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悩める一年生たち
尾坂慶の悩み
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二学期になっても残暑が厳しい毎日が続いていた。
唐突に放課後の部活で、
「僕、才能ないです!」
と今年の春入部した一年生の尾坂慶が死にそうな顔をして言ってきた。
残暑が一気に酷暑に戻った気がした。
――まだ夏休みボケか?――
「なんや急に? どないしたんや?」
と僕は聞いた。
「いくら練習しても上手くならないんです」
と尾坂は困惑した表情を浮かべて直訴してきた。
「逆上がりがか?」
「なんで僕が今更鉄棒の練習をしなきゃならんのですか?」
と今度は憤慨したように喰って掛って来た。
――分かりやすい奴だわ――
「そんな事は知らん。で、上手くならんのはもしかしてヴァイオリンの事かえ?」
面倒な奴に面倒なネタを振ったと少し後悔しながら僕は応えた。更に残暑感が増したような気がした。
「それ以外何があるんですか!? で、先輩は僕の演奏を聴いてどう思います?」
――それって俺がお前の演奏をちゃんといつも気にかけている事が前提で聞いてるよな。でもお前の担当は大二郎であって俺ではない――
と心で思いながらそれは口にしなかった。話が長くなりそうなので。
「どこを基準にそういうことを聞くのかというのはこの際脇に置いておいて、下手か? そうではないか? 聞かれたら声を大にして『下手』だと言ってあげよう」
と僕は答えた。全く彼の演奏を聞いた事が無い訳でも無かったし、これぐらいの質問には答えられる程度には聞いた事があった。
「いや、別に声を大にして言わなくてもいいですけど」
と尾坂は不満そうに呟いた。
相変わらずこの麿は面倒くさい奴だ。尾坂慶。通称『麿』。いつの間にか彼は部活でそう呼ばれるようになっていた。
彼の親は須磨区でゴム靴工場を経営していた。
要するに中小企業の社長の息子で、ちょっと浮世離れした天然要素満載の一年生だった。ひとことで言いきってしまえば悠一とは毛色の違う『エエとこのおぼっちゃま』と言える。
「まあ、ヴァイオリン弾き始めて半年ぐらいやろ? そんなもんとちゃうか?」
もう僕は麿の対応に飽きてきたので、とフォローも入れながら適当に切り上げようと思っていた。基本的に麿の事は『かまってちゃん』だと思って対応している。いや、間違いなく『かまってちゃん』である。
少なくとも器楽部の部員たちはそう認識している。なので十秒以上彼のネガティブ話に付き合うには、それなりの気合と根性と忍耐力が必要となるのが部活内での常識だった。
この残暑が厳しい折に一番相手にしたくない暑苦しい男である。
それはさておき、去年の恵子たちと比べても、麿にそれほど成長の跡が見られないという訳でも無かった。
認めたくはないが、それなりに弾けているのではないかと評価していたぐらいだ。ここで僕に『そうではない。大丈夫だ! 君ならやれる!』と力強く言って欲しいのだろうというのは、なんとなく推測きた。
しかし面倒だ。本当に面倒くさい奴だ。
という訳で
「お前の担当は大二郎やろ? そういうことは大ちゃんに言えば?」
とそれとなく大二郎に押し付けようと試みた。
「そんなこと言ったら大ちゃん先輩にどつかれます」
とすかさず麿は首を振って食いついてきた。なかなか面倒な上に諦めが悪い。
「なんでそんな事でどつかれんねん?」
「そんなもん決まってますやん『俺がこんだけ教えてやっているのにその程度か!』って」
「まさか? そんな事はせんやろ?」
流石に大二郎でもそこまで横柄な態度はとらないだろう……と思ったが
「いや、大ちゃん先輩なら分かりません」
と改めて言われてみると、それは一理あるなと思ってしまった。
「そっかぁ……じゃあ、一度試してみたら?」
――それはそれで面白いかも――
「嫌ですよ。そんな事……」
と麿は更に首を激しく振って拒否した。
――いかんいかん……――
いつの間にかこいつのペースの更なる深みに嵌ってしまているような気がしてきた。
そんなどうでもいいような会話を交わしながら、僕は春先の三年生だけのミーティングを思い出していた。
唐突に放課後の部活で、
「僕、才能ないです!」
と今年の春入部した一年生の尾坂慶が死にそうな顔をして言ってきた。
残暑が一気に酷暑に戻った気がした。
――まだ夏休みボケか?――
「なんや急に? どないしたんや?」
と僕は聞いた。
「いくら練習しても上手くならないんです」
と尾坂は困惑した表情を浮かべて直訴してきた。
「逆上がりがか?」
「なんで僕が今更鉄棒の練習をしなきゃならんのですか?」
と今度は憤慨したように喰って掛って来た。
――分かりやすい奴だわ――
「そんな事は知らん。で、上手くならんのはもしかしてヴァイオリンの事かえ?」
面倒な奴に面倒なネタを振ったと少し後悔しながら僕は応えた。更に残暑感が増したような気がした。
「それ以外何があるんですか!? で、先輩は僕の演奏を聴いてどう思います?」
――それって俺がお前の演奏をちゃんといつも気にかけている事が前提で聞いてるよな。でもお前の担当は大二郎であって俺ではない――
と心で思いながらそれは口にしなかった。話が長くなりそうなので。
「どこを基準にそういうことを聞くのかというのはこの際脇に置いておいて、下手か? そうではないか? 聞かれたら声を大にして『下手』だと言ってあげよう」
と僕は答えた。全く彼の演奏を聞いた事が無い訳でも無かったし、これぐらいの質問には答えられる程度には聞いた事があった。
「いや、別に声を大にして言わなくてもいいですけど」
と尾坂は不満そうに呟いた。
相変わらずこの麿は面倒くさい奴だ。尾坂慶。通称『麿』。いつの間にか彼は部活でそう呼ばれるようになっていた。
彼の親は須磨区でゴム靴工場を経営していた。
要するに中小企業の社長の息子で、ちょっと浮世離れした天然要素満載の一年生だった。ひとことで言いきってしまえば悠一とは毛色の違う『エエとこのおぼっちゃま』と言える。
「まあ、ヴァイオリン弾き始めて半年ぐらいやろ? そんなもんとちゃうか?」
もう僕は麿の対応に飽きてきたので、とフォローも入れながら適当に切り上げようと思っていた。基本的に麿の事は『かまってちゃん』だと思って対応している。いや、間違いなく『かまってちゃん』である。
少なくとも器楽部の部員たちはそう認識している。なので十秒以上彼のネガティブ話に付き合うには、それなりの気合と根性と忍耐力が必要となるのが部活内での常識だった。
この残暑が厳しい折に一番相手にしたくない暑苦しい男である。
それはさておき、去年の恵子たちと比べても、麿にそれほど成長の跡が見られないという訳でも無かった。
認めたくはないが、それなりに弾けているのではないかと評価していたぐらいだ。ここで僕に『そうではない。大丈夫だ! 君ならやれる!』と力強く言って欲しいのだろうというのは、なんとなく推測きた。
しかし面倒だ。本当に面倒くさい奴だ。
という訳で
「お前の担当は大二郎やろ? そういうことは大ちゃんに言えば?」
とそれとなく大二郎に押し付けようと試みた。
「そんなこと言ったら大ちゃん先輩にどつかれます」
とすかさず麿は首を振って食いついてきた。なかなか面倒な上に諦めが悪い。
「なんでそんな事でどつかれんねん?」
「そんなもん決まってますやん『俺がこんだけ教えてやっているのにその程度か!』って」
「まさか? そんな事はせんやろ?」
流石に大二郎でもそこまで横柄な態度はとらないだろう……と思ったが
「いや、大ちゃん先輩なら分かりません」
と改めて言われてみると、それは一理あるなと思ってしまった。
「そっかぁ……じゃあ、一度試してみたら?」
――それはそれで面白いかも――
「嫌ですよ。そんな事……」
と麿は更に首を激しく振って拒否した。
――いかんいかん……――
いつの間にかこいつのペースの更なる深みに嵌ってしまているような気がしてきた。
そんなどうでもいいような会話を交わしながら、僕は春先の三年生だけのミーティングを思い出していた。
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