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9話
「お前、どこ行ってたんだよ」
音楽の授業にいなかった東雲が、ふらっと教室に現れたのは昼休みが終わって、午後の授業が始まった頃のことだった。
「音楽も体育も、筆記の点さえ良けりゃ赤点はないからな」
あくびを噛み殺しながら、椅子にドカっと腰を下ろす東雲。
そのままフランス語で、ロロにぼそりと言った。
「日本はな、テストの点さえ良けりゃ何とかなる」
「お前、何しょうもない知識教えてんだよ!」
思わずそう突っ込むと、東雲が片方の口の端を持ち上げたのが見えた。
──何だよ、その悪い笑みはよ!!
でも、残念ながら──何事にも例外はある。
そう。こんなやる気なし男の東雲にも、だ。
「東雲、明日の体力測定、出なかったらお前留年だからな」
「──…は?何でだよ」
「今年からそう決まったんだよ。だから明日は授業に出るように。」
そんな風に体育教師に声を掛けられて、東雲から放たれるオーラがいつも以上に濁った気がした。
体力測定の日。
準備体操をしながら、俺はそわそわしていた。
今日はいよいよ体力測定。
普段サボり魔の東雲が、本当に来るのか……?
着替え中も教室にはいなかったし、何よりあいつが体操服を着たところなんて一度も見たことがない。
「……コナイ?」
「いやぁ…流石に来るだろ。」
そんな会話をしていると、先生の集合の声がかかる。
背の順に並んでみても、やっぱり東雲の姿は見えなかった。
そのまま始まる50メートル走。
俺は当然、クラス一位を狙うつもりでスタートラインに立つ。
ロロは、体力測定が何たるかをまだよく分かっていない様子だ。
それでも皆の動きを真似して、何とかスタート位置に着く。
「位置について、よーい……」
ピッ!
──ロロは出遅れた。
まぁ、仕方ない。こっちは幼稚園の頃からずっと、あの“ちょっとした間”に慣れてるんだ。
経験値が違う。
俺は全力で走り、ゴールした瞬間に息をつく。
結果はクラス暫定一位。
「シュゴイ!」と笑うロロに鼻が高くなる。
(……でも、やっぱ東雲は来ねぇのか)
そう思ったとき──
「じゃあ次、東雲と佐藤!」
先生の声に、思わず「えっ!?」と声が漏れた。
スタートラインを見ると、いつの間にか、当然の顔で東雲が立っている。
(……いつ来たんだよ!)
ガタイのいい東雲は、クラスで一番背が高い。
走ったら、どれだけ速いんだろう。
「位置について、よーい……」
ピッ!
「……は?」
──次の瞬間、俺は思わず声を漏らしていた。
やる気なし男は、こんなところでもやる気なし男だった。
全力疾走なんてしない。
手足を投げ出すようなフォームで、まるでジョギングみたいに走っている。
「東雲!!お前、テロテロ走るな!!」
思わず叫ぶと、前を向いたまま「……てろてろ?」とボソッと繰り返された。
(いや、他に言いようがねぇよ!!)
結果は当然、俺の勝ち。
けど、あの走り方には何かモヤモヤが残った。
──このあと、懸垂や持久走で“東雲の本気”を見せつけられるとも知らずに。
懸垂の順番が回ってきた。
俺は手のひらに軽く息を吹きかけてから、鉄棒にぶら下がる。
ギュッと握って──ぐいっ。
「いち……に……」
十回。腕が悲鳴を上げる。
でも、去年よりは伸びたはずだ。
最後は歯を食いしばりながら十二回目をこなして、どさっと着地した。
「田中、まあまあだな!」
ロロが拍手してくれる。
ふふん、だろ? って胸を張った──のも束の間。
「次、東雲!」
体育教師の声に、クラスで一番でかい影が動いた。
東雲だ。
でかいだけじゃない。肩も背中も厚くて、上着越しでも腕の筋肉が分かる。
ぶら下がった瞬間、東雲の背中がぐっと盛り上がった。
分厚い肩から腕にかけて、服の上からでもはっきり分かる筋肉の動き。
スッ……と顎が鉄棒の上に出る。まるで何も持ち上げていないみたいに。
「いち、に、さん……」
淡々と、一定のリズムで、息も切らさず。
10回、15回、20回──ギャラリーの声がなくなっていく。
ただ、カウントの声と、鉄棒を握る手の小さなきしみ音だけが響いていた。
汗もかかずに淡々と上がり続ける東雲に、俺は思わず口を開けた。
「……は?」
横でロロが目をキラキラさせている。
おい、さっきまで俺に拍手してただろ……。
「シュゴイ…!!!」
5回ぐらいで脱落したロロの目が、キラキラしてるように見えた。
俺の50メートル走で好タイムを出した時よりも、キラキラして見えるのは何でだ。
──俺の50m走の栄光、秒で過去になったじゃん!
