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1.静かな婚約破棄
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「婚約破棄したいんだ」
どうも様子がおかしいと思っていた。でも認めたくなかった。恋心は無かったかもしれないが、信頼はあったと思っていたから。
「ごめん。好きな人が出来たんだ…レオナルドが嫌いになったわけでも、悪いところがあるわけでもなくて…」
婚約者の義務とばかりに、ローレンスが学園に入ってから、ほぼ毎日、この王族専用のランチルームでお昼を一緒に食べていた。それが、彼が生徒会に入ってからは少しずつ減っていき、視線の先にはいつもあいつが居た。気付いていないわけじゃなかった。
明るいランチルームに、肩で切り揃えた王族特有の白金の髪、整った人形のような顔は、こんな時も涼やかだ。
一学年下の婚約者に、今日は久しぶりに二人きりのお昼に誘われて、浮かれていたのに、まさかこんな話しだったとは。
「………………わかった…」
頭が真っ白で言葉が浮かばない。彼の目線が誰を追っていても、この婚約は必要なもので、いつかは自分と結婚するのだと、それ以外の選択肢があるなど考えた事もなかった。
「僕の両親には了解を得てるから、君が了承してくれたら侯爵家にも連絡するつもりだ」
「…そうか。お前が決めたことなら、オレは従う」
「…レオナルドなら、そう言うと思った」
できるだけ感情を表さないように答えると、彼は少し、寂しそうな顔をしたような気がした。
両親に許可を得たと言うなら、オレがゴネたところで、何も変わらない。穏便に破棄すれば、家に迷惑も掛からないだろう。
胸は早鐘のように鳴っているが、彼が決めたならどうにもならないのだ。
「今まで、僕を護ってくれてありがとう。護衛は他の者に頼んであるから、今後は自由にしててくれていいからね。この婚約破棄に伴う慰謝料も、きちんと払うつもりだから」
「慰謝料…」
「うん。レオナルドが、僕に尽くしてきてくれた恩があるから」
「それは、お互い様だろ」
「ううん。今だって、本当は理不尽だって、レオナルドは怒ってもいいんだよ。君は、口下手だからって、自分の感情を押し殺すお人好しだから」
「………何と言っていいのかわからないだけだ」
「…うん。わかってる。ごめん…もっと早く、君を解放してあげていれば…僕の方で進めていいかな?」
「ああ。任せる」
こうやって、口下手なオレの事を理解し、察して、ローレンスが話してくれるのが心地よかった。オレも、随分と助けられていたと思っている。オレのことをお人好しと言うが、ローレンスが誠実で信頼できる人物だからだ。
「では、私はこれで失礼します」
婚約破棄となるからには、今までのような気安い言葉遣いは出来ない。
この瞬間、元婚約者となった第三王子は、涼やかな顔を歪ませ、何か言いたそうな、困ったような顔をしていたが、オレは席を立った。
「うん、レオナルド、本当に今までありがとう…」
彼は、寂しそうに微笑んだ。
オレは敬礼し、そのまま振り返らずにランチルームを出る。王族専用のランチルームに入るのも、これが最後。
彼と話すのも最後かもしれない。
第三王子ローレンスは王位継承権を放棄するため、同性との婚姻を義務付けられていた。この国では、無用な争いを避ける場合に、同性婚を推奨している。
それなりに王家と繋がりの深い家から婚約者が立てられた。それが、侯爵家の次男のレオナルドだった。
10歳から、一つ年下のローレンスと婚約者として過ごした。それから8年。
恋人のような甘い雰囲気は感じたことも無かったが、口下手なオレを理解してくれている数少ない友人以上の存在だと感じていた。
この王立学園にローレンスが入学してから授業時間以外は側に居た。科も学年も違い、ローレンスは通い、オレは寮生活で、それは結構な労力だった。
ローレンスは生徒会に所属しており、多忙だった。誰か特定の奴と二人だけで会うことは無かったし、主には生徒会メンバーと居て、ローレンスの好きな奴と会う時にも、いつもオレも一緒に居たはずだ。
ローレンスの想い人は、オレとは2学年下の天使のようだと評判のルキーニだろう。彼が学園に現れてから、主要な高位貴族の子息たちが、彼に惹かれていった。
濃い金髪で男にしては背が低く華奢な身体つき、愛くるしい容姿、朗らかで優しく楽しい人柄は、大柄で眼光鋭い強面、加えて口下手で誤解されやすいレオナルドとは真逆の存在と言っていい。
光属性の魔力を持ち、類まれなる容姿と性格の良さで、平民の孤児院から特待枠で入学してきた。最初は蔑んでいた者たちまでも虜にしてしまった。男子校だというのに、ファンクラブまであると聞く。
その彼を射止めたのは、ローレンスだったというわけだ。
ローレンスの視線の先に、いつも彼が居たのは気付いていたが、そこまで進展していたとは。
レオナルドは国の危険地域を領地内に持つ侯爵家の出。厳しい環境は、自然と子どもたちを戦士に育てる。
ローレンスも、ルキーニに負けず劣らずの、争いなど無縁な絵に書いたような王子様だから、レオナルドと並ぶと王子と野獣だと揶揄われた事もある。
そりゃ、ルキーニとローレンスの方がお似合いさ。
レオナルドは、パンっと自分の頬を叩く。
なに、もうすぐ卒業なんだ。護衛は続けてくれと言われなくて良かったじゃないか。
それなりに付き合いは長いのだから、こんなに簡単に切られるなんて、と思わなくもない。
けれど、恋人が居るのに、元婚約者を近くに侍らせておくなんて、非常識な奴ではない。それがローレンスのけじめであり、ヤツの誠実なところだろうとレオナルドも思う。
はぁ…しかし、王都の騎士団には入れないな。卒業したら、ローレンスの側に居るために、王都の騎士団に配属されることになっていた。コネみたいなもんだから、元々気は進まなかったが。
家にも連絡が行くのだから、スネを齧るみたいで気が引けるが仕方ない。
領地でどこかに配属してもらえるか、手紙で聞いておくか。
ああ、明日からは、朝の迎えも行かなくていいのか…
ローレンスは、オレが時間を合わせるのを、いつも申し訳なさそうにしていたな。
これまでの7年が頭を掠めたが、それ以上、考えるのをやめた。
どうも様子がおかしいと思っていた。でも認めたくなかった。恋心は無かったかもしれないが、信頼はあったと思っていたから。
「ごめん。好きな人が出来たんだ…レオナルドが嫌いになったわけでも、悪いところがあるわけでもなくて…」
婚約者の義務とばかりに、ローレンスが学園に入ってから、ほぼ毎日、この王族専用のランチルームでお昼を一緒に食べていた。それが、彼が生徒会に入ってからは少しずつ減っていき、視線の先にはいつもあいつが居た。気付いていないわけじゃなかった。
明るいランチルームに、肩で切り揃えた王族特有の白金の髪、整った人形のような顔は、こんな時も涼やかだ。
一学年下の婚約者に、今日は久しぶりに二人きりのお昼に誘われて、浮かれていたのに、まさかこんな話しだったとは。
「………………わかった…」
頭が真っ白で言葉が浮かばない。彼の目線が誰を追っていても、この婚約は必要なもので、いつかは自分と結婚するのだと、それ以外の選択肢があるなど考えた事もなかった。
「僕の両親には了解を得てるから、君が了承してくれたら侯爵家にも連絡するつもりだ」
「…そうか。お前が決めたことなら、オレは従う」
「…レオナルドなら、そう言うと思った」
できるだけ感情を表さないように答えると、彼は少し、寂しそうな顔をしたような気がした。
両親に許可を得たと言うなら、オレがゴネたところで、何も変わらない。穏便に破棄すれば、家に迷惑も掛からないだろう。
胸は早鐘のように鳴っているが、彼が決めたならどうにもならないのだ。
「今まで、僕を護ってくれてありがとう。護衛は他の者に頼んであるから、今後は自由にしててくれていいからね。この婚約破棄に伴う慰謝料も、きちんと払うつもりだから」
「慰謝料…」
「うん。レオナルドが、僕に尽くしてきてくれた恩があるから」
「それは、お互い様だろ」
「ううん。今だって、本当は理不尽だって、レオナルドは怒ってもいいんだよ。君は、口下手だからって、自分の感情を押し殺すお人好しだから」
「………何と言っていいのかわからないだけだ」
「…うん。わかってる。ごめん…もっと早く、君を解放してあげていれば…僕の方で進めていいかな?」
「ああ。任せる」
こうやって、口下手なオレの事を理解し、察して、ローレンスが話してくれるのが心地よかった。オレも、随分と助けられていたと思っている。オレのことをお人好しと言うが、ローレンスが誠実で信頼できる人物だからだ。
「では、私はこれで失礼します」
婚約破棄となるからには、今までのような気安い言葉遣いは出来ない。
この瞬間、元婚約者となった第三王子は、涼やかな顔を歪ませ、何か言いたそうな、困ったような顔をしていたが、オレは席を立った。
「うん、レオナルド、本当に今までありがとう…」
彼は、寂しそうに微笑んだ。
オレは敬礼し、そのまま振り返らずにランチルームを出る。王族専用のランチルームに入るのも、これが最後。
彼と話すのも最後かもしれない。
第三王子ローレンスは王位継承権を放棄するため、同性との婚姻を義務付けられていた。この国では、無用な争いを避ける場合に、同性婚を推奨している。
それなりに王家と繋がりの深い家から婚約者が立てられた。それが、侯爵家の次男のレオナルドだった。
10歳から、一つ年下のローレンスと婚約者として過ごした。それから8年。
恋人のような甘い雰囲気は感じたことも無かったが、口下手なオレを理解してくれている数少ない友人以上の存在だと感じていた。
この王立学園にローレンスが入学してから授業時間以外は側に居た。科も学年も違い、ローレンスは通い、オレは寮生活で、それは結構な労力だった。
ローレンスは生徒会に所属しており、多忙だった。誰か特定の奴と二人だけで会うことは無かったし、主には生徒会メンバーと居て、ローレンスの好きな奴と会う時にも、いつもオレも一緒に居たはずだ。
ローレンスの想い人は、オレとは2学年下の天使のようだと評判のルキーニだろう。彼が学園に現れてから、主要な高位貴族の子息たちが、彼に惹かれていった。
濃い金髪で男にしては背が低く華奢な身体つき、愛くるしい容姿、朗らかで優しく楽しい人柄は、大柄で眼光鋭い強面、加えて口下手で誤解されやすいレオナルドとは真逆の存在と言っていい。
光属性の魔力を持ち、類まれなる容姿と性格の良さで、平民の孤児院から特待枠で入学してきた。最初は蔑んでいた者たちまでも虜にしてしまった。男子校だというのに、ファンクラブまであると聞く。
その彼を射止めたのは、ローレンスだったというわけだ。
ローレンスの視線の先に、いつも彼が居たのは気付いていたが、そこまで進展していたとは。
レオナルドは国の危険地域を領地内に持つ侯爵家の出。厳しい環境は、自然と子どもたちを戦士に育てる。
ローレンスも、ルキーニに負けず劣らずの、争いなど無縁な絵に書いたような王子様だから、レオナルドと並ぶと王子と野獣だと揶揄われた事もある。
そりゃ、ルキーニとローレンスの方がお似合いさ。
レオナルドは、パンっと自分の頬を叩く。
なに、もうすぐ卒業なんだ。護衛は続けてくれと言われなくて良かったじゃないか。
それなりに付き合いは長いのだから、こんなに簡単に切られるなんて、と思わなくもない。
けれど、恋人が居るのに、元婚約者を近くに侍らせておくなんて、非常識な奴ではない。それがローレンスのけじめであり、ヤツの誠実なところだろうとレオナルドも思う。
はぁ…しかし、王都の騎士団には入れないな。卒業したら、ローレンスの側に居るために、王都の騎士団に配属されることになっていた。コネみたいなもんだから、元々気は進まなかったが。
家にも連絡が行くのだから、スネを齧るみたいで気が引けるが仕方ない。
領地でどこかに配属してもらえるか、手紙で聞いておくか。
ああ、明日からは、朝の迎えも行かなくていいのか…
ローレンスは、オレが時間を合わせるのを、いつも申し訳なさそうにしていたな。
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