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夏の終わりのフルート
朝練
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夏休みもそろそろ終ろうかというのに朝から残暑が厳しい日だった。
その日、僕は哲也と拓哉と三人で朝早くから音楽室で練習していた。
吹奏楽部に駆り出されていた拓哉が戻ってきて、久しぶりにこの三人が揃っての音合わせだった。しかし戻ってきて早々に拓哉は夏季補習を午後から受けるというので、僕たちが揃って練習するには朝からするしかなかった。
そういう訳で朝に弱い僕も早起きする羽目になってしまった。
昼前に三人での練習を切り上げ、僕たちは拓哉の三年二組の教室に移動して昼食をとることにした。
「暑すぎるやろ! この教室!」
教室に入るなりいつものように哲也が叫びながら窓を開放した。教室は凄まじい熱気だった。この部屋に五分も居たら間違いなく死ねる気がする。
「まあ、エアコンもすぐには効かんからな」
と笑いながら拓哉がエアコンのスイッチを入れた。
僕は黙ってエアコンの前に立っていた。
「なにお前だけ先に涼もうとしとんや」
と僕を押しのけるように哲也が身体を押し付けてきた。
「暑苦しいからくっつくな!」
と僕は言いながら身体に力を込めて押し返した。
「お前こそ、こっちに来んな!」
と哲也は更に押し返そうとする。
「お前ら! その見苦しい姿は見ているだけで暑苦しくなるから止めれ」
と半ば呆れたような表情を見せながら拓哉が近寄ってきた。
その時開け放った窓からフルートの寂しげな音色が僕の耳に届いた。
二人も同じくその音色に気が付いたようだった。吹奏楽部の誰かが吹いているのだろうか?
「あぁ……吹部の夏も終わったなぁ……」
と哲也が呟いた。
「ああ……でも、今年は関西まで行けたやん」
と僕もそれに応えるように呟いた。
拓哉は窓の景色に目をやりながら黙っていた。彼はフルートの音色が気になっているようだった。
つい最近まで吹奏楽部員として一緒に演奏していた拓哉は、このフルートの音色を聞いてどう思っているんだろうと少し気になった。
「ホンマやなぁ……今年は頑張っとったもんな。なんせあの谷端のおっさんが真剣やったみたいやったし……」
と拓哉の横顔を見ながら哲也は言った。
いつもなら市大会で消え去る我が校の吹奏楽部は、今年は関西大会まで健闘した。
『顧問に依って吹奏楽部は変わる』とはよく聞くが、確かに今年の谷端先生は気合が入っていた。
そもそもこの学校に赴任する前まで谷端先生は『優秀な指導者』という評判だったらしい。
うちの学校では『生徒任せの馴れ合い指導』と揶揄されていた谷端先生であったが、生徒がやる気にさえなればそれなりの指導はできる先生なのだ。今年は吹奏楽部の部員が本気で全国を目指していたようで、久しぶりに先生の指導魂に火が付いたという噂だった。
器楽部から助っ人に行った拓哉たち三年生四人はもとより、中学時代に関西大会を経験している一年生メンバー達も加わった事で、吹奏楽部全体の意識が変わったようだ。
ずっと窓の外の景色を見ていた拓哉が呟いた。
「千恵蔵かぁ……」
瀬戸千恵子のフルートの音を中学校の吹奏楽部時代から聞いていた拓哉には、聞き慣れた音色だったのだろう。
僕と哲也は耳をそばだててその音色を追いかけた。
青い空にフルートの音が寂し気に吸い込まれていく。この音は間違いなく瀬戸千恵子のフルートの音だった。寂しげな音色ではあるがいつまでも聞いていたくなる音色だった。
「そうやな。この音は千恵蔵やな」
と僕が応えると
「はぁ……せやな……あそこまで行ったら吹部のやつ等も全国に行きたかったやろ……」
と哲也がため息交じりで言った。
吹奏楽部は関西大会で金賞を取ったが、全国にはあと一歩届かなかった。
その日、僕は哲也と拓哉と三人で朝早くから音楽室で練習していた。
吹奏楽部に駆り出されていた拓哉が戻ってきて、久しぶりにこの三人が揃っての音合わせだった。しかし戻ってきて早々に拓哉は夏季補習を午後から受けるというので、僕たちが揃って練習するには朝からするしかなかった。
そういう訳で朝に弱い僕も早起きする羽目になってしまった。
昼前に三人での練習を切り上げ、僕たちは拓哉の三年二組の教室に移動して昼食をとることにした。
「暑すぎるやろ! この教室!」
教室に入るなりいつものように哲也が叫びながら窓を開放した。教室は凄まじい熱気だった。この部屋に五分も居たら間違いなく死ねる気がする。
「まあ、エアコンもすぐには効かんからな」
と笑いながら拓哉がエアコンのスイッチを入れた。
僕は黙ってエアコンの前に立っていた。
「なにお前だけ先に涼もうとしとんや」
と僕を押しのけるように哲也が身体を押し付けてきた。
「暑苦しいからくっつくな!」
と僕は言いながら身体に力を込めて押し返した。
「お前こそ、こっちに来んな!」
と哲也は更に押し返そうとする。
「お前ら! その見苦しい姿は見ているだけで暑苦しくなるから止めれ」
と半ば呆れたような表情を見せながら拓哉が近寄ってきた。
その時開け放った窓からフルートの寂しげな音色が僕の耳に届いた。
二人も同じくその音色に気が付いたようだった。吹奏楽部の誰かが吹いているのだろうか?
「あぁ……吹部の夏も終わったなぁ……」
と哲也が呟いた。
「ああ……でも、今年は関西まで行けたやん」
と僕もそれに応えるように呟いた。
拓哉は窓の景色に目をやりながら黙っていた。彼はフルートの音色が気になっているようだった。
つい最近まで吹奏楽部員として一緒に演奏していた拓哉は、このフルートの音色を聞いてどう思っているんだろうと少し気になった。
「ホンマやなぁ……今年は頑張っとったもんな。なんせあの谷端のおっさんが真剣やったみたいやったし……」
と拓哉の横顔を見ながら哲也は言った。
いつもなら市大会で消え去る我が校の吹奏楽部は、今年は関西大会まで健闘した。
『顧問に依って吹奏楽部は変わる』とはよく聞くが、確かに今年の谷端先生は気合が入っていた。
そもそもこの学校に赴任する前まで谷端先生は『優秀な指導者』という評判だったらしい。
うちの学校では『生徒任せの馴れ合い指導』と揶揄されていた谷端先生であったが、生徒がやる気にさえなればそれなりの指導はできる先生なのだ。今年は吹奏楽部の部員が本気で全国を目指していたようで、久しぶりに先生の指導魂に火が付いたという噂だった。
器楽部から助っ人に行った拓哉たち三年生四人はもとより、中学時代に関西大会を経験している一年生メンバー達も加わった事で、吹奏楽部全体の意識が変わったようだ。
ずっと窓の外の景色を見ていた拓哉が呟いた。
「千恵蔵かぁ……」
瀬戸千恵子のフルートの音を中学校の吹奏楽部時代から聞いていた拓哉には、聞き慣れた音色だったのだろう。
僕と哲也は耳をそばだててその音色を追いかけた。
青い空にフルートの音が寂し気に吸い込まれていく。この音は間違いなく瀬戸千恵子のフルートの音だった。寂しげな音色ではあるがいつまでも聞いていたくなる音色だった。
「そうやな。この音は千恵蔵やな」
と僕が応えると
「はぁ……せやな……あそこまで行ったら吹部のやつ等も全国に行きたかったやろ……」
と哲也がため息交じりで言った。
吹奏楽部は関西大会で金賞を取ったが、全国にはあと一歩届かなかった。
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