音楽の授業にいなかった東雲が、ふらっと教室に現れたのは昼休みが終わって、午後の授業が始まった頃のことだった。
「音楽も体育も、筆記の点さえ良けりゃ赤点はないからな」
あくびを噛み殺しながら、椅子にドカっと腰を下ろす東雲。
そのままフランス語で、ロロにぼそりと言った。
「日本はな、テストの点さえ良けりゃ何とかなる」
「お前、何しょうもない知識教えてんだよ!」
思わずそう突っ込むと、東雲が片方の口の端を持ち上げたのが見えた。
──何だよ、その悪い笑みはよ!!
でも、残念ながら──何事にも例外はある。
そう。こんなやる気なし男の東雲にも、だ。
「東雲、明日の体力測定、出なかったらお前留年だからな」
「──…は?何でだよ」
「今年からそう決まったんだよ。だから明日は授業に出るように。」
そんな風に体育教師に声を掛けられて、東雲から放たれるオーラがいつも以上に濁った気がした。
体力測定の日。
準備体操をしながら、俺はそわそわしていた。
今日はいよいよ体力測定。
普段サボり魔の東雲が、本当に来るのか……?
着替え中も教室にはいなかったし、何よりあいつが体操服を着たところなんて一度も見たことがない。
「……コナイ?」
「いやぁ…流石に来るだろ。」
そんな会話をしていると、先生の集合の声がかかる。
背の順に並んでみても、やっぱり東雲の姿は見えなかった。
そのまま始まる50メートル走。
俺は当然、クラス一位を狙うつもりでスタートラインに立つ。
ロロは、体力測定が何たるかをまだよく分かっていない様子だ。
それでも皆の動きを真似して、何とかスタート位置に着く。
「位置について、よーい……」
ピッ!
──ロロは出遅れた。
まぁ、仕方ない。こっちは幼稚園の頃からずっと、あの“ちょっとした間”に慣れてるんだ。
経験値が違う。
俺は全力で走り、ゴールした瞬間に息をつく。
結果はクラス暫定一位。
「シュゴイ!」と笑うロロに鼻が高くなる。
(……でも、やっぱ東雲は来ねぇのか)
そう思ったとき──
「じゃあ次、東雲と佐藤!」
先生の声に、思わず「えっ!?」と声が漏れた。
スタートラインを見ると、いつの間にか、当然の顔で東雲が立っている。
(……いつ来たんだよ!)
ガタイのいい東雲は、クラスで一番背が高い。
走ったら、どれだけ速いんだろう。
「位置について、よーい……」
ピッ!
「……は?」
──次の瞬間、俺は思わず声を漏らしていた。
やる気なし男は、こんなところでもやる気なし男だった。
全力疾走なんてしない。
手足を投げ出すようなフォームで、まるでジョギングみたいに走っている。
「東雲!!お前、テロテロ走るな!!」
思わず叫ぶと、前を向いたまま「……てろてろ?」とボソッと繰り返された。
(いや、他に言いようがねぇよ!!)
結果は当然、俺の勝ち。
けど、あの走り方には何かモヤモヤが残った。
──このあと、懸垂や持久走で“東雲の本気”を見せつけられるとも知らずに。
懸垂の順番が回ってきた。
俺は手のひらに軽く息を吹きかけてから、鉄棒にぶら下がる。
ギュッと握って──ぐいっ。
「いち……に……」
十回。腕が悲鳴を上げる。
でも、去年よりは伸びたはずだ。
最後は歯を食いしばりながら十二回目をこなして、どさっと着地した。
「田中、まあまあだな!」
ロロが拍手してくれる。
ふふん、だろ? って胸を張った──のも束の間。
「次、東雲!」
体育教師の声に、クラスで一番でかい影が動いた。
東雲だ。
でかいだけじゃない。肩も背中も厚くて、上着越しでも腕の筋肉が分かる。
ぶら下がった瞬間、東雲の背中がぐっと盛り上がった。
分厚い肩から腕にかけて、服の上からでもはっきり分かる筋肉の動き。
スッ……と顎が鉄棒の上に出る。まるで何も持ち上げていないみたいに。
「いち、に、さん……」
淡々と、一定のリズムで、息も切らさず。
10回、15回、20回──ギャラリーの声がなくなっていく。
ただ、カウントの声と、鉄棒を握る手の小さなきしみ音だけが響いていた。
汗もかかずに淡々と上がり続ける東雲に、俺は思わず口を開けた。
「……は?」
横でロロが目をキラキラさせている。
おい、さっきまで俺に拍手してただろ……。
「シュゴイ…!!!」
5回ぐらいで脱落したロロの目が、キラキラしてるように見えた。
俺の50メートル走で好タイムを出した時よりも、キラキラして見えるのは何でだ。
──俺の50m走の栄光、秒で過去になったじゃん!
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