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伴奏
冴子のステージ その1
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冴子は僕に向かって軽く頷くと客席に向き合った。
今、冴子のコンクールが始まる。そう思うと少し緊張した。自分のコンクールではそんな緊張した事も無かったのにと思うと少し可笑しくなった。
流石にここで笑う訳にはいかない。そこで僕は軽く息を吸って呼吸を整えてから鍵盤に指を落とした。
序奏は削ったが冴子の気持ちが少しでも納得できるようにドラスティックに、緩急をつけて余韻の残るバス音をホールに響かせた。その時に懐かしい感覚が蘇ってきた。
このホールは音の抜けがよい。僕は序奏のピアノを弾きながら、場所は違えど自分のコンクールの時の演奏を思い出していた。
――序奏は端折ったけど、これならどうだ!――
僕の両手の指先はオーケストラの旋律のごとく音の粒を会場に響かせようとしていた。冴子の旋律を待ちきれないかのように僕の指が鍵盤を沈めた刹那、冴子のヴァイオリンの悠々としたそれでいて儚い音色だけがホールに響いていった。
観衆の気持ちを一気にさらっていく美しい伸びのある哀愁を帯びた音の粒。その独奏を聞きながらホールに染み渡っていく心地よい音の粒の抑揚を僕は眺めていた。
――僕の身体の隅々まで流れ込むような音の粒だ――
冴子のヴァイオリンの音色だけが、このホールの隅々まで美しい色彩を届けていた。
しばらくはそのまま聞き入って眺めていたくなる気持ちを抑えて、同時にこんな音を惜しげもなく出せる冴子に軽い嫉妬と感動を覚えながら、僕は鍵盤に指を落とし続けた。
僕のピアノは冴子の音色に寄りそい、チェロとコンバスのように軽く弾いた音を紡いでいく。
だからと言ってここを軽くなり過ぎないように気を付けなければならない。ペダルも上手く使いながら僕はノンレガートで音を紡いでいった。
僕が敷き詰めた絨毯の音色の上で冴子は主題を謳っている。その音色は哀愁とともに愛おしさを感じさせ、更にこれから始まるドラマに期待感を漂わせながら冴子はヴァイオリンを奏でていく。
あの冴子が弾いているとは思えないはかない息遣いだ。
冴子のヴァイオリンの音色が徐々に強く、そして太くなっていく。僕のピアノの音色を強引に引きずり出そうとする音だ。冴子もこのホールの音の抜けの良さに気が付いたか?
――それにしてもちょっと音が強くないか?――
一瞬僕は冴子に視線を移した。
音だけでなく少し前のめり過ぎないか? と思った瞬間に気が付いた。
――冴子は僕のピアノ伴奏で弾いていない。いや僕のピアノを通り越してオーケストラをバックに弾いている――
冴子は今、オーケストラをバックにヴァイオリンを弾いているようだ。それは巨匠ダニエル・バレンタインの創る世界の中でのようだ。
――俺にヴァレンタインをやれっというのか?――
調律の時に感じた安堵感は一気に消し飛んだ。
一瞬でも冴子を信じた僕がバカだった。こんなあざとい挑戦をここで仕掛けてくるなんてなんて奴だ。
思わず鍵盤にも力を込めてしまう。腕が跳ねる。インタイムで音を合わせる。
――ええ度胸しとぉやん。今はお前のコンクールやぞ――
という僕の問いかけに冴子は
――それがどないした――
とばかりに弓を全部使って応えてきた。
そして冴子は僕の方に視線を一瞬送ってきた。
――流石、ちゃんと分かっとうやん――
冴子は全く歯牙にもかけていない。
冴子の身勝手には腹が立つが、その企みが分かってしまう自分が嫌になる。
冴子の事だから、何事もなく平和に終わる事は無いかもしれんなぁ……位は思っていたが、まさか本当に仕掛けてくるとは思っても居なかった。全く油断していた。認識が甘かった。
今、冴子のコンクールが始まる。そう思うと少し緊張した。自分のコンクールではそんな緊張した事も無かったのにと思うと少し可笑しくなった。
流石にここで笑う訳にはいかない。そこで僕は軽く息を吸って呼吸を整えてから鍵盤に指を落とした。
序奏は削ったが冴子の気持ちが少しでも納得できるようにドラスティックに、緩急をつけて余韻の残るバス音をホールに響かせた。その時に懐かしい感覚が蘇ってきた。
このホールは音の抜けがよい。僕は序奏のピアノを弾きながら、場所は違えど自分のコンクールの時の演奏を思い出していた。
――序奏は端折ったけど、これならどうだ!――
僕の両手の指先はオーケストラの旋律のごとく音の粒を会場に響かせようとしていた。冴子の旋律を待ちきれないかのように僕の指が鍵盤を沈めた刹那、冴子のヴァイオリンの悠々としたそれでいて儚い音色だけがホールに響いていった。
観衆の気持ちを一気にさらっていく美しい伸びのある哀愁を帯びた音の粒。その独奏を聞きながらホールに染み渡っていく心地よい音の粒の抑揚を僕は眺めていた。
――僕の身体の隅々まで流れ込むような音の粒だ――
冴子のヴァイオリンの音色だけが、このホールの隅々まで美しい色彩を届けていた。
しばらくはそのまま聞き入って眺めていたくなる気持ちを抑えて、同時にこんな音を惜しげもなく出せる冴子に軽い嫉妬と感動を覚えながら、僕は鍵盤に指を落とし続けた。
僕のピアノは冴子の音色に寄りそい、チェロとコンバスのように軽く弾いた音を紡いでいく。
だからと言ってここを軽くなり過ぎないように気を付けなければならない。ペダルも上手く使いながら僕はノンレガートで音を紡いでいった。
僕が敷き詰めた絨毯の音色の上で冴子は主題を謳っている。その音色は哀愁とともに愛おしさを感じさせ、更にこれから始まるドラマに期待感を漂わせながら冴子はヴァイオリンを奏でていく。
あの冴子が弾いているとは思えないはかない息遣いだ。
冴子のヴァイオリンの音色が徐々に強く、そして太くなっていく。僕のピアノの音色を強引に引きずり出そうとする音だ。冴子もこのホールの音の抜けの良さに気が付いたか?
――それにしてもちょっと音が強くないか?――
一瞬僕は冴子に視線を移した。
音だけでなく少し前のめり過ぎないか? と思った瞬間に気が付いた。
――冴子は僕のピアノ伴奏で弾いていない。いや僕のピアノを通り越してオーケストラをバックに弾いている――
冴子は今、オーケストラをバックにヴァイオリンを弾いているようだ。それは巨匠ダニエル・バレンタインの創る世界の中でのようだ。
――俺にヴァレンタインをやれっというのか?――
調律の時に感じた安堵感は一気に消し飛んだ。
一瞬でも冴子を信じた僕がバカだった。こんなあざとい挑戦をここで仕掛けてくるなんてなんて奴だ。
思わず鍵盤にも力を込めてしまう。腕が跳ねる。インタイムで音を合わせる。
――ええ度胸しとぉやん。今はお前のコンクールやぞ――
という僕の問いかけに冴子は
――それがどないした――
とばかりに弓を全部使って応えてきた。
そして冴子は僕の方に視線を一瞬送ってきた。
――流石、ちゃんと分かっとうやん――
冴子は全く歯牙にもかけていない。
冴子の身勝手には腹が立つが、その企みが分かってしまう自分が嫌になる。
冴子の事だから、何事もなく平和に終わる事は無いかもしれんなぁ……位は思っていたが、まさか本当に仕掛けてくるとは思っても居なかった。全く油断していた。認識が甘かった。
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