【完結】Reste, mon étoile. −君にもう一度会いたくて−

豊川夢久

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6話

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「…え、……ロロ?」

シャルロットが、突然「ロロって呼んでくれていいよ」とフランス語で言ってきたとき、俺は一瞬きょとんとしてしまった。

──ロロって、何?

「……あだ名みたいなもんだろ」

東雲梓真がぼそりと補足してくれた。
聞いてないようで聞いてることが、ちょっとだけ悔しい。
けど、助かる。

春の午後、ぽかぽかとした陽射しが教室に差し込んでいる。

机を三つ並べた“秘密基地”のようなこの席は、俺の新たな居場所になりつつあった。……並べたのは俺なんだけど。

シャルロット・ベラミーと東雲梓真。

今の俺は、この二人と一緒に勉強している。
いや、正確には……ほとんどロロと喋ってるだけなんだけど!

最近、ちょっとずつ東雲のことが分かってきた、ような気がする。
それは授業中に、うとうとしてる東雲を肘で突いて起こした時のこと。

「東雲…おい、東雲って…!」
「──…ん、」

例えば、この前の数学の授業。
テスト範囲が広くて有名なうえ、先生の板書スピードも速い。
みんな必死にノートを取ってるのに、東雲のノートは真っ白。

「大丈夫かよ、ノート真っ白だぞ」

そう言ってやると東雲が、ふぁ、と気の抜けた欠伸をしながら「いいんだよ。どうせ黒板の字見えねぇし」と言ったのに目を剥いたのだった。

「え?お前黒板の字見えてねぇの?」
「全然見えねぇな…」
「マジかよ…どのぐらいまでなら見えるんだよ。」

そう聞いた瞬間、東雲がぐっと顔を近づけてくる。
びっくりして下がったが、相手は巨体な熊。逃げ場はない。
でも、逃げると言っても限界があるし、しかも相手は熊だ。

筋肉が固まって動けないうちに、30センチぐらいの距離にまで近寄ってこられた。

「お前、そんな円らな目してたのか」

──いや、トゥンクはしないからな!
背後ではロロが「ずるい!」と東雲のシャツを引っ張っている。

──俺は東雲に顔を近づけられても、全然嬉しくないから!

プゥっと頬を膨らませて怒るロロの姿は、俺にしてみれば、そりゃあもう可愛いの塊だったのだが、それも東雲には見えていないのかもしれない。

そうか。東雲が目が悪くてロロの可愛い姿が見えてなかったのか。

なるほどな!と思う反面、こいつどうやって今まで生きて来たんだ?と思ったが、きっと今までもこんな感じでのらりくらり交わしながら生きて来たんだろう。


でも、まったくノートを取らないわけでもない。
教科書の文字と先生の言葉を頼りに、ちゃんと抑えるところは抑えてる(気がする)。
テストの点は低空飛行だけど。

時々、妙に核心を突くことも言う。
今日もそうだった。

「Tu sais ce que c’est, ça ?」
(これ、何か分かる?)

「えっとね…それは…」

ロロがペンの先で問題文をつつきながら、唇を尖らせる。

それは日本語のことわざ
「二兎を追う者は一兎をも得ず」だ──。

(……にと?……え、二兎!? うさぎ!?)
(待て待て、これフランス語でどう言うんだよ……うわっ、直訳しても絶対通じねぇやつじゃん!!)

俺は手を動かしながら、必死に言葉を探した。
「うーんとね、例えば……うさぎが二匹いて、どっちも捕まえようとすると、結局どっちも逃げちゃうって話」

ロロが首を小さく傾げる。

「要は、“欲張ると何も手に入らない”って意味だよ」
横から東雲が、簡潔な日本語に直してくれる。

「そう、それ! 東雲、すごっ!」

「Merci!」

「……どういたしまして」※超小声

そう言って、東雲はまた頬杖をついた。
けど、ぼんやりと黒板を見つめる目が、どこか穏やかだったのを俺は見逃さなかった。

隣で、口元に当てたペンで難しそうに黒板を見つめるロロ。
ちょっと唇が尖ってるのが可愛い。

東雲のせいで、他の学生が近寄って来れなくて、なかなか言葉を交わせないロロ。
それが、唯一心を許してるように見えるのが、この距離、この空気ーー。

だから、俺はこの席を選んだんだ。

…だけど、少しずつ気づいてしまう。
分かりたくなかったのに、どうしたって分かってしまう。

ロロの視線は、どれだけ言葉を交わしても。
どれだけ、ロロの相手をしても──
1番に向くのは、俺じゃないってこと。

ロロが東雲を見ている目は、特別だってこと。
そして、東雲もーーまんざらではなさそうで。


────


「たい焼き、オイシ? テレビ、見た。タベタイ。」

放課後、荷物をカバンに詰め込んでる時にロロが急に言い出した。

「え、ロロ、食べたことないの?!」

「……Hhm……ナイ」

ぷうっと頬を膨らませて呟くロロは相変わらず可愛い。

「たい焼き屋なら、商店街の角の店があるからさ、行ってみよ!!」

そう答えながら、思わず隣の東雲を見ると、無言でカバンを背負っていた。

──こいつは来ないよな?たい焼きなんか興味ないよな?
何せ、初めてのロロと校外デートだ。
こいつがいたら、アピールなんかできないじゃないか。

でも、東雲は「俺も行く」なんてことは口にせず、スマホを見ていた。

──しめしめ。
そう思ったのに──まさかのロロ!

「たい焼き、イッショ、いこ?」

東雲のスマホを持つ腕に触れて、軽く引っ張りながらたどたどしい日本語で話し掛ける。

自分の腕に触れる指先に瞳と向けたあと、ロロと目が合うと、ふっと視線を逸らしした。

「……ちょっとだけならな」

(……何だよ…今の!意識してませんけど?アピールか!?)



いやもう、東雲がいようが関係ない。ロロと“放課後を過ごす“ことに意味がある!

当然のように俺がロロの横に並んで歩きながら、「たいやきはね、しっぽまであんこが入ってるやつが当たりだぞ」なんて得意気に語った。

「しっ、ぽ…?」

ロロが首を傾げた瞬間――

「クゥ」

隣で、東雲が妙な声をあげた。

「は?何だよ。そんな可愛い子犬みたいな声出して!!お前似合わないぞ!!!」

思わず突っ込むと、東雲は目を見開き──次の瞬間、心底おかしそうに大口を開けて笑った。

え……笑うとこんな顔すんの!?
少年みたいで、なんかちょっと……可愛いじゃん。

ポカンとしていたロロも、次第に笑顔になった。
それは、すごく優しくて、胸がきゅっとした。

「クーだ。“しっぽ”って意味。鳴き声じゃねぇよ」

「……えっ…?!尻尾!?いや、だって、紛らわしくない?!」

それを聞いた東雲が、思い出したのかククッとまた笑う。
そんな彼を見て、ロロも楽しそうに笑っていた。

たぶん、あれが――東雲の“歩み寄り”の第一歩だった。

それは大きな変化じゃなかったけど、俺たちが振り返って話しかければ、ほんの少し口角が上がるようになってきた気がした。
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