婚約者にフラれたので、復讐しようと思います

紗夏

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第6章 追い詰められたネズミとネコ

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待合室は、結構人でごった返していて、マスターの名前もなかなか呼んでもらえない。

かれこれ1時間になるかな…。白い壁に掛かってる時計をちらっと見上げた。

マスターは腕を組んで俯いて、舟をこぎ始めてる。


(…疲れてるのかな、具合悪いのかな…)

そっと寝かしておいてあげたかったのに、真ん前の診察室から、ギャーって言う子どもの泣き叫ぶ声がして、マスターははっと目覚めてしまった。



「すみません」

自分がうたたねしてたことに気が付いて、マスターはきまり悪そうに髪をかき上げた。

きちんとセットされた前髪が崩れて、はらりと目に掛かる。あ、前髪下ろすと更に若く見える。



「咲良さん…大変な時なのにこんなところに」
「いえ。マスターにはいろいろしていただいてるので、御恩返しです」
「大したことはしてませんよ」
「だったら、これも大したことじゃないです」

自分が辛い時に、誰かに寄り添ってもらうこと。

これって意外と難しくて…だからこそ、寄り添われた側の心にすーっと沁みていくのかもしれない。落ち込んだ日の透然り、婚約破棄を言い渡された日の私然り。

私が透にするべきことは、彼のミスのフォローではなくて、傍にいてあげることだったのかな。


「…復讐って難しいですね。逆襲受けちゃいましたよ」

マスターは最初から、反対してたもんね。やめた方がいい、って。



「コーヒーは、手順さえ守ってれば、美味しく淹れられる…。法はきちんと定められてる。人の感情が一番厄介なんですよね…」

本当にその通り。自分の感情でさえ厄介。


「慰謝料のことは、光さんに任せた方がいいです。当事者同士だと、絶対感情的になってしまう。そのための弁護士なんですから」

やけに実感込もってる?
疑問がそのまま顔に書いてあったのかな。


「実は僕バツイチで…」

マスターはぽつりと私の声にしてない疑問に答えてくれた。


「…その際も光さんにはお世話になったので」
「……」

マスターの言葉は意外で、何て言っていいかわからなくって、私は言葉を挟めないでいた。


「すみません、つまらない身の上話を」
「あ、いいえ。そういうんじゃなくて。マスターがバツイチなんて意外で」
「そうですか? 店の開店準備に追われてる時で…自分のことで精いっぱいで、彼女の憂いにも寂しさにも、全く気が付けなかった。気が付いた時には遅すぎて…」

当事者同士だと、感情的になるから。さっきのセリフが実感籠ってたのは、マスター自身の過去にもだぶってたかららしい。


「じゃあ、今は…」
「ええ、一人です」

やがてマスターの名前が呼ばれて、白いドアの中に入って行った。

このまま家に帰っても、マスターひとりなのか。手軽に食べられるものとか、飲み物とか買っておいた方がいいかな。

さっき入ってくる時に見かけた、病院内のコンビニに私は急いだ。


コンビニにしては、大量の買い物をして、待合いに私が戻ってきたのと、マスターが診察室から出てきたのは、ほぼ同時だった。
1時間待ったのに、診察は10分足らず。…病院なんてそんなものか。


「やっぱり風邪みたいです。解熱剤と抗生剤をもらって帰ります」
「大したことなくて良かったです」
「光さんは大袈裟なんですよ。僕も彼女も一人っ子なので、やたらに世話を焼きたがって」
「頼もしい叔母がいていいじゃないですか」
「頼もし過ぎです」

マスターは苦笑いした。

…猛獣だもんね。狙った獲物は逃さない、みたいな。




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