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17話
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「今日、俺昼飯の時間にリーダー会議あるから」
善人の言葉の意味を、最初は飲み込めなかった。
梓真がぼそっと「文化祭の調理班のリーダー集めるやつだ」と教えてくれる。
面倒らしいその役を、善人はくじ引きで引いてしまったのだ。
久しぶりに、梓真とふたりきりになる。
そんなこと考えるのはきっと良くない。でも、胸の奥が少しだけ温かくなった──
⸻
いつもは3人で移動する教室も、今日は2人。
先に行ってしまうのかと思ったけど、梓真は歩幅を合わせてくれる。
胸の奥が、くすぐったい。
だけど、問題はお昼だ。
最初こそ善人と食堂で一緒に食べていたけれど、
あまりにも頻繁に他クラスの生徒に声をかけられるから──
善人が気を遣ってくれて、僕らは教室で食べるようになった。
僕が今暮らしている学校の寮で、お弁当を作ってくれることを知ってから。
だけど、教室で食べるとき、梓真はいつも寝ているか、どこかへ行ってしまう。
今日は、どうしよう。
僕だけ、ポツンと、教室にひとり。
⸻
「……ついてこいよ」
不意に声がして、顔を上げた。
梓真が教室の入口に立っていた。
眠たそうな目のまま、でもほんの少しだけ、僕のことを気にしているように見える。
胸がじんわりと熱くなる。
「どこ、行くの……?」
「屋上」
それだけ言うと、彼は振り向いて歩き出す。
僕は慌ててお弁当を抱えて、後を追った。
⸻
階段を上るたび、ぎしぎしと古い木の段が鳴る。
春の匂いが漂う空気は少しだけひんやりして、
窓の外には白いタンポポの綿毛が風に乗って舞っていた。
屋上の扉を開けた瞬間、光が弾ける。
目を細める僕の前で、梓真はふわりと風を受けた。
その横顔が、思わず言葉を忘れるくらい綺麗だった。
「ここなら、誰も来ねぇから」
そう言って、無造作にフェンスの近くに腰を下ろす。
僕も隣に座って、お弁当の包みを開いた。
昼の光の中で、二人だけの世界が広がる。
「どうしてこんな所知ってるの?」
「………秘密」
そう言って教えてくれなかったけど、梓真と秘密を共有できることが嬉しくて、黙ったまま頷いた。
お弁当を開くと、まだ箸が上手に使えないからと作ってもらったサンドイッチが整然と並んでいる。
横で梓真は、袋からおにぎり2つと、菓子パンを1つ取り出した。
「……それだけで足りるの?」
思わず聞くと、彼は首を傾げる。
「ん? まぁな…」
おにぎりを食べながら、次のパンの袋を開ける仕草が妙に自然で、ちょっと可笑しくて、ちょっと可愛い。
「……オイシ?」
「別に普通だけどな。」
気の抜けた返事のあと、梓真は残っていたおにぎりを差し出してきた。
「……食ってみるか?」
そう言って、彼がもうひとつの三角を差し出してきた。
梓真の手には小さすぎるおにぎり。
思わず手を伸ばすと、指先がほんの少し触れて、心臓が跳ねた。
恐る恐る受け取ると、透明のビニールに数字と矢印が書いてある。
「えっと……これ、どうするの?」
「……やったことないか?」
こくりと頷くと、梓真は納得するように、でもどこか楽しそうに笑う。
梓真は僕の手にあるおにぎりのビニールに書かれた数字を説明しながら、ビニールの外し方を教えてくれる。
「まず、ここを下に引っ張って……上まで動かす」
ピッと縦に筋が入っていくのが、すごく不思議だった。
どうして半分に破るんだろう?
