【完結】Reste, mon étoile. −君にもう一度会いたくて−

豊川夢久

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2話

しかも──フランス語だ。

「え?何て?」と皆がざわつく中、俺はぎりぎり聞き取れた。

“froid”は「寒い」って意味。
たぶん「今日ちょっと寒くない?」って言ったんだ。

──…えっ、いや、なんで!?

今はそんな季節じゃない。
今日なんか、ブレザーも着ずにシャツ1枚で十分な陽気だぞ。

何を思ってそんな言葉を掛けたのか。
……まさか東雲に喧嘩売るつもりじゃないよな!?
「日本の不良に挑んでみたかったんです!」みたいな、バッキバキの格闘系とかじゃないよな!?

全員の視線が東雲に集まる中──

東雲は小さくため息を吐き、顔を向けもせず、ボソッと低い声で突き放すように返した。

「クワ? イル フェ ショ」
(は? 暑いだろ)

一瞬で空気がピシリと凍る。

さっきのシャルロットの言葉が聞き取れなかった連中は、今の東雲の言葉もチンプンカンプンだろう。
──だが俺は、聞き取れてしまった。

あまりに自然で、滑らかすぎるフランス語。
シャルロットよりは少しゆっくりだけど、発音はネイティブレベルで、まるで昔からその言葉を使ってきたみたいだ。

勉強中の俺ですら、思わず聞き惚れたレベル。
……逆にちょっと怖い。何なんだよ、この完璧さ。

フランス語を分からない生徒ですら、何かヤバそうってのを肌で感じ取っているらしい。

シャルロットは、東雲の言葉にふっと肩をすくめて笑った。
「C’est vrai.(そうだね)」

……え、なんで笑った!?
今のどこに笑う要素あった!?
──っていうか、何だよ今のやり取り。山!川!みたいな暗号か!?

そう思ったが、東雲は興味なさそうに席へ腰を下ろす。
どうやら暗号でも何でもなさそうだ。

「東雲くんってフランス語できたんだ…」
「何て言ってたか分かった?」
「いや、早すぎて無理だった…」

教室がまたざわつき始めた頃、東雲は頬杖をついたまま完全に傍観モードだった。

そこへ先生の声。
「東雲、お前……フランス語分かるんだな!」

東雲は、ほんの一瞬だけ動きを止め、ぼそっと返す。
「………わかりません。」

いやいや、めっちゃ分かってたじゃん!!

──これはパンですか?
──いいえ、それは机です。

みたいな、初心者向け例文レベルの会話だっただろ!
しかも完璧な発音で!!
東雲、フランス語の授業いないよな!? どうなってんだ!?

「いやいや、発音ばっちりだったぞ~!よし、東雲。お前が面倒見てやってくれ!」
「…………なんで俺が…」

えっ!? シャルロットくんの面倒を東雲が!?
大丈夫か!? 殴られたりしないか!?
「相手に不足なし!」とか言ってタイマン始めたりしないよな!?

「──…勘弁しろよ」

マジで露骨に嫌そうな東雲と、先生の隣で“絵画から出てきました”みたいな顔で立つシャルロットくん。
今どんな気持ちなんだよ!?

「いいじゃないか!言葉が通じれば心も通じる!あ、佐藤、席替わってやれ~」
「…えっ、俺、移動!?」
「東雲の横にお前が座ってんだから仕方ないだろ!言葉が通じる方がシャルロットくんも安心だ!」
「えー、じゃあ仕方ないかー!」

ぶーぶー言いながらも、内心では喜びを隠せない顔で立ち上がる佐藤。

──いや、本当に安心か? 不安しかなくない?
東雲、めちゃくちゃ嫌そうな顔してるけど!?

シャルロットはそんな佐藤に小さく頭を下げ、やわらかく微笑んだ。
「Merci… アリガト・ゴザイマス」

……やば。可愛い。

舌ったらずでぎこちない発音。
けれど礼儀正しく頭を下げ、まっすぐな姿勢で席に着く姿は、それだけで絵になった。
その場にいた誰もが「応援したい」と思ったんじゃないか。

そして、東雲の隣に座ったシャルロットは──
「Je compte sur toi.(よろしくね)」

花が綻ぶような笑みを浮かべた。
しかし東雲は一瞥もせず、面倒臭そうにため息をひとつ。

──何て羨ましい!!!

東雲の二つ向こうに座る俺は、朝日に透ける金の髪を見ながら机に置いた手を握りしめた。
その笑顔を俺にも向けてほしい。

──やばい!!俺、シャルロットくんが好きだ──!!!

この日から、俺・田中善人の世界は変わっていくのだった。
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