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第二部 ピアノとヴァイオリン
オヤジとカウンターで
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そんな事があった週末、安藤さんの店で僕はオヤジと並んでカウンターに座っていた。
「なぁ、父さんはヴァイオリンとかとアンサンブルした事あんの?」
僕は思い切ってオヤジに聞いてみた。
今までオヤジに昔のピアノに関する想い出を敢えて聞く事はしなかった。もしかしたらオヤジにとって触れて欲しくない過去かもしれないと危惧していたからだった。
「あ~ん? なんか伴奏でも頼まれたんかぁ?」
そんな僕の危惧を一瞬で粉砕するかのような、どうでもいいようなオヤジの気の抜けた返事が返って来た。
「いや、そういう訳や無いんやけど……」
オヤジは軽く考えてから
「そうやなぁ、何度かあるなぁ。ピアノは結構、独りぼっちの寂しい楽器やからな。たまには誰かと絡みたくなるわな」
と笑った。
機会は少ないとは言え、オヤジとピアノの話をするのは実は楽しいし新鮮な感覚だ。本音で言えばオヤジの過去の話は色々と聞いてみたいと思っていた。
「この前、うちの高校の女の子とヴァイオリンと一緒に演奏してん」
「ほほ~、で、何を弾いたんや?」
オヤジは興味ありげに聞いてきた。
「モーツァルトのヴァイオリンソナタの二十一番」
「うわ。また暗い曲を弾いたもんやな」
間髪入れずに呆れ気味にオヤジは僕を見た。オヤジに言われなくても僕もそう思っていた。
「うん。たまたまその楽譜を持ってたから……父さん、その曲知ってるんや」
「ああ、知っとうわ。でもこれからは、たまたま持つんやったらもっと明るい楽譜にしとけな」
オヤジは眉間に皺を寄せながらそう言うと笑った。
「で、一緒に弾いた女の子って同級生なんか?」
「うん。そう」
「ほほぉ、それで二十一番を弾いたんか……達者な子やな」
オヤジは感心したように頷いた。
「それって凄いんか?」
安藤さんが口を挟んだ。
「そうやな。高校生がクリーム時代のクラプトンを完コピするぐらいの凄さやな。まあライブのクロスロードのギーターソロを弾いたようなもんや」
オヤジは柿の種を食べながら安藤さんに教えた。
「そ、そりゃ、まぁ…凄いな……」
安藤さんはオヤジの例えで理解できたようだが、そもそもこの例えが僕には全く分からなかった。オッサン同士の会話はたまに話が見えない時がある。これがジェネレーションギャップという奴なんだろう。
まあ、でもオヤジが凄いというぐらいには、結城瑞穂は達者なヴァイオリン奏者なんだろうと想像できた。そもそもその本人の音を聞いて一緒に弾いているんだから僕が一番分かっている。
「で、ヴァイオリンとの共演はどうやった?」
「うん。いつもの演奏とは違う緊張感があった。中学生の時に伊能先生に言われてヴァイオリンと弾いた時はついて行くのに必死やったから良く分からんかったけど、今回は違ごうた」
「どんな風に?」
「う~ん。そうやなぁ……なんか楽器で会話しているみたいな感じかな……ここをこう弾いて欲しいとか、こういう感情で今弾いているとか……そういうのが何となく分かる……みたいな感じかな」
僕は瑞穂と弾いた時の感情を思い出しながら話をした。でも言葉で説明するのは難しい。あの独特の感覚は何と言って説明して良いのか分からなかった。
「ほぅ、恰好ええなぁ」
とオヤジは笑った。
「恰好ええんかぁ? それって……」
「いや、知らん。言うてみただけや……ところで中学校の時って……もしかして発表会の時にやったやつか?」
「そう」
「ああ、あれかぁ……あの時のヴァイオリンは結構お前のピアノに合わせて弾いてくれとったな」
「やっぱりそうなん?……って、父さんも見ていたんや」
「そうや、おったで。冴子たちは普通にピアノを弾いていたのに、お前だけがアンサンブルやったから驚いたわ。まぁ、初めてにしたら上手に弾いとったな」
オヤジにダメ出しされなくて良かった。
「でも、あのヴァイオリンを弾いていた女の人は巧かったなぁ……まだ若かったのになぁ」
とオヤジは記憶を辿る様に天井を見上げて言った。
僕のつられて天井を見ながら
「うん。多分そうやと思う。俺は必死のパッチで分からんかったけど」
と答えた。
