6 / 20
⑥疫病神の妃
しおりを挟む呼んだ覚えは全くないのに、いつの間にか現れた男。
彼の姿をみるなり、ソフィアは眉を顰#__ひそ__#めた。
男はライアン・フォード・アルノルド公爵。セオドアの叔父にあたり、軍事大臣を務める男だ。
国王の弟にあたるせいか、傲慢な言動が多い。一説には、国王の地位を狙ってるなんていう噂さえある。
セオドアは彼が苦手らしく、距離を置いている。夫にならうように、ソフィアも彼とは殆ど交流がない。それが今、何故こんなところに。
訝しいし煩わしい。けれど、セオドアはいないし、今、彼をここから追い払うのは自分の役目だ。震える足で、ソフィアはライアンに近づいた。
「…ライアン閣下。申し訳ありません。今宵は内輪でのパーティーですので…」
言外に部外者お断りを匂わせてると、ライアンはにやりと口角をあげる。
「おやおや。私は招かれざる客…ということですか? 招待状がどなたかの不備で、届かなかっただけの恐れもあるので、こうしてわざわざ出向いたのに」
「内うちのパーティーなので」
「私は邪魔者というわけですな」
嫌な男だ。流石にソフィアも、嫌悪感を隠し切れずに、彼を睨み付けた。
呼ばれていないことなど、百も承知なのだ。わざわざ皆を不快にさせ、水をさしに来たとしか思えない。
けれど、無礼な態度をとって、怒らせたら厄介な人物でもある。ソフィアは手のひらをぎゅっと握りしめた。
(セオドア様…)
心の中で愛しい人の名を呼んだ。答えてくれないとわかっているのに。
けれど…。
「これはこれはいかがしました? 叔父上」
凛と澄んだ声が、ソフィアの耳朶を打つ。この緊迫感ただならない空気の中に堂々と入ってきたのは、確かにセオドアの姿だった。
「殿下…」
「遅くなってすまなかったね。ソフィア」
思わず駆け寄ると、セオドアはソフィアの身を隠すように、自分の背後に回らせる。
「レイモンドから来たそなたの嫁が、私を蔑ろにしているからな。ちと釘を刺してたところだ」
「そうでしたか、それではソフィアに代わって、私が謝ります。叔父上、不快な思いをさせてしまい、申し訳ない」
頭を垂れていても、セオドアの挙措は堂々としていて、美しかった。言いがかりをつけ、若い妃に文句を言った挙句、これではライアンの株は落ちるばかりだった。悔しかったのか、ライアンは捨てセリフを吐いて出て行く。
「子も成せぬ妃のくせに…・。レイモンドからの援軍の要請は日増しに大きくなるばかりだし、アルノルドにとって厄病神の妃よな」
「叔父上…」
気色ばんだセオドアを、今度はソフィアが止めた。
自分のことだったら、何を言われても構わない。それに真実だ。――子を成せぬ妃…。
ソフィアの胸を深々と抉り取る心無い言葉だった。
宴席は結局お開きとなり、招待客を見送り、片付けのあとで、ソフィアとセオドアは部屋に戻った。
「今日は疲れただろう。私はまだ少しやることがあるから、ソフィーは先に休んでいなさい」
ソフィアの髪に優しく触れながら、セオドアは言う。
けれど、こんな気持ちのまま、眠れそうになんてなかった。
「殿下…私は疫病神ですか?」
「そんなことはない!」
「レイモンドからの援軍要請が増えているとか」
だとしたらそれは、紛れもなく父が圧力を掛けているに決まっている。
大事な娘を差し出したことをちらつかせながら迫れば、アルノルドでは否は言いにくい。
「元々レイモンドとアルノルドでは、国力が大人と子ども程違う。レイモンドが他国へ侵略する際に、援軍を依頼されることは確かに増えた。しかし、それに我が国が応じることができるのは、レイモンドが他の国に睨みを利かせ、アルノルドを攻撃してくる国が減った証でもあります」
セオドアが言葉を尽くして説明してくれても、今ひとつソフィアの心には沁みて行かない。それは、もう一つの言葉がソフィアの胸を穿ち続けているからだ。
「国防の点では、殿下のおっしゃる通りなのかもしれません。私という存在が益も厄ももたらす両刃の剣のようなものなのですよね」
「私は遥かに利が多いと思っています。国王もそう断じたからこそ、レイモンドからの同盟に応じ、あなたとの婚姻を認めた…」
「けれど、私は子を成していません…」
この国に来て以来、ソフィアの胸にくすぶり続けてることを、ソフィアはここぞとばかりに訴えた。しかし、ソフィアに対するセオドアの言葉は、意外かつ残酷なものだった。
「申し訳ありません…私はあなたとの間に、今は子を作るつもりはないのです」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,516
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる