【完結】Reste, mon étoile. −君にもう一度会いたくて−

豊川夢久

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8話

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たい焼きを食べ終えてロロと別れた、その帰り道。

勢いに任せて飛び込んだのは、駅前の楽器屋だった。

ガラス張りの店内には、ギターがずらり。
奥には、グランドピアノじゃないけど、木の箱みたいな電子ピアノが並んでいた。

そのうちのひとつで、ちっちゃい子が「きらきら星」をゆっくり弾いてる。
横にお母さんらしき人が立ってて、うんうんってうなずいてる。

(……もしかして、この子のためにピアノ買いに来たのかな)

そう思ったとき、ふと視界に入ったのは、
ピアノの横に貼られた手書きの張り紙だった。

「試奏&練習OK/1人30分まで」

(……あ、練習か!)

思わず心の中でツッコんだ。
最近じゃ、ピアノ禁止のマンションも多い。
だから、家では音を出さずに電子ピアノで練習する子も多い──
そんな話を、前にどこかで聞いたことがある気がする。

短いフレーズなのに、低音は床をじんわり伝ってくるみたいで、
安っぽいおもちゃとは全然違う。
ここなら、本物のピアノに近い感覚で弾けるのかもしれない。

(……すげぇ。楽器屋って、入るだけでテンション上がるな)

短いフレーズなのに、低音が床を伝ってくるみたいで、本物のピアノみたいだ。

俺には母親はついてきてない。
誰にも頼れない環境に、心臓がバクバクしてたけど、勢いで声を出した。

「ギター欲しいんですけど、どれがいいか教えてください!」

店員さんが笑顔で応じてくれて、チューナーとピックが付いた初心者セットを見繕ってくれた。
支払いを済ませたあとも、出口に向かう足がついゆっくりになる。
奥の電子ピアノが気になって、横目で覗いてしまった。

(ロロみたいな子がサラッと弾けたら、絵になるんだろうな……)



家に戻るなり、俺は動画を見ながらギターに挑戦してみた。

――けど、思ってたより遥かに難しい。

指は動かないし、コードの形すら怪しい。
そして最大の問題はこれだ。

「何で! 楽譜が! 全然読めねぇんだよ!!」

一晩うんうん唸って、結局師に指導を仰ごうと、軽音部にギターを置かせてもらって、練習を始めることにした。

休み時間のちょこっとした間でも、触ってみたらいい、なんて言われて、触ってみてるが、一向に上手くならない気がする。

ロロがいないタイミングを狙って、例の3人机に楽譜を広げる。
盛大にため息をついた。

「“C”とか“G”とか“Am”とか書いてあるけど……、どの弦押せばいいのか分かんねぇ!」

「……ってか、これで合ってんのかよぉぉぉ!!」

半泣きでコード譜をにらんでいると、隣で静かに提出必須課題をやっていた東雲が、ふいに視線を上げた。

「……お前、それ、何の曲だよ」
「あー、これ、あれだ。ほら、きらきら星だよ!」

「…………本気か?」
東雲の目が信じられないものを見るような目になる。

「下手で悪かったな!!」

「もう1回やってみろよ」

「えっと、きーらーきーらー…ひー…かー…る~?」

「……お前それ、コード間違えてないか?」

「え?!でも、指の押さえ方はこうって書いてあるんだけど」

「ちょっと貸せ」

そう言って、東雲が無言でギターを受け取ると、見様見真似で軽く弦をはじき、音を探っているように見えた。

「ルの音は、これだろ。」
「あ、ほんとだ。」

俺の指の動きと音を聞いて、大体の感じをすぐ理解したっぽい。
東雲がぽろんと弦をはじくたびに、曲の形が少しずつ見えてくる。

(……え、なんかすげぇ)

淡々と弾きながら、東雲は手元を見せてくれる。
俺が真似すると、指がつりそうになるけど、ちょっとだけ形になった気がした。

「え?これが、ドミソ?で、こっちが?」
「ソシレだな。」
「お、おう…ソシレ…」

そうやって、東雲と一緒に楽譜を睨めっこしたのち。
東雲はポイとギターを放り投げ、課題に戻っていった。

その東雲の手に、一瞬だけ見えたハートみたいなアザ。
何となく目を奪われたけど──すぐに思った。

(……この男に、ハートがクソほど似合わねぇな)

──でけぇ熊にハート柄とか、ギャグかよ。

そう思った時、漫画みたいな熊の手に真っ赤なハートがくっついてるイラストが思い浮かんで、思わず吹き出しそうになってしまった。
東雲にバレたら殴られそうで、慌てて咳払いする。

「……あ、ありがとな、東雲!」
「……ん」
「何か楽器やってたのか?」
「昔、ちょっとやってただけ」

ぶっきらぼうに言う熊が、ちまちまペンを動かしてる。
(何だよ、ちょっと可愛く見えて困んだろ)

────

そして、その日の夜。

ギターの練習を始めた俺は、楽譜の上に振ったルビのおかげで、だいぶスムーズに進んだ。

「やばい……俺天才かもしれない……!」

調子に乗りながら、東雲の言葉を思い出す。

“昔、ちょっとやってただけ“

東雲何やってたんだろ。
でも、東雲が楽器か。
いやぁ、何か似合わねぇな。
あんなでっかい熊みたいなのが楽器弾くって。

などと考えているうちに、床に寝転び、ギターを胸に乗せたまま天井を見上げる。

頭に浮かぶのは、ロロの笑顔。

日本語を覚えようと一生懸命な姿。
たい焼きをかじって「アマイ」と笑った口元。

だけど、そのすぐ隣には……いつも、東雲がいる。

ロロが向ける視線の先は、俺じゃない。
どうしても、それだけは変わらない。

だけど、諦めたくない。

 

東雲に「俺は天才かもしれない」と告げると、
「……そうかよ」
と、冷たく返された。



だけど俺は、ハートを抱えた熊がギターを持ってる姿を想像してニヤけた。

……そのとき、東雲が一瞬だけ傷ついたような目をしたことに、俺は気づきもしなかった。
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