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⑤親友の結婚
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⑤親友の結婚
夏の終わりに、ユリアの結婚が決まった。嫁ぎ先はレイモンド王国の侯爵の子息アーサー・レイノルズ。名を持ってわかる通り、ソフィアの父の甥にあたる青年だ。
ソフィア自身もレイモンドにいた頃は、何度か面識があったし、ユリアと縁戚になれるのも嬉しい。けれど、心の拠り所にもなっている友が遠くに去ってしまうのは、言いしれようもなく寂しい。
まだ婚約の段階で、ユリアが行ってしまうのは、年が明けて暖かくなってからのことなのだが、ため息の増えた妻に、セオドアは心配そうに聞いてきた。
「ソフィー、どうした?」
「あ、いえ…何でもありません」
「ユリア嬢のこと?」
それもあるがそれだけでもない。ソフィアが答えあぐねているど、セオドアは意外なことを言ってきた。
「ユリアの送別会を開くのはどう? 君も日ごろお世話になってるのだから」
ソフィアの塞ぎこんでいた心に、少しだけ光がさした。
「素敵です、殿下」
考えてみれば、ユリアは結婚して異国の地に行くのだから、おめでたいことではあるのだ。笑って送り出してあげたい。そして不安ならば、背中を押してあげたい。
嫁ぎ先こそ違うが、ユリアはいわば、ソフィアと同じ立場になるのだ。それに、レイモンドならばソフィアの祖国。アーサーは従兄だ。国の事情も夫となる人の人となりも、ソフィアはよく知っている。パーティー以外にも、ユリアにしてあげられることは多そうだ。
ユリア自身が、あまり大げさなのを好まないので、お別れのパーティーはソフィアの主催で、親しい仲間だけで行われることになった。
招待状から当日の料理のメニューの選定まで、すべてソフィアが仕切ることになった。招待客は全部で20名くらいの小規模なものだが、それでも忙しく、あっという間にその日はやってきた。
「ラベンダーとコバルトブルー、どちらのドレスがいいと思う?」
焦りながら、ソフィアはメイドのカレンに尋ねる。もうすぐ招待客が来てしまう時間なのに、まだドレスも決まっていない。
「どちらもお似合いですよ、ソフィア様」
カレンはにっこり笑う。
ラベンダーの方が大人っぽく見えるが、ブルーの方が肌の色に合っている気がする。
「僕はラベンダーを推すね」
「殿下!」
いつの間に。すっかり正装したセオドアがソフィアの横に立って、ソフィアが右と左に持っていたドレスのうち、ラベンダーの方を手にし、ソフィアの肩口に合わせてみる。
「…ほら。すごく綺麗だ」
こんな風に断言されてしまうと、ブルーのドレスが褪せて見えてしまう。ソフィアはカレンに手伝ってもらい、ラベンダーのドレスを着て、髪を結い、メイクを施してもらう。
「素敵です、王太子妃殿下」
仕上がってから、カレンはそう言って、恭しくお辞儀をした。
いつもはソフィア様、と名を呼ぶのに、身分を言われて、気持ちが引き締まる。
セオドアは後で顔を出すと言っているが、今日のメインのホストはソフィアだ。
集まってくれたみんなが楽しめるように、そして何よりユリアの餞になるように…。
気心知れた仲間と身内。ささやかなパーティーは、なごやかに進んだ。
婚姻を控えたユリアは、一段と艶やかになっていて、女のソフィアでさえため息が出てしまうほどだった。
「ユリア様、お綺麗。アーサーが羨ましいわ」
しばらく顔を見ていない従兄の顔も自然に思い出してしまう。
「ありがとう。ソフィア様。アーサー様ってどんなお方? お年は殿下と同じくらいなのよね」
落ち着いているように見えたが、ソフィアと二人きりでの歓談の時には、ユリアもふと心細げな面を覗かせる。酔い覚ましを理由に、ソフィアはユリアを誰もいないバルコニーの方に誘う。
星の灯りが無数に煌めき、2人を照らし、優しく吹き抜ける風が、ワインに火照った頬を冷やしていく。
「アーサーは乗馬が趣味なの。それにとってもおしゃれな方ね」
「やだ、こんな山国の貴族の娘なんて、さぞや垢抜けないとお思いでしょうね」
「そんなことないわ。レイモンド王国にだって、ユリア様みたいにお綺麗な方、そうはいないわ」
「婚姻が決まったのは嬉しいのだけれど、うまくやっていけるか不安で…。でも、ソフィア様は、私よりももっと幼い頃に、この国にいらしたんですものね」
「…幼かったから、怖いもの知らずだっただけですわ」
そう言って、ソフィアはくすっと笑った。
本当に、世間知らずの怖いもの知らずであったと思う。と、同時に傲慢でもあった。
セオドアに愛されてかしずかれ、王太子妃として、幸せな日々が待っていると思っていた。それなのに、未だ女性としては顧みられていない。こんな寂しい未来は、想像しさえしなかった。
「…殿下とは…まだ…?」
扇で口元を隠し、ユリアがこっそりと尋ねる。
「ええ。でもいいんです。お傍にいられるだけで幸せです」
与えられないものを嘆くよりも、今、手にしてる幸せを感じていた方がいい。オリバーとの件を疑い、殿下を責めたてたあの日以来、ソフィアはそう気持ちを切り替えていった。
「ソフィア様はお強いですね、私も見習わないと」
「ありがとう」と素直に受け止めて、広間の方に戻った。二人が戻ると、パーティーの雰囲気ががらりと変わっていた。
ある一人の男の出現によって。
夏の終わりに、ユリアの結婚が決まった。嫁ぎ先はレイモンド王国の侯爵の子息アーサー・レイノルズ。名を持ってわかる通り、ソフィアの父の甥にあたる青年だ。
ソフィア自身もレイモンドにいた頃は、何度か面識があったし、ユリアと縁戚になれるのも嬉しい。けれど、心の拠り所にもなっている友が遠くに去ってしまうのは、言いしれようもなく寂しい。
まだ婚約の段階で、ユリアが行ってしまうのは、年が明けて暖かくなってからのことなのだが、ため息の増えた妻に、セオドアは心配そうに聞いてきた。
「ソフィー、どうした?」
「あ、いえ…何でもありません」
「ユリア嬢のこと?」
それもあるがそれだけでもない。ソフィアが答えあぐねているど、セオドアは意外なことを言ってきた。
「ユリアの送別会を開くのはどう? 君も日ごろお世話になってるのだから」
ソフィアの塞ぎこんでいた心に、少しだけ光がさした。
「素敵です、殿下」
考えてみれば、ユリアは結婚して異国の地に行くのだから、おめでたいことではあるのだ。笑って送り出してあげたい。そして不安ならば、背中を押してあげたい。
嫁ぎ先こそ違うが、ユリアはいわば、ソフィアと同じ立場になるのだ。それに、レイモンドならばソフィアの祖国。アーサーは従兄だ。国の事情も夫となる人の人となりも、ソフィアはよく知っている。パーティー以外にも、ユリアにしてあげられることは多そうだ。
ユリア自身が、あまり大げさなのを好まないので、お別れのパーティーはソフィアの主催で、親しい仲間だけで行われることになった。
招待状から当日の料理のメニューの選定まで、すべてソフィアが仕切ることになった。招待客は全部で20名くらいの小規模なものだが、それでも忙しく、あっという間にその日はやってきた。
「ラベンダーとコバルトブルー、どちらのドレスがいいと思う?」
焦りながら、ソフィアはメイドのカレンに尋ねる。もうすぐ招待客が来てしまう時間なのに、まだドレスも決まっていない。
「どちらもお似合いですよ、ソフィア様」
カレンはにっこり笑う。
ラベンダーの方が大人っぽく見えるが、ブルーの方が肌の色に合っている気がする。
「僕はラベンダーを推すね」
「殿下!」
いつの間に。すっかり正装したセオドアがソフィアの横に立って、ソフィアが右と左に持っていたドレスのうち、ラベンダーの方を手にし、ソフィアの肩口に合わせてみる。
「…ほら。すごく綺麗だ」
こんな風に断言されてしまうと、ブルーのドレスが褪せて見えてしまう。ソフィアはカレンに手伝ってもらい、ラベンダーのドレスを着て、髪を結い、メイクを施してもらう。
「素敵です、王太子妃殿下」
仕上がってから、カレンはそう言って、恭しくお辞儀をした。
いつもはソフィア様、と名を呼ぶのに、身分を言われて、気持ちが引き締まる。
セオドアは後で顔を出すと言っているが、今日のメインのホストはソフィアだ。
集まってくれたみんなが楽しめるように、そして何よりユリアの餞になるように…。
気心知れた仲間と身内。ささやかなパーティーは、なごやかに進んだ。
婚姻を控えたユリアは、一段と艶やかになっていて、女のソフィアでさえため息が出てしまうほどだった。
「ユリア様、お綺麗。アーサーが羨ましいわ」
しばらく顔を見ていない従兄の顔も自然に思い出してしまう。
「ありがとう。ソフィア様。アーサー様ってどんなお方? お年は殿下と同じくらいなのよね」
落ち着いているように見えたが、ソフィアと二人きりでの歓談の時には、ユリアもふと心細げな面を覗かせる。酔い覚ましを理由に、ソフィアはユリアを誰もいないバルコニーの方に誘う。
星の灯りが無数に煌めき、2人を照らし、優しく吹き抜ける風が、ワインに火照った頬を冷やしていく。
「アーサーは乗馬が趣味なの。それにとってもおしゃれな方ね」
「やだ、こんな山国の貴族の娘なんて、さぞや垢抜けないとお思いでしょうね」
「そんなことないわ。レイモンド王国にだって、ユリア様みたいにお綺麗な方、そうはいないわ」
「婚姻が決まったのは嬉しいのだけれど、うまくやっていけるか不安で…。でも、ソフィア様は、私よりももっと幼い頃に、この国にいらしたんですものね」
「…幼かったから、怖いもの知らずだっただけですわ」
そう言って、ソフィアはくすっと笑った。
本当に、世間知らずの怖いもの知らずであったと思う。と、同時に傲慢でもあった。
セオドアに愛されてかしずかれ、王太子妃として、幸せな日々が待っていると思っていた。それなのに、未だ女性としては顧みられていない。こんな寂しい未来は、想像しさえしなかった。
「…殿下とは…まだ…?」
扇で口元を隠し、ユリアがこっそりと尋ねる。
「ええ。でもいいんです。お傍にいられるだけで幸せです」
与えられないものを嘆くよりも、今、手にしてる幸せを感じていた方がいい。オリバーとの件を疑い、殿下を責めたてたあの日以来、ソフィアはそう気持ちを切り替えていった。
「ソフィア様はお強いですね、私も見習わないと」
「ありがとう」と素直に受け止めて、広間の方に戻った。二人が戻ると、パーティーの雰囲気ががらりと変わっていた。
ある一人の男の出現によって。
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