北野坂パレット

うにおいくら

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伴奏

冴子の想い

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 冴子のヴァイオリンの音色はまるで冴子の心の叫びの様に聞こえた。僕は彼女の独白を聞いているような気分になってきた。いや、これは間違いなく冴子からのメッセージだ。

――私は臆病だ。自分の気持ち一つ口にできない。伝えられない。そんな自分が大嫌いだ――

――でも、こうやってあんたと一緒に音を紡ぐ事は出来る。二人の音を作り上げる事は出来る。それは私しかできひん事や――

 そんな冴子の言葉が聞こえてくるような音色。そして僕と冴子の二人で生み出した音色。
僕は黙って聞いている事しかできない。歯がゆい気持ちでいっぱいだった。同時に夢心地の音の粒に包まれている。なんという矛盾。でもそれが愛おしい。

――それにしても正確な音だ――

 と同時に冷静に冴子の技術にも驚いている。
冴子の感情とチャイコフスキーの哀しみがリンクする。

 このチャイコフスキーの問いは、チャイコフスキー自身に対しての自問自答ではないのか? 答えは全く見えない。でも今ここで鳴り響くヴァイオリンの音色は、チャイコフスキーと同じように冴子の自分で答えを出した本音の叫びだ。

 この曲はチャイコフスキーとコテックの二人の愛の語らいでもあったのではないだろうか。
だからなのか、チャイコフスキーはここまで赤裸々で甘美な曲を創り上げてしまって、これ以上の曲は作れなかったのではないか? 事実ヴァイオリン協奏曲はこの一曲しか作曲していない。
冴子の生み出す音色は、僕に多くを気づきを呼び覚ます。

 今、僕は冴子の独白を黙って聞いている事しかできない。
冴子は僕とこの協奏曲を作り上げようとしている。僕はそれにピアノで応える。

 冴子の独白カデンツァが終わるとここからは再現部が登場するが、それを越えて僕たちは一気に終幕に向けて突っ走る。ここからは冴子の独壇場となっていくが、僕のピアノも一緒に昇華していく。

 確かにチャイコフスキーの恋は報われなかったかもしれないが、その愛は貫き通したのであろう。冴子のヴァイオリンは僕にそう教えてくれていた。

 その時に宏美との会話が蘇った。
『冴子のヴァイオリンをちゃんと受けてあげてね』
電話の向こうで宏美はその言葉をどんな気持ちで言ったんだろうか。宏美には冴子の気持ちが分かっていたはずだ。

――宏美には全て分かっとったんやろうなぁ。その上で僕に冴子を預けた――

冴子と宏美の気持ちが僕の頭の中で錯綜する。でも迷う事は無い。

――お前のヴァイオリンの音色は受けたぞ。それに応えられるのは俺のピアノの音色だけや――

 冴子のヴァイオリンの音色は全てを越えたところにある。ひとことで言えば自分だけの音色。いや、この場合は冴子と僕だけの旋律だ。
全ての雑音や感情や迷いをそぎ落として純粋に二人だけの音色を追いかけている。それに僕は応えようと鍵盤に指を落としている。

――気が付くのが遅すぎた。済まん――

その気持ちを僕は一瞬ピアノに乗せてしまった。

――コンクールの最中に弱気に謝るな!――

と一瞬で冴子は弓を引いて詰め寄って来た。

――先に仕掛けてきたのはどっちやねん! 前もって教えとけ!――

 悔しいが冴子は既に全てを飲み込んで分かった上で、この場に臨んでいた。
何の準備も予想もしていなかった僕は自分の鈍感さに自己嫌悪に陥った。

しかしその後悔とは裏腹に僕の感情は高ぶっている。
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