面倒じゃないのかな。
「次に、左を引っ張る。もっと端持てよ。海苔が千切れる。」
彼の指先がほんの少し触れる。
ビリッと音がして、海苔の香りがふわりと漂った。
「そんで、次は右。で、できた」
綺麗な三角形のおにぎりが手の中に現れる。
パリパリの海苔が巻かれたおにぎりは初めて見た。
寮でおにぎりが出たことはあったけど、海苔はふにゃふにゃだったから。
「パリパリ」
思わずそう言って顔を上げると、梓真が小さく笑う。
「だろ?」
微笑んだような表情に、胸がきゅっと縮こまったのを感じた。
「食ってみろよ。一口目が1番美味いから」
恐る恐る、おにぎりにかぶりつく。
海苔のパリッという音と、しっかりとした白米の弾力。
おにぎりの中には、具が入っていて、口の中に広がったご飯と旨みが、思わず目を細めさせた。
「……オイシ」
「唐揚げマヨ」
「カララゲマヨ」
呪文みたいな言葉を繰り返すと、僕の発音が面白かったのか、梓真が歯を見せて笑った。
その笑顔を、昼の光がやさしく照らす。
胸の奥で、何かがゆっくりと溶けていくような気がした。
「コレ、あげる」
そう言ってお弁当箱ごと渡すと、梓真は「いいよ」と言った。
「でも、おにぎり食べちゃったから」
梓真のおにぎりを1つもらってしまったから、きっとお腹が空いてる。
あんなに大きな体だもん。
本当はもっと食べたいはず。
そっと差し出したお弁当の中から「merci」と言いながら、ハムとチーズのサンドイッチを取り出した。
「ピリカラ」
中にマスタードが入っているから、少しだけピリッとするのが美味しい。
寮のおばさんの得意料理で、僕はそればかり食べたいとお願いしていたから、毎日入れてくれるようになった。
「ん…確かに、ピリ辛だな」
「オイシ?」
「ん。美味い」
「ウマイ」
そう繰り返すと、梓真の肩からふ、と力が抜けたように見えた。
「チュ フェ ク パルレ フランセ スリュー、チュ ヴァ フェル クワ コム サ?」
(お前ほんとにフランス語ばっか喋ってどうすんだよ)
そう、僕は梓真といる時は、ほとんどフランス語で話してる。
パリパリ、ピリカラ、オイシ、ウマイっていう単語以外は──
だけど、梓真の話すフランス語が恋しくて、仕方なかった。
「……梓真の話すフランス語が好きなんだ」
そう言うと、彼はゴロンと横になり、空を仰ぐ。
「ま、お前がいいならいいんだけどさ」
風が吹き、髪が揺れる。
本当はもっと話したいのに──
言葉は、春の空気に溶けて消えた。
善人の言葉の意味を、最初は飲み込めなかった。
梓真がぼそっと「文化祭の調理班のリーダー集めるやつだ」と教えてくれる。
面倒らしいその役を、善人はくじ引きで引いてしまったのだ。
久しぶりに、梓真とふたりきりになる。
そんなこと考えるのはきっと良くない。でも、胸の奥が少しだけ温かくなった──
⸻
いつもは3人で移動する教室も、今日は2人。
先に行ってしまうのかと思ったけど、梓真は歩幅を合わせてくれる。
胸の奥が、くすぐったい。
だけど、問題はお昼だ。
最初こそ善人と食堂で一緒に食べていたけれど、
あまりにも頻繁に他クラスの生徒に声をかけられるから──
善人が気を遣ってくれて、僕らは教室で食べるようになった。
僕が今暮らしている学校の寮で、お弁当を作ってくれることを知ってから。
だけど、教室で食べるとき、梓真はいつも寝ているか、どこかへ行ってしまう。
今日は、どうしよう。
僕だけ、ポツンと、教室にひとり。
⸻
「……ついてこいよ」
不意に声がして、顔を上げた。
梓真が教室の入口に立っていた。
眠たそうな目のまま、でもほんの少しだけ、僕のことを気にしているように見える。
胸がじんわりと熱くなる。
「どこ、行くの……?」
「屋上」
それだけ言うと、彼は振り向いて歩き出す。
僕は慌ててお弁当を抱えて、後を追った。
⸻
階段を上るたび、ぎしぎしと古い木の段が鳴る。
春の匂いが漂う空気は少しだけひんやりして、
窓の外には白いタンポポの綿毛が風に乗って舞っていた。
屋上の扉を開けた瞬間、光が弾ける。
目を細める僕の前で、梓真はふわりと風を受けた。
その横顔が、思わず言葉を忘れるくらい綺麗だった。
「ここなら、誰も来ねぇから」
そう言って、無造作にフェンスの近くに腰を下ろす。
僕も隣に座って、お弁当の包みを開いた。
昼の光の中で、二人だけの世界が広がる。
「どうしてこんな所知ってるの?」
「………秘密」
そう言って教えてくれなかったけど、梓真と秘密を共有できることが嬉しくて、黙ったまま頷いた。
お弁当を開くと、まだ箸が上手に使えないからと作ってもらったサンドイッチが整然と並んでいる。
横で梓真は、袋からおにぎり2つと、菓子パンを1つ取り出した。
「……それだけで足りるの?」
思わず聞くと、彼は首を傾げる。
「ん? まぁな…」
おにぎりを食べながら、次のパンの袋を開ける仕草が妙に自然で、ちょっと可笑しくて、ちょっと可愛い。
「……オイシ?」
「別に普通だけどな。」
気の抜けた返事のあと、梓真は残っていたおにぎりを差し出してきた。
「……食ってみるか?」
そう言って、彼がもうひとつの三角を差し出してきた。
梓真の手には小さすぎるおにぎり。
思わず手を伸ばすと、指先がほんの少し触れて、心臓が跳ねた。
恐る恐る受け取ると、透明のビニールに数字と矢印が書いてある。
「えっと……これ、どうするの?」
「……やったことないか?」
こくりと頷くと、梓真は納得するように、でもどこか楽しそうに笑う。
梓真は僕の手にあるおにぎりのビニールに書かれた数字を説明しながら、ビニールの外し方を教えてくれる。
「まず、ここを下に引っ張って……上まで動かす」
ピッと縦に筋が入っていくのが、すごく不思議だった。
どうして半分に破るんだろう?
面倒じゃないのかな。
「次に、左を引っ張る。もっと端持てよ。海苔が千切れる。」
彼の指先がほんの少し触れる。
ビリッと音がして、海苔の香りがふわりと漂った。
「そんで、次は右。で、できた」
綺麗な三角形のおにぎりが手の中に現れる。
パリパリの海苔が巻かれたおにぎりは初めて見た。
寮でおにぎりが出たことはあったけど、海苔はふにゃふにゃだったから。
「パリパリ」
思わずそう言って顔を上げると、梓真が小さく笑う。
「だろ?」
微笑んだような表情に、胸がきゅっと縮こまったのを感じた。
「食ってみろよ。一口目が1番美味いから」
恐る恐る、おにぎりにかぶりつく。
海苔のパリッという音と、しっかりとした白米の弾力。
おにぎりの中には、具が入っていて、口の中に広がったご飯と旨みが、思わず目を細めさせた。
「……オイシ」
「唐揚げマヨ」
「カララゲマヨ」
呪文みたいな言葉を繰り返すと、僕の発音が面白かったのか、梓真が歯を見せて笑った。
その笑顔を、昼の光がやさしく照らす。
胸の奥で、何かがゆっくりと溶けていくような気がした。
「コレ、あげる」
そう言ってお弁当箱ごと渡すと、梓真は「いいよ」と言った。
「でも、おにぎり食べちゃったから」
梓真のおにぎりを1つもらってしまったから、きっとお腹が空いてる。
あんなに大きな体だもん。
本当はもっと食べたいはず。
そっと差し出したお弁当の中から「merci」と言いながら、ハムとチーズのサンドイッチを取り出した。
「ピリカラ」
中にマスタードが入っているから、少しだけピリッとするのが美味しい。
寮のおばさんの得意料理で、僕はそればかり食べたいとお願いしていたから、毎日入れてくれるようになった。
「ん…確かに、ピリ辛だな」
「オイシ?」
「ん。美味い」
「ウマイ」
そう繰り返すと、梓真の肩からふ、と力が抜けたように見えた。
「チュ フェ ク パルレ フランセ スリュー、チュ ヴァ フェル クワ コム サ?」
(お前ほんとにフランス語ばっか喋ってどうすんだよ)
そう、僕は梓真といる時は、ほとんどフランス語で話してる。
パリパリ、ピリカラ、オイシ、ウマイっていう単語以外は──
だけど、梓真の話すフランス語が恋しくて、仕方なかった。
「……梓真の話すフランス語が好きなんだ」
そう言うと、彼はゴロンと横になり、空を仰ぐ。
「ま、お前がいいならいいんだけどさ」
風が吹き、髪が揺れる。
本当はもっと話したいのに──
言葉は、春の空気に溶けて消えた。
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