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30話
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「──その…坂田瑛人は今どこにいるんですか」
俺の口から出た声は、いつになく重かった。
月島は一瞬だけ目を細め、それから淡々と答える。
「分からん。だが、分かったところで、今さらどうする?」
「……え?でも、ピアノは続けてるんじゃないんですか…?」
「いや。その後、瑛人もピアノをやめてるよ。結局成績が振るわなくてな」
「それって…もしかして、良心の呵責、とか?」
「──かもしれんな」
「え?でもそれ、東雲は知ってるんですか?」
「さぁ…知らないんじゃないか。瑛人が連絡を取るとも思えんしな。」
「だったら…!!」
「何だよ。見つけ出して謝罪させたいって言うのか?話したところでどうなる。東雲の名誉は戻らないし、時間も戻らない。」
「でも──…!」
「東雲は胸に消えない傷を今も抱えてんだ。瑛人だって友人を裏切った傷ぐらい背負わせてて当然だろ。謝罪なんかさせたら、その重みは軽くなる。お前、それでもいいのか?」
「──…そうじゃない、すけど…でも…」
「それに何より、あいつは父親が亡くなったんだ。大会で優勝したところで、あのままフランスに残れていたかどうかは分からん。今更全部明らかにしたところで、誰も幸せになんかなれないんだよ。」
ロロは