北野坂パレット

悩める一年生たち

撤回

「マジで？」
と僕が聞き返すと
「マジです」
と稲本は表情も変えずに即答した。

「……そっかぁ……そんな理由で辞めたんかぁ……」
辞めたのがあまりにもくだらん理由だったので、僕は正直また全身の力が抜けそうになっていた。いや事実抜けた。

　それを察したのか稲本も

「そんな理由です……」
と申し訳なさそうに言った。

「はぁ……なんも一気に辞めんでもええやろ？　せっかち過ぎるやろ？」
と言ったものの、そんな理由で何の迷いもなく部活を辞められる村主は、ある意味凄い奴かもしれないと変なところで感心していた。

「僕もそう言うたんです。辞める前に相談しろって。で、亮先輩も部活内で彼女がいるって村主に教えたら『確認する』って今ここに来ました」
とやはり稲本も僕と同じように思っていたようだ。これが普通の反応だろう？

「亮先輩は上田先輩と本当に付き合っているんですか？」
と村主は同じ質問を繰り返した。

――ホンマに忙せわしいないやっちゃな。全く自分の事しか見えてないやっちゃな――

こんな風に直球で来られると流石に答え辛いものがあるが、ここで答えないわけにもいかない。

「ああ、さっきも言うたけど、宏美とは付き合ってんで」
と僕は素直に答えた。何故か二年前、吉見先輩に『五條堀先輩と付き合っているんですか？』と詰め寄っていた和樹の姿を思い出した。

「なんで先輩は良くて僕はダメなんですか？」
村主は更に詰め寄って来た。

「いや、ダメな事はないやろ？」
と僕は首を振った。
その答えが意外過ぎたのか

「へ？」
　と今度は村主が間の抜けた声をあげた。

「誰も部活内恋愛なんか禁止してへんで」

「え？　でもシノン先輩は……」

「それは知らんわ。その場に俺がおった訳でもないし」

「ほら見ろ！　だから慌てて辞める必要もないって言うたやろ」
と稲本が村主を責めるように言った。

「じゃあ、なんでシノン先輩は……」
と村主は唖然とした表情で言った。

「だから、知らんって」
僕がそう応えると村主は落胆したように肩を落とした。

――本当に後先考えへん猪突猛進の権化みたいな奴っちゃな――

「まあ、ええわ。兎に角、村主は部活を辞める理由がなくなったという事でええんか？」
と僕は村主に確認した。

「そりゃまぁそうなんですけど……」
と村主は煮え切らない言葉を返してきた。でも辞めた理由がこれだけだった事は判明した。

――シノンに真意を聞かんと納得せえへんみやいやな――

「なんでシノンがダメだと言ったのか確認したらええんか？」
と僕が聞くと

「亮先輩にお願いしても良いんですか？」
と村主は上目遣いで僕に聞いた。

「この流れやったら、それしかないやろ？」
何故、シノンがそう応えたのかは村主にしたら当然知りたいだろう。勿論、僕も知りたい。

「済みません」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか？　消え入りそうな声で村主は謝った。

「まあ、確認してからお前も戻ってきたらええやん。それでええな？」

「はい。戻れるなら……」
と村主は小さな声で答えた。
村主は辞めたくて辞めたのではなかった事が判っただけでも、僕は安堵していた。
本人が戻りたいと言えば、部活に復帰する事はさほど難しい事ではあるまい。

――それでシノンも安心するだろう――