378 / 439
弦楽のためのアダージョ
部活にて その4
しおりを挟む
「そんなん可能なん? とりあえず弦楽器に触れさせてあげる程度やなかったん?」
いくら授業で習っているからと言って、流石に初心者をオーケストラにすぐに参加させるとは想像もしていなかった。
「可能かどうかは私には分からへんけど、『やる限りはみんなで合奏できるレベルまでは持っていく』って言うてはったで」
と当たり前のように瑞穂は答えた。
「誰が?」
と大二郎が聞いた。
「ダニー先生が」
「嘘?!」
僕と大二郎は声を合わせて応えてしまった。
「ホンマ。弦楽器だけでやる曲もあるやん」
と瑞穂は教えてくれた。
「それはあるけど……ホンマにぃ?」
とまた大二郎が聞き返した。
「ホンマ。ダニー先生が楽譜は用意してくれとう」
「へぇ……で、何やらすん?」
と今度は僕が聞いた。
「あんたらホンマに冴子の話をなんも聞いてないんやな。この前言うとったやろ?」
と呆れたような表情で瑞穂は僕と大二郎の前に楽譜を突き出した。
それは『エーデルワイス』の二重奏の楽譜だった。
「これを夏休みまでに一年生は二重奏で演奏できるようになるのがダニー先生からの課題」
と瑞穂は言った。
「知らんで」
と僕と大二郎は同時に首を激しく横に振った。
どうやらパートリーダ会議で冴子がそういう話をしたらしいのだが、それをリーダーでもなんでもない僕と大二郎は聞いていなかった。本来なら会議の後にリーダーからフィードバックがあるのだが、それを僕たちは聞いていなかった。
「冴子が伝えたはずなんやけどなぁ……」
眉間に皺を寄せて瑞穂が低い声で言った。
「聞いてへんなぁ……お前聞いたかぁ?」
と僕は大二郎に同意を求めるように聞いた。
「いや、知らん。聞いてへん」
と大二郎も首を振った。
「まあ、亮ちゃんは例のコンサートがあったから仕方ないとしても、大ちゃんは聞いてない事ないやろ?」
「いや、聞いてへん」
と大二郎はかたくなに言い張った。
「ふ~ん。なんやったら冴子を呼ぼかぁ?」
と瑞穂は完全に大二郎を見下したような表情で言った。
「いえ、結構です。僕たちが聞いていませんでした」
と大二郎とつられて僕も間髪入れずに首を激しく縦に振って応えた。
ここで冴子を呼ばれたら大二郎がどんな詰られ方をするか考えるまでもなかったし、その余波は僕にまで及ぶことは想像に難くない。
「それにしても夏休みまでに二重奏かぁ……」
僕は楽譜に目を落としながらつぶやいた。
「うん。『ボウイングとスケールの練習がある程度できるようになったら、課題曲をやるように』って指示されたみたい」
と僕のつぶやきを耳にした瑞穂が応えてくれた。
「そうやなぁ……一人で練習するより誰かと一緒にやる方が楽しいもんなぁ」
と大二郎が納得したように頷いた。
僕もその意見には賛成である。
ピアノの練習はいつも一人だった。
でも冴子や宏美がいるから僕は頑張れたような気がする。
弾くこと自体は全然苦痛ではなかった。
ただ難しいフレーズを諦めずに何度も練習できたのは『今度二人に会う時は上手く弾ける姿を見せたい』という自己顕示欲だったかもしれないが、この二人といつも一緒に練習できたから、高校に入るまで惰性であったとしてもピアノを習い続けることができたと思っている。
そう、習いたての初心者は合奏すると演奏する楽しみを早く知る事が出来る。
僕自身、二人からヴァイオリン練習のピアノ伴奏を頼まれるのは、とても楽しみだった。
一人で弾くのとは違う楽しみがあった。
「その通り。ダニー先生は、やるからにはとことん楽しんで演奏せえへんと気が済まへんらしいわ」
と瑞穂は笑いながら言った。
なんとなく『ダニーなら言いそうなセリフや』と僕も思った。
「だからあたらもさっさと後輩の面倒見てや」
という捨て台詞を残して瑞穂は去っていった。
「せやな……ほな行きますか」
僕たち二人も後輩のボウイングの輪の中に入っていった。
いくら授業で習っているからと言って、流石に初心者をオーケストラにすぐに参加させるとは想像もしていなかった。
「可能かどうかは私には分からへんけど、『やる限りはみんなで合奏できるレベルまでは持っていく』って言うてはったで」
と当たり前のように瑞穂は答えた。
「誰が?」
と大二郎が聞いた。
「ダニー先生が」
「嘘?!」
僕と大二郎は声を合わせて応えてしまった。
「ホンマ。弦楽器だけでやる曲もあるやん」
と瑞穂は教えてくれた。
「それはあるけど……ホンマにぃ?」
とまた大二郎が聞き返した。
「ホンマ。ダニー先生が楽譜は用意してくれとう」
「へぇ……で、何やらすん?」
と今度は僕が聞いた。
「あんたらホンマに冴子の話をなんも聞いてないんやな。この前言うとったやろ?」
と呆れたような表情で瑞穂は僕と大二郎の前に楽譜を突き出した。
それは『エーデルワイス』の二重奏の楽譜だった。
「これを夏休みまでに一年生は二重奏で演奏できるようになるのがダニー先生からの課題」
と瑞穂は言った。
「知らんで」
と僕と大二郎は同時に首を激しく横に振った。
どうやらパートリーダ会議で冴子がそういう話をしたらしいのだが、それをリーダーでもなんでもない僕と大二郎は聞いていなかった。本来なら会議の後にリーダーからフィードバックがあるのだが、それを僕たちは聞いていなかった。
「冴子が伝えたはずなんやけどなぁ……」
眉間に皺を寄せて瑞穂が低い声で言った。
「聞いてへんなぁ……お前聞いたかぁ?」
と僕は大二郎に同意を求めるように聞いた。
「いや、知らん。聞いてへん」
と大二郎も首を振った。
「まあ、亮ちゃんは例のコンサートがあったから仕方ないとしても、大ちゃんは聞いてない事ないやろ?」
「いや、聞いてへん」
と大二郎はかたくなに言い張った。
「ふ~ん。なんやったら冴子を呼ぼかぁ?」
と瑞穂は完全に大二郎を見下したような表情で言った。
「いえ、結構です。僕たちが聞いていませんでした」
と大二郎とつられて僕も間髪入れずに首を激しく縦に振って応えた。
ここで冴子を呼ばれたら大二郎がどんな詰られ方をするか考えるまでもなかったし、その余波は僕にまで及ぶことは想像に難くない。
「それにしても夏休みまでに二重奏かぁ……」
僕は楽譜に目を落としながらつぶやいた。
「うん。『ボウイングとスケールの練習がある程度できるようになったら、課題曲をやるように』って指示されたみたい」
と僕のつぶやきを耳にした瑞穂が応えてくれた。
「そうやなぁ……一人で練習するより誰かと一緒にやる方が楽しいもんなぁ」
と大二郎が納得したように頷いた。
僕もその意見には賛成である。
ピアノの練習はいつも一人だった。
でも冴子や宏美がいるから僕は頑張れたような気がする。
弾くこと自体は全然苦痛ではなかった。
ただ難しいフレーズを諦めずに何度も練習できたのは『今度二人に会う時は上手く弾ける姿を見せたい』という自己顕示欲だったかもしれないが、この二人といつも一緒に練習できたから、高校に入るまで惰性であったとしてもピアノを習い続けることができたと思っている。
そう、習いたての初心者は合奏すると演奏する楽しみを早く知る事が出来る。
僕自身、二人からヴァイオリン練習のピアノ伴奏を頼まれるのは、とても楽しみだった。
一人で弾くのとは違う楽しみがあった。
「その通り。ダニー先生は、やるからにはとことん楽しんで演奏せえへんと気が済まへんらしいわ」
と瑞穂は笑いながら言った。
なんとなく『ダニーなら言いそうなセリフや』と僕も思った。
「だからあたらもさっさと後輩の面倒見てや」
という捨て台詞を残して瑞穂は去っていった。
「せやな……ほな行きますか」
僕たち二人も後輩のボウイングの輪の中に入っていった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる