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第六章 一月、二度目のパーティ
35 小咄-呪いの人形-
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「まあ、落ち着きなさい」
そのとき、リュウが、バルバラのグラスにサングリアを注いだ。
リュウにしてみれば。
バルバラは、異質ではあるが、色っぽい女であるにはあった。
よっぽどアスランに気があるんだろうと思った。アスランがよくモテる事は親友の彼も体感しているところである。政敵であるビンデバルド宗家の付き人が、ここまであからさまに好意を向けてくる事は珍しいが、前例がないことではない。
実は、アスランのファンの娘には、ビンデバルドの血を引く者も何人かはいた。魔王を倒して、国を救うというのは、そういうことなのである。
……見れば、バルバラは、アスランより何歳か年上のようではあるし、若い娘に負けたくなくて、余計に声のトーンが高くなるような行動を取っているのかもしれない。基本的に善人であるリュウの発想としてはそうなった。
婚期を逃しそうな女が、英雄に憧れて、ぺたぺたくっついてきたんだろうと思ったのだ。100年前に生まれた彼としては、結婚観もやや古めである。
「バルバラと言ったか、故郷はどちらになりますか?」
リュウはまだ紳士的な口ぶりでそう尋ねた。不意打ちを受けたバルバラは、サングリアの返杯をしながら、それでも取り繕う事は出来た。
「私はシュルナウの……ゴーシュ街の出です」
最初、バルバラと名乗って、イレーネの前に現れた時に話したような事を繰り返すバルバラだった。そのへんはさすがに、元は男で、度胸が座っている。リュウは、やや違和感を覚えたが、その正体はわからなかった。要は、どうにも、女性としてイレギュラーな存在のように感じたのだが、まさか女装とは思わなかったのである。
「ゴーシュ街。俺もよく知っていますよ。工人の街は、どこでも、活気があっていいものだ。専門のギルドの出店を見ているだけで飽きないが、この間、木工ギルドの前の出店で面白いものを見かけましてね」
「面白いもの?」
まず、アスランがつられた。彼も、バルバラは色っぽい女だと思ったが、彼は、女からの賞賛は慣れていた。賞賛されて嬉しくない訳ではなかったが、どこかで聞いたような通り一遍の賞賛はわりとすぐに飽きる方だった。それよりも、男同士の討伐話や興味深い話の方が好きと言えば好きである。
「呪いの人形という触れ込みで、入れ子細工の木の人形が売られていたんですよ。それが、なかなか面白くて」
「入れ子って?」
志が尋ねると、リュウがすぐに教えた。
「大きな入れ物の中に小さな入れ物が順番に入っていることだ」
ああ、とエリーゼは内心頷いた。マトリョーシカ人形の事だ。それと完全に同じものではないのだろうが、セターレフにもマトリョーシカ人形はあるのだろう。
「これが、俺も行った事のない、大陸の南の方の神か精霊を祀ったものであるらしいのですが、花の神らしくて、一番大きな人形が、花の神の祖先であり、その子どもが順繰りに人形の器の中に入っているんですよ。だけど、その一番最後の、一番小さいはずの人形がない。それで店員に尋ねてみたところ、最初からその一番小さな人形はなかった、だからそれは呪いの人形なのだということで」
「つまり、子孫の一番小さな子どもが盗まれているということか?」
アスランがリュウに向かって眉間に皺を寄せながらそう言った。
「そういうことになる。それで、この親たちの人形は、常に、小さな人形を探している、盗まれた子どもを探す因縁と、その魔力をもっているのだそうだ。自分たちの味方をしてくれる者には加護を与えるが、そうでないものが持ち主になると、逃げようとして色々と祟りをなす、そういう木工品がギルドの店頭にあって、思わず手に取ってしまったが、さすがに因業が深そうなので、買い取りはしなかった。だが、そういういわくつきの品なども、ゴーシュ街にいくと割合よく見かけるな」
「…………」
バルバラは黙りこくってその話を聞いていた。リュウが、何かを感づいたのかもしれないと、疑った。
ビンデバルド宗家は、風と音の一族であり、風精人の純血を今でも守っている。それに対して雑種とも言える南方の部族で花の神。……簡単に言うと、この花の神とは、アディラ皇后の事ではないのかと疑ったのだ。そして、地獣人の姫達は、ビンデバルド一族の計画で追い詰められて、全滅に近い憂き目にあったことは常識とすら言える。それを思わせる物語だが、それでは、この一番小さな人形とは誰のことか……。思わず、そういうことを考え込んでしまったのだった。
「その小さな人形というのも、精霊なのか?」
珍しく、甲が口を開いてリュウに尋ねた。リュウは、甲の方を見た後、全員の顔を見回した。
「精霊ではない。小さな人形の正体は、発音は忘れたが、現地の言葉で”子どもの魂”。同じ発音の別の意味で”純粋な愛”と言うらしい。解釈次第だが、俺は、その小さな人形というのは、皆俺たち自身の事ではないかと思う」
「俺たち自身?」
甲は、もう一度尋ね、弟分の志は首を傾げて兄を見た。
「俺たちは皆、生まれた時から大人だったわけではない。皆、小さな子どもの魂だった。俺自身、この年になっても自分の未熟さに嘆く事はある。……いくつになっても人間完璧にはなれないからな。だが。考え方によっては、それは俺たちはいくつになっても成長出来る……古いつながりは新しく進化し、出会いは新鮮なつながりを作り、大きく強くなれるということだ。そして、小さな子どもである俺たちを守ろうとしてくれる、巨大な慈しみの存在は常にある。無論、この話を聞いた人間は、百人いるなら、百人、別の解釈を持つだろう。俺はそう思ったというだけの話だ」
「なるほどな」
アスランは親友に軽やかな拍手を送った。
「俺たちは皆、成長過程か。きっと、死ぬまでそうなんだろうな」
「私たちは、たまたまはぐれてしまっただけなのね」
イヴが同じ顔の従姉のヴィーを見やりながらおかしそうに笑った。
そんな話をしながら、リュウは自然と、会話をコントロールして、アスランや甲の杯にも酒を注いだ。彼らは25歳だから、酒はもう飲める。一方、まだ二十歳にならない志の方には、サングリアしかいかなかった。
何とかしてアスランを酔い潰すか、酔わせて連れ出したいバルバラだったが、そのもくろみは、説教くさいがなんとも面白い話の宝庫であるリュウに、あっさりと潰されてしまったのであった。
リュウは、隣の大陸の華帝国の出身だが、この百年の間に、セターレフ中を旅して回った本当の冒険者なのである。それもあって、イヴは彼に惹かれるのだろう。
そんなこんなで夜半も周り、やっと、盛況だった新年会は終わりを告げた。
帰りの馬車が呼ばれ、貴族達はパーティを惜しみながら、順番に帰って行った。
アスランは、主人として大広間に最後まで残って皆を見送った。
エリーゼはこんな時間まで外出していたことがないので、疲れ切っていたが、最後にはアスランにちゃんと挨拶をして、会場を出た。アスランはエリーゼの馬車の手前まで着いてきてくれた。
エリーゼが、馬車に乗る直前に、アスランが言った。
「今日は本当にありがとう、エリーゼ。また会いたい」
エリーゼは、緊張に肩をふるわせた。
アスランが、会いたいと言った理由はエリーゼにはわからなかった。
(私はただのモブだけど、今日は頑張ったつもり。頑張ったから、ご褒美が来たって言うこと……か、な)
それぐらいは、許されてもいいかもしれないと、そのときのエリーゼは思った。
「はい。私こそ、ありがとうございます。また、ご縁があれば」
アスランが笑った。そして、所在なさげに立っているエリーゼの手を握った。握手。
驚くエリーゼに、貴公子の礼を取るアスラン。
「ありがとうございます……おやすみなさい」
エリーゼも、何とか淑女の礼を取った後、名残惜しげに一回だけ、アスランを振り返り、馬車の中に乗り込んでいった。
自分のしたことがわかっていないエリーゼは、今日も、アスランの命を救ったという重大性をわかっていなかったのだ。
そのとき、リュウが、バルバラのグラスにサングリアを注いだ。
リュウにしてみれば。
バルバラは、異質ではあるが、色っぽい女であるにはあった。
よっぽどアスランに気があるんだろうと思った。アスランがよくモテる事は親友の彼も体感しているところである。政敵であるビンデバルド宗家の付き人が、ここまであからさまに好意を向けてくる事は珍しいが、前例がないことではない。
実は、アスランのファンの娘には、ビンデバルドの血を引く者も何人かはいた。魔王を倒して、国を救うというのは、そういうことなのである。
……見れば、バルバラは、アスランより何歳か年上のようではあるし、若い娘に負けたくなくて、余計に声のトーンが高くなるような行動を取っているのかもしれない。基本的に善人であるリュウの発想としてはそうなった。
婚期を逃しそうな女が、英雄に憧れて、ぺたぺたくっついてきたんだろうと思ったのだ。100年前に生まれた彼としては、結婚観もやや古めである。
「バルバラと言ったか、故郷はどちらになりますか?」
リュウはまだ紳士的な口ぶりでそう尋ねた。不意打ちを受けたバルバラは、サングリアの返杯をしながら、それでも取り繕う事は出来た。
「私はシュルナウの……ゴーシュ街の出です」
最初、バルバラと名乗って、イレーネの前に現れた時に話したような事を繰り返すバルバラだった。そのへんはさすがに、元は男で、度胸が座っている。リュウは、やや違和感を覚えたが、その正体はわからなかった。要は、どうにも、女性としてイレギュラーな存在のように感じたのだが、まさか女装とは思わなかったのである。
「ゴーシュ街。俺もよく知っていますよ。工人の街は、どこでも、活気があっていいものだ。専門のギルドの出店を見ているだけで飽きないが、この間、木工ギルドの前の出店で面白いものを見かけましてね」
「面白いもの?」
まず、アスランがつられた。彼も、バルバラは色っぽい女だと思ったが、彼は、女からの賞賛は慣れていた。賞賛されて嬉しくない訳ではなかったが、どこかで聞いたような通り一遍の賞賛はわりとすぐに飽きる方だった。それよりも、男同士の討伐話や興味深い話の方が好きと言えば好きである。
「呪いの人形という触れ込みで、入れ子細工の木の人形が売られていたんですよ。それが、なかなか面白くて」
「入れ子って?」
志が尋ねると、リュウがすぐに教えた。
「大きな入れ物の中に小さな入れ物が順番に入っていることだ」
ああ、とエリーゼは内心頷いた。マトリョーシカ人形の事だ。それと完全に同じものではないのだろうが、セターレフにもマトリョーシカ人形はあるのだろう。
「これが、俺も行った事のない、大陸の南の方の神か精霊を祀ったものであるらしいのですが、花の神らしくて、一番大きな人形が、花の神の祖先であり、その子どもが順繰りに人形の器の中に入っているんですよ。だけど、その一番最後の、一番小さいはずの人形がない。それで店員に尋ねてみたところ、最初からその一番小さな人形はなかった、だからそれは呪いの人形なのだということで」
「つまり、子孫の一番小さな子どもが盗まれているということか?」
アスランがリュウに向かって眉間に皺を寄せながらそう言った。
「そういうことになる。それで、この親たちの人形は、常に、小さな人形を探している、盗まれた子どもを探す因縁と、その魔力をもっているのだそうだ。自分たちの味方をしてくれる者には加護を与えるが、そうでないものが持ち主になると、逃げようとして色々と祟りをなす、そういう木工品がギルドの店頭にあって、思わず手に取ってしまったが、さすがに因業が深そうなので、買い取りはしなかった。だが、そういういわくつきの品なども、ゴーシュ街にいくと割合よく見かけるな」
「…………」
バルバラは黙りこくってその話を聞いていた。リュウが、何かを感づいたのかもしれないと、疑った。
ビンデバルド宗家は、風と音の一族であり、風精人の純血を今でも守っている。それに対して雑種とも言える南方の部族で花の神。……簡単に言うと、この花の神とは、アディラ皇后の事ではないのかと疑ったのだ。そして、地獣人の姫達は、ビンデバルド一族の計画で追い詰められて、全滅に近い憂き目にあったことは常識とすら言える。それを思わせる物語だが、それでは、この一番小さな人形とは誰のことか……。思わず、そういうことを考え込んでしまったのだった。
「その小さな人形というのも、精霊なのか?」
珍しく、甲が口を開いてリュウに尋ねた。リュウは、甲の方を見た後、全員の顔を見回した。
「精霊ではない。小さな人形の正体は、発音は忘れたが、現地の言葉で”子どもの魂”。同じ発音の別の意味で”純粋な愛”と言うらしい。解釈次第だが、俺は、その小さな人形というのは、皆俺たち自身の事ではないかと思う」
「俺たち自身?」
甲は、もう一度尋ね、弟分の志は首を傾げて兄を見た。
「俺たちは皆、生まれた時から大人だったわけではない。皆、小さな子どもの魂だった。俺自身、この年になっても自分の未熟さに嘆く事はある。……いくつになっても人間完璧にはなれないからな。だが。考え方によっては、それは俺たちはいくつになっても成長出来る……古いつながりは新しく進化し、出会いは新鮮なつながりを作り、大きく強くなれるということだ。そして、小さな子どもである俺たちを守ろうとしてくれる、巨大な慈しみの存在は常にある。無論、この話を聞いた人間は、百人いるなら、百人、別の解釈を持つだろう。俺はそう思ったというだけの話だ」
「なるほどな」
アスランは親友に軽やかな拍手を送った。
「俺たちは皆、成長過程か。きっと、死ぬまでそうなんだろうな」
「私たちは、たまたまはぐれてしまっただけなのね」
イヴが同じ顔の従姉のヴィーを見やりながらおかしそうに笑った。
そんな話をしながら、リュウは自然と、会話をコントロールして、アスランや甲の杯にも酒を注いだ。彼らは25歳だから、酒はもう飲める。一方、まだ二十歳にならない志の方には、サングリアしかいかなかった。
何とかしてアスランを酔い潰すか、酔わせて連れ出したいバルバラだったが、そのもくろみは、説教くさいがなんとも面白い話の宝庫であるリュウに、あっさりと潰されてしまったのであった。
リュウは、隣の大陸の華帝国の出身だが、この百年の間に、セターレフ中を旅して回った本当の冒険者なのである。それもあって、イヴは彼に惹かれるのだろう。
そんなこんなで夜半も周り、やっと、盛況だった新年会は終わりを告げた。
帰りの馬車が呼ばれ、貴族達はパーティを惜しみながら、順番に帰って行った。
アスランは、主人として大広間に最後まで残って皆を見送った。
エリーゼはこんな時間まで外出していたことがないので、疲れ切っていたが、最後にはアスランにちゃんと挨拶をして、会場を出た。アスランはエリーゼの馬車の手前まで着いてきてくれた。
エリーゼが、馬車に乗る直前に、アスランが言った。
「今日は本当にありがとう、エリーゼ。また会いたい」
エリーゼは、緊張に肩をふるわせた。
アスランが、会いたいと言った理由はエリーゼにはわからなかった。
(私はただのモブだけど、今日は頑張ったつもり。頑張ったから、ご褒美が来たって言うこと……か、な)
それぐらいは、許されてもいいかもしれないと、そのときのエリーゼは思った。
「はい。私こそ、ありがとうございます。また、ご縁があれば」
アスランが笑った。そして、所在なさげに立っているエリーゼの手を握った。握手。
驚くエリーゼに、貴公子の礼を取るアスラン。
「ありがとうございます……おやすみなさい」
エリーゼも、何とか淑女の礼を取った後、名残惜しげに一回だけ、アスランを振り返り、馬車の中に乗り込んでいった。
自分のしたことがわかっていないエリーゼは、今日も、アスランの命を救ったという重大性をわかっていなかったのだ。
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