コンタクトを外し、夜道を闊歩せよ

カイエ・アイセ

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 身体が重くなった。本当に呪われたアイテムだった。
 何所に行けばいいのだろう。教会だろうか。呪いを解くのはけっこうお金がかかった気がするのだが、今は現金を持っていない。そもそも、呪いは、仏教か神童的な考えではないのだろうが。キリスト教とかユダヤ教にもある考え方なのだろうか。
 当初予定していたコースからだいぶそれてしまった。今から、下見のコースに戻る気もない。かといって、家に帰りたくもないので、僕は適当にぶらぶら散歩することにした。なるべく、普段は散歩しない道を選んだ。かといって、新たな発見があるわけでもない。知らない公園が見つかるようなこともなかったし、近道が見るかったわけでもない。見つかったのは、せいぜい自販機くらいで、珍しい飲料はなかった。ただただ、普段は通らない道を歩いた散歩としかいえない。それがよかった。心に驚きを与えないのが、先ほど起きた非日常を整理するのによかった。
 僕は、歩きながら、駐車場で寝ていた女の人とその人を捨てた人のことを考えた。話題のインパクトに対して情報が少ないから、考えるといっても何も面白いことを考えついたわけではない。これまで読んだ本や論文、どこかで訊いた物語、トレンド、無意識の偏見を材料に、語られなかった物語を想像した。憶測で、点と点を結んだ。
 気になる点が一つあった。駐車場で寝ていた人は、彼女を捨てた人を、彼女と呼称していた。家まで送っている時には、気にならなかったけれど、今になってそこが引っかかる。つまり、彼女は同性愛者だったわけだ。
 もう少し話を訊きたくなった。異性同士の生の恋愛談は、これまで何度も訊いたことがあったが同性愛者の生の恋愛談は訊いたことがない。そもそも、同性愛者にこれまであったことがなかった。僕にとって、同性愛者というのは、本質的にフィクションの中に出てくるドラゴンや、歴史の中にだけ登場する騎士や侍と同じ存在なため、ぜひとも一度話を訊いてみたいと思っていた。
 ジェンダー格差を無くそうと言われる昨今でこんなことを声高に言ったら、差別だとか、教養がないとか言われそうだが、素直な感想なのだから仕方がない。僕にとっては、日常的な出来事が普通であるなら、同性愛者は普通ではないため、好奇心が働くのは自然だ。むしろ、同性愛者を普通の人と異なる見方をするのは良くない、彼ら彼女らは私たちと同じ人間で普通な人たちだ、という主張の方が無理がある。こんな言い方をすると、本当に差別しているみたいだけど、まぁ、これも視点によるのだけれど、別に、僕は同性愛者を異性愛者に比べて劣っている、とは思っていないから、僕の中では差別していない。普通とは、平均のことであり、基本的に平均が一番多い。人は、遭遇頻度が高いことに興味を抱かない。言い換えれば、普通なことに興味を抱かない。抱けない。つまり、同性愛者に好奇心を持ってしまうのは、流れ星を見て感動する、みたいなことなのである。仮に、好奇心が湧いてしまうこと自体が差別なら、僕は、差別者でいい。
 というか、僕としては、差別という言葉が嫌いだ。ハッキリいって意味がわからない。いや、言葉が意味がわからないという意味ではなく、その使われた方が意味わからない。大抵の場合、差別という言葉は間違った使い方をされているか、意味をなしていない。少なくとも建設的な言葉として使われていない。例えば、まったく同じ能力でまったく同じ結果を出した人、AさんとBさんがいたとする。この時、AさんとBに同じ評価を下されたとしたら差別はなかったと言える。ただ、同じ評価が下されなかったら、差別があったと言える。これは納得できる。しかし、現実には、この例えのように、都合の良い状況は起こり得ない。例え、一卵性の双子だったとしても、まったく同じ人生を歩めないように、同じ能力、同じ結果など起こりえるはずがない。
 一卵性の双子は遺伝子がまったく同じだが、母親の左乳から母乳をまったく同じタイミングに飲めない。一卵性の双子は遺伝情報がまったく同じで、環境もほとんど同じだが、名前が違う。要するに、まったく同一の状況、まったく同じ結果はつくれない。故に、理論上、差別はない。同一状況、同一結果がつくれないとは、わずかな差異がある、ということを意味する。そのため、そのわずかな差異を理由に、異なる評価を下すことができてしまう。評価に差があるからといって、それが必ずしも差別とは限らない。
 重要なのは、ここからだ。理論上、物理法則の範囲内なら、あらゆる結果に異なる評価をすることができる。しかし、その評価が本当に妥当なものであるのか?ということだ。例えば、仕事にもよるが、爪の長さ、恋人の有無、初体験の年齢、食べ物の好み、容姿、などは、ある人の給料を決定する上で妥当な指標だろうか?ありえない。では、何が妥当だろうか?無難なのは、売り上げだ。しかし、いわゆる美味しい取引先、楽な取引先があったとして、それがある人にだけ優先されてまわされていたら、売り上げだけで給料が決まることに納得できるだろうか?僕はできない。
 本質的に問題なのは、評価の基準やプロセスが透明でないことなのだ。つまり、差別ではなく、差別を行える環境なのである。言い換えれば、評価の基準、プロセスが透明であれば、概念的に同一の状況、結果を生み出すことができる。給料の話であれば、まったく同じ仕事をした人はつくり上げられないが、まったく同じ売り上げをあげた二人をつくり上げられる。要するに、差別というのは、評価(結果)の基準とその評価を決める原因が明確に定められた時に始めて成立する。小学生でもわかるように言えば、遊びのルールを決めて、そのルールを破ってプレイした人が差別者となる。
 僕がなぜ、差別という言葉が嫌いなのかと言えば、ほとんどの事柄は、評価となる基準、プロセスが明確が透明ではないにも関わらず、差があることを差別であると断言し、激怒することである。ちげぇだろ。まず激怒する矛先は、差があることではなく、ルールが透明でないことだろ。評価の基準、プロセスがわからないのに、差別があるなんて断言できない。ゲームのルールを知らないのに、ルール違反をしていると言っているようなものだ。
 差別という言葉は、評価の基準とそのプロセス、因果関係を明らかにした時に、始めて成立する言葉だ。そして、因果関係や状況は思ったよりもは、明らかにならない。
 人工知能とか、ビッグデータとかデータ分析という言葉が、普及し、因果関係や状況が把握されることが期待されまくっているけれど、この世界の人は、そういったテクノロジーを期待しすぎだし、恐れすぎだし、無知すぎる。
 人工知能には、知能という言葉が入っている。では、知能とは何だろう。何をもって知能と呼んでいるのか、あるいは何を知能とは呼ばないのか。そのよくわからない知能というヤツは、そもそもどうやって人口的につくられているのだろう?ビッグデータはどこからがビッグデータなのかわからないし、データ分析といっても回帰分析から因果ダイアグラムまでいろいろあるし、同じ分析を見ても、同じ解釈をするとは限らない。こういった、専門家のある種の混乱を批判、あるいは不信を抱く人がいるけれど、そういった人が批判や不信に足るほど知に長けているかといえば、そんなこともない。因果関係と相関関係の違いどころか、分散や標準偏差も知らないだろう。
 ………、二段落前くらいから、話がズレてきたな。ええと、なんだっけ。ああ、そうそう、別に同性愛者に好奇心を向けるのは差別でもなんでもない、という話だ。そもそも差別差別と言うけれど、そもそも何を持って差別と言っているのか謎だし、差別かどうかを決める前に、評価の基準、プロセスに意識を向けるべきだし、それが曖昧なままだと、仮に差別があったとしても、差別を立証することはできない。差があることは、差別の証拠にはならない。それを明らかにしないから、いつまであっても差別はなくならないのだけれど、たぶん、誰かにこの説明をしても納得してくれないだろう。最悪の場合、僕は黒人やら女性の差別を無くすために画策している人を、冷笑し、馬鹿にし、批判していると思われるかもしれない。違うんだけどなぁ。
 もし、このテーマについて話す時があったら、このロジックを使うのは止めよう。もっとシンプルな例えにしよう。
 というか、なぜ、僕は、自分の脳内ですらこんなに気を使っているのだろう。思い当たるのは、このように慎重な考えを脳内ですらしないといけない世界に生きているからだろう。嫌な世界だ。もっと、気楽に、余裕を持って生きていきたい。もっと、しょうもないこと、世間的にはしょうもないことを(お前がしょうもないと思っても、他の人がしょうもないと思うとは限らないだろ、といった批判に備えて、「世間的には」なんて言葉を使ってしまった)、考えて生きていきたい。例えば、なぜ同じAカップなのにエロく感じるおっぱいと、そうでないおっぱいがあるのか、とか。
 僕が働きたくないといか、社会に出たくないのは、こういったあらゆる事柄に関して慎重に言葉を選ばないと、袋叩きに遭うからかもしれない、あるいは、慎重に言葉を選ばなければ、自分という存在を認められないという恐れがあるからかもしれない。
 僕は、いまいちに、人の気持ちというか、考えがわからない。わからないというか、人と違った考えや意見、視点を持ってしまうことが多い。僕は、そのおかげで得をすることもあったけれど、圧倒的に損をすることの方が多かった。君は変わっているとか、君が言っていることは頭が良すぎて理解できないからそんなものを押しつけるなとか、ストイックすぎるとか、君はまだ世界を知らないとか、普通の生き方をしていない、とか言われてきた。僕としては、普通に生きているだけなのに。
 僕から言わせれば。そういう人はみんな無意味に死に急いでいる。不要に死に急いでいるように見える。あるいは、余裕がない。コンタクトを外して、夜道を闊歩する、そんな余裕がない。自分が理解できないことをわかるまで時間をかけて理解しようとしたり、自分が今まで考えもしなかった視点から時間をつくって考えようとしたり、あの人はなぜ、自分と異なる考えに至ったのかを考える余裕がない。そんなこと意味ないと言われそうだが、発見はあった。スマートフォンに頼らなくても、面白い映像、トリップ映像のようなものが見えることを発見した。これが何の意味があるのかと言われれば、何の意味もないのだろうけれど、じゃあ、他のことにどれほど意味があるのだろう。仕事で頑張る、将来のために資格勉強をする、教養を身に付ける、必要以上の肉体美を求める。どれも否定するつもりはないけれど、あなたが好き、もしくは嫌い、あなたが尊敬している、または、批判しているというだけで、なぜ僕の行動や考え、気持ち、思慮深さみたいなものが決まるのか、まるで理解できない。簡単に人にラベルを貼る姿勢こそ、差別とか、無知っていうのではないのだろうか。世の中は、自分が理解できないことの方が多いし、そういったことを、自分が理解できないという理由だけで、拒否するよりも、受け入れた方が絶対面白いし、そっちの方が世界はよくなる。そのために必要なのは、好奇心だ。自分の範囲を越え人生、考え、視点を知ろうとする好奇心が必要だ。
 一人のなると、ついつい誰に批判されたでも、褒められたわけでもないのに、脳内で理論をこねくりまわしてしまう。こういったところが、僕の人には受入れがたい、特殊を形づくっているのかもしれない。
 だいぶ、歩いたな。足が痛い。小石が足裏に刺さって痛い。靴下穿いてくればよかった。痛いし、家に帰って自分磨きして寝よ。
 僕は、意図せず缶を蹴り飛ばした。そこそこ蹴りごたえのある缶で、暗くてよく見えないけれど、液体が飛び散った。缶が飛んだ方向を見ると、そこには、全てを出し尽くして敗けたボクサーのように、道端に座って寝ている人がいた。
 僕は、直感とか、第六感みたいな、ふわふわした考えをあまり信じていなかったのが、もしかしたら、あるかもしれないとその時、初めて思った。
 道端で寝ている人は女性だった。右手には、銘柄まではわからないが、酒が入っているであろう缶が握られている。そして、どことなく、駐車場で寝ていたあの人と同じオーラを放っている。
 僕は、周りを見渡した。誰もいない。
 今日は、それほど寒くない。仮に朝までここで寝ていても、凍死することないだろう。それに、治安も悪くない。たぶん、良い方だろう。だから、ほっといても何も起こらないだろう。でも、もしも、だ。この人が何かよからぬことをされたら?ニュースで取り上げられるような事件に発展したら?確率はゼロに近い。ただ‥‥。
 僕は、始めて、やれやれだ、と口にしたくなった。
 まぁ、いいよ、暇だし。それに、起こすだけで終わるかもしれない。むしろ、その確率の方が高い。
 僕は、道端で寝ている人に近づいた。耳には、付けてて痛くないの?重くない?と気になるほど、ゴツいピアス(?)があった。これ、なんていう名前のアクセサリーだろう。広義の意味では、ピアスなのだろうか?
 僕は、彼女の肩を叩いた。
 そして、言った。大丈夫ですか、と。どう考えても、大丈夫じゃないから、道端で寝ているのだろ、と自分自身にツッコみながら、肩を叩き、そして呪文のように大丈夫ですか、を続けた。
 おい、止めてくれ。僕をそんな目で見るな。話相手を見つけた!みたいな顔をするな。
 本当に、やれやれだ。
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