「お前ら何を仲良く天井見上げて話ししてんねん。そこになんかおんのか?」
安藤さんが呆れたような声を出して笑った。
「なぁ、父さんはヴァイオリンとかとアンサンブルした事あんの?」
僕は思い切ってオヤジに聞いてみた。
今までオヤジに昔のピアノに関する想い出を敢えて聞く事はしなかった。もしかしたらオヤジにとって触れて欲しくない過去かもしれないと危惧していたからだった。
「あ~ん? なんか伴奏でも頼まれたんかぁ?」
そんな僕の危惧を一瞬で粉砕するかのような、どうでもいいようなオヤジの気の抜けた返事が返って来た。
「いや、そういう訳や無いんやけど……」
オヤジは軽く考えてから
「そうやなぁ、何度かあるなぁ。ピアノは結構、独りぼっちの寂しい楽器やからな。たまには誰かと絡みたくなるわな」
と笑った。
機会は少ないとは言え、オヤジとピアノの話をするのは実は楽しいし新鮮な感覚だ。本音で言えばオヤジの過去の話は色々と聞いてみたいと思っていた。
「この前、うちの高校の女の子とヴァイオリンと一緒に演奏してん」
「ほほ~、で、何を弾いたんや?」
オヤジは興味ありげに聞いてきた。
「モーツァルトのヴァイオリンソナタの二十一番」
「うわ。また暗い曲を弾いたもんやな」
間髪入れずに呆れ気味にオヤジは僕を見た。オヤジに言われなくても僕もそう思っていた。
「うん。たまたまその楽譜を持ってたから……父さん、その曲知ってるんや」
「ああ、知っとうわ。でもこれからは、たまたま持つんやったらもっと明るい楽譜にしとけな」
オヤジは眉間に皺を寄せながらそう言うと笑った。
「で、一緒に弾いた女の子って同級生なんか?」
「うん。そう」
「ほほぉ、それで二十一番を弾いたんか……達者な子やな」
オヤジは感心したように頷いた。
「それって凄いんか?」
安藤さんが口を挟んだ。
「そうやな。高校生がクリーム時代のクラプトンを完コピするぐらいの凄さやな。まあライブのクロスロードのギーターソロを弾いたようなもんや」
オヤジは柿の種を食べながら安藤さんに教えた。
「そ、そりゃ、まぁ…凄いな……」
安藤さんはオヤジの例えで理解できたようだが、そもそもこの例えが僕には全く分からなかった。オッサン同士の会話はたまに話が見えない時がある。これがジェネレーションギャップという奴なんだろう。
まあ、でもオヤジが凄いというぐらいには、結城瑞穂は達者なヴァイオリン奏者なんだろうと想像できた。そもそもその本人の音を聞いて一緒に弾いているんだから僕が一番分かっている。
「で、ヴァイオリンとの共演はどうやった?」
「うん。いつもの演奏とは違う緊張感があった。中学生の時に伊能先生に言われてヴァイオリンと弾いた時はついて行くのに必死やったから良く分からんかったけど、今回は違ごうた」
「どんな風に?」
「う~ん。そうやなぁ……なんか楽器で会話しているみたいな感じかな……ここをこう弾いて欲しいとか、こういう感情で今弾いているとか……そういうのが何となく分かる……みたいな感じかな」
僕は瑞穂と弾いた時の感情を思い出しながら話をした。でも言葉で説明するのは難しい。あの独特の感覚は何と言って説明して良いのか分からなかった。
「ほぅ、恰好ええなぁ」
とオヤジは笑った。
「恰好ええんかぁ? それって……」
「いや、知らん。言うてみただけや……ところで中学校の時って……もしかして発表会の時にやったやつか?」
「そう」
「ああ、あれかぁ……あの時のヴァイオリンは結構お前のピアノに合わせて弾いてくれとったな」
「やっぱりそうなん?……って、父さんも見ていたんや」
「そうや、おったで。冴子たちは普通にピアノを弾いていたのに、お前だけがアンサンブルやったから驚いたわ。まぁ、初めてにしたら上手に弾いとったな」
オヤジにダメ出しされなくて良かった。
「でも、あのヴァイオリンを弾いていた女の人は巧かったなぁ……まだ若かったのになぁ」
とオヤジは記憶を辿る様に天井を見上げて言った。
僕のつられて天井を見ながら
「うん。多分そうやと思う。俺は必死のパッチで分からんかったけど」
と答えた。
「お前ら何を仲良く天井見上げて話ししてんねん。そこになんかおんのか?」
安藤さんが呆れたような声を出して笑った。
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