140 / 439
部員募集
リクエスト
しおりを挟む
僕は宏美と冴子と並んでその様子をピアノの前で、ぼうと眺めていた。
今まで六人で好きなように演奏してきたのに、急に部活らしくなって何をして良いのか直ぐには思い浮かばなかった。
が、ふと我に返って
「キャサリン、お前は教えんでええんか?」
と冴子に声を掛けた。
「うちらはピアノがメインやもん」
冴子はそう言って同意を求めるように宏美の顔を見た。宏美はそれを受けて軽く頷いた。
「じゃあ、そのお前の横にあるケースはなんなんや?」
と僕は冴子と宏美の傍らにひっそりと置いてあったヴァイオリンケースを顎で指さした。
「これは万が一の時の為に持って来ただけや」
それは明らかにその場しのぎの言い訳だ。
「嘘つけぇ。弾く気満々やんかぁ」
「そんな事無いわ」
「そうかぁ? ホンマは教えるのが面倒くさいだけなんとちゃうの?」
「ちゃ、ちゃうわ」
と冴子は否定したが、間違いなくそうだろうと僕は確信した。
何はともあれ、これ以上の不毛な会話を続ける気力は湧かず、冴子の言い訳にこれ以上ツッコむことは止めた。
そもそも同じチームにピアノが三人もいること自体がおかしいだろうが……。
「それにしても未経験者より経験者が多いって凄いね」
と宏美が感心したように呟いた。彼女は僕と冴子のどうでもいい会話には全く興味がなく、瑞穂や先輩たちが教えている姿に目を奪われていた。
「なに真剣に見てんの?」
冴子が宏美に聞いた。
「うん。昔はああやって教わっていたんやなぁって思い出していたん」
宏美は懐かしそうにそう言った。宏美の気持ちは僕にも分かった。
冴子も黙って先輩たちが教えているのを見ていた。
僕達の姿を見ていた先生が
「あんた達、ヒマそうね。三人で何か弾いて頂戴」
と唐突に声を掛けてきた。
「え? 今ですか?」
冴子が怪訝な顔をして聞き返した。
「そうよ」
事も無げに言う先生。
「何を?」
「なんでも」
僕たち三人は頭を突き合わせて考えた。
取りあえずピアノとヴァイオリン二台で演奏するのは決まったが、即興でできる曲がすぐには思い浮かばなかった。
宏美が突然思い出したように
「あれあるやん。中二のクリスマスにバイオリン教室で三人でやった曲」
と僕を小突いて言った。
「中二のクリスマス?……ああ、あれか」
僕は記憶の糸をたぐり中二のクリスマスの出来事を思い出した。
「そう、あれ。亮ちゃんがピアノ弾いて私たちがヴァイオリンを弾いたあれ」
「ああ、あれね。あれならまだ覚えているわ。ええんとちゃう」
冴子にしては珍しく素直に賛成したが、この曲って冴子がソロで弾いた曲だったと思い出した瞬間に合点がいった。
――そりゃ反対せんわな――
軽くチューニングを終えると僕達はバッハの『G線上のアリア』を弾き始めた。
この曲はヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲した『管弦楽組曲第三番ニ長調』の第二曲「アリア(エール)」をアウグスト・ウィルヘルミがピアノ伴奏付きのヴァイオリン独奏のために編曲したものの通称である。
その為ニ長調からハ長調に移調されているが、ヴァイオリンの四本ある弦のうちG線のみで演奏できることからそう呼ばれている。
僕はヴァイオリンを習っている頃に一~二度この曲の伴奏でピアノを弾いた事があった。それはヴァイオリン一本とピアノというのであったが、その時は冴子のソロにピアノの僕とヴァイオリンの宏美が伴奏だった。
中二のクリスマスに初めてこの曲を発表会で宏美と冴子の三人で弾いたのだが、本当に楽しい演奏だった。
いつも孤独なソリストだったが、こういうアンサンブルは新鮮だった。
その時の僕は自分が緊張しながらもチェロを演奏するような気持でピアノを弾いていた事を、今演奏しながら思い出していた。
ワンコーラスが終わると川上真奈美が指で優しくチェロを弾き出して加わった。音の粒が少し数を増した。同じようにコンバスの篠崎拓哉がスッと入ってきた。それを確認すると真奈美は弓でチェロを奏で始めた。音の厚みが一気に増した。この二年生同士の低音部は絶妙の呼吸で音を合わせている。
それに続いて井田忍がヴァイオラで参加した。にわかヴィオラと思っていたが、ちゃんとついてこれている。音は少し軽めだが、普通に上手い。いつの間に練習していたんだ? 宏美との呼吸も見事に合っている。これで内声部の音に艶が出てきた。
この三人の参加を見て我慢しきれずに瑞穂がヴァイオリンを構えて立ち上がった。ここまで来たらと残った清水琴葉もヴァイオリンを肩に乗せた。
みんな幼い頃から弾いているだけあってそれなりに経験を積んでいる。絶妙なタイミングで自然に音の輪の中に入ってくる。
気が付いたら二年生全員がこの『G線上のアリア』の演奏に加わていた。もう完全に新人への訓練を忘れている。
今まで六人で好きなように演奏してきたのに、急に部活らしくなって何をして良いのか直ぐには思い浮かばなかった。
が、ふと我に返って
「キャサリン、お前は教えんでええんか?」
と冴子に声を掛けた。
「うちらはピアノがメインやもん」
冴子はそう言って同意を求めるように宏美の顔を見た。宏美はそれを受けて軽く頷いた。
「じゃあ、そのお前の横にあるケースはなんなんや?」
と僕は冴子と宏美の傍らにひっそりと置いてあったヴァイオリンケースを顎で指さした。
「これは万が一の時の為に持って来ただけや」
それは明らかにその場しのぎの言い訳だ。
「嘘つけぇ。弾く気満々やんかぁ」
「そんな事無いわ」
「そうかぁ? ホンマは教えるのが面倒くさいだけなんとちゃうの?」
「ちゃ、ちゃうわ」
と冴子は否定したが、間違いなくそうだろうと僕は確信した。
何はともあれ、これ以上の不毛な会話を続ける気力は湧かず、冴子の言い訳にこれ以上ツッコむことは止めた。
そもそも同じチームにピアノが三人もいること自体がおかしいだろうが……。
「それにしても未経験者より経験者が多いって凄いね」
と宏美が感心したように呟いた。彼女は僕と冴子のどうでもいい会話には全く興味がなく、瑞穂や先輩たちが教えている姿に目を奪われていた。
「なに真剣に見てんの?」
冴子が宏美に聞いた。
「うん。昔はああやって教わっていたんやなぁって思い出していたん」
宏美は懐かしそうにそう言った。宏美の気持ちは僕にも分かった。
冴子も黙って先輩たちが教えているのを見ていた。
僕達の姿を見ていた先生が
「あんた達、ヒマそうね。三人で何か弾いて頂戴」
と唐突に声を掛けてきた。
「え? 今ですか?」
冴子が怪訝な顔をして聞き返した。
「そうよ」
事も無げに言う先生。
「何を?」
「なんでも」
僕たち三人は頭を突き合わせて考えた。
取りあえずピアノとヴァイオリン二台で演奏するのは決まったが、即興でできる曲がすぐには思い浮かばなかった。
宏美が突然思い出したように
「あれあるやん。中二のクリスマスにバイオリン教室で三人でやった曲」
と僕を小突いて言った。
「中二のクリスマス?……ああ、あれか」
僕は記憶の糸をたぐり中二のクリスマスの出来事を思い出した。
「そう、あれ。亮ちゃんがピアノ弾いて私たちがヴァイオリンを弾いたあれ」
「ああ、あれね。あれならまだ覚えているわ。ええんとちゃう」
冴子にしては珍しく素直に賛成したが、この曲って冴子がソロで弾いた曲だったと思い出した瞬間に合点がいった。
――そりゃ反対せんわな――
軽くチューニングを終えると僕達はバッハの『G線上のアリア』を弾き始めた。
この曲はヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲した『管弦楽組曲第三番ニ長調』の第二曲「アリア(エール)」をアウグスト・ウィルヘルミがピアノ伴奏付きのヴァイオリン独奏のために編曲したものの通称である。
その為ニ長調からハ長調に移調されているが、ヴァイオリンの四本ある弦のうちG線のみで演奏できることからそう呼ばれている。
僕はヴァイオリンを習っている頃に一~二度この曲の伴奏でピアノを弾いた事があった。それはヴァイオリン一本とピアノというのであったが、その時は冴子のソロにピアノの僕とヴァイオリンの宏美が伴奏だった。
中二のクリスマスに初めてこの曲を発表会で宏美と冴子の三人で弾いたのだが、本当に楽しい演奏だった。
いつも孤独なソリストだったが、こういうアンサンブルは新鮮だった。
その時の僕は自分が緊張しながらもチェロを演奏するような気持でピアノを弾いていた事を、今演奏しながら思い出していた。
ワンコーラスが終わると川上真奈美が指で優しくチェロを弾き出して加わった。音の粒が少し数を増した。同じようにコンバスの篠崎拓哉がスッと入ってきた。それを確認すると真奈美は弓でチェロを奏で始めた。音の厚みが一気に増した。この二年生同士の低音部は絶妙の呼吸で音を合わせている。
それに続いて井田忍がヴァイオラで参加した。にわかヴィオラと思っていたが、ちゃんとついてこれている。音は少し軽めだが、普通に上手い。いつの間に練習していたんだ? 宏美との呼吸も見事に合っている。これで内声部の音に艶が出てきた。
この三人の参加を見て我慢しきれずに瑞穂がヴァイオリンを構えて立ち上がった。ここまで来たらと残った清水琴葉もヴァイオリンを肩に乗せた。
みんな幼い頃から弾いているだけあってそれなりに経験を積んでいる。絶妙なタイミングで自然に音の輪の中に入ってくる。
気が付いたら二年生全員がこの『G線上のアリア』の演奏に加わていた。もう完全に新人への訓練を忘れている。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる