで焼酎を飲むようなガサツなオフクロに言われたくない――
僕はおばさん二人に挟まれて、おとなしくチーズケーキを食った。
「あ、そうそう。これを渡すのを忘れとったわ」
そう言うと仁美さんは思い出したように大きなショルダーバックからスケッチブックを取り出した。
それは古ぼけたスケッチブックで表紙も鉛筆の跡で黒く汚れていた。
「なにこれ?」
オフクロは怪訝な顔をしてそのスケッチブックを手に取った。そしてゆっくりと開いた。
僕は珈琲を飲みながらそれを覗き見た。
最初のページ。そこには鉛筆を持つ右手のスケッチが描かれていた。多分女性……細い綺麗な華奢な手だ。
「あ」
軽く声を上げたのはオフクロだった。
「そう、あんたのスケッチブックよ」
仁美さんは上目遣いにオフクロを見た。
「どうしたん、これ?」
オフクロは顔を上げて仁美さんに聞いた。
「あんたが昔……高校時代か大学時代か忘れたけど、うちの家に置いていったん」
「えぇ~そんなもんをあんたの家に持っていったんや。何を考えていたんやろう」
オフクロは本気で驚いたように叫んだ。
「それは私が聞きたいわ」
仁美さんは笑って答えていた。僕も同意見だった。
「なんで今頃こんなん持って来たん?」
オフクロは自分の描いたスケッチを見ながら仁美さんに聞いた。
「いや、ちょうど部屋を片付けていたら出てきてん」
「ふ~ん。なんで今頃片付けもんを?」
オフクロはスケッチブックから目を離さないで聞いた。
「べ、別に気が向いただけよ」
「ふ~ん。そろそろ一緒に住むのかなぁ? 安ちゃんの家に転がり込むのかなぁ?」
「なんなんそれ? あんた性格悪なったんちゃうん?」
明らかに仁美さんは顔が赤くなっている。
「そんな事ないで」
そう言ってオフクロは顔を上げてニタッと笑った。目つきがいやらしい。
……確かにオフクロの性格は悪い。
それは昔からだ。つい最近悪くなったのではない。だから『悪くなった』のではなく、そもそも性格は『悪い』のだ。
それにしてもオフクロの推理力は大したもんだ。仁美さんの表情を見るとどうやら図星だったらしい。
スケッチブックを持って来たことからそこまで行動を推測できる発想は凄いと思ったが、同時にこの二人のこれまでの付き合いの深さも相当なもんなんだろうと想像した。
それでもオフクロはまた懐かしそうに描かれた右手を視線を落とした。鉛筆を持つ女子の右手。
「これ美術の時間に描いた絵やわ」
「もしかしてこれはあんたの右手?」
仁美さんはスケッチブックを覗き込みながらオフクロに聞いた。
「うん。そう。ピチピチの十六歳の私の右手よ」
何故かオフクロは自慢げに言った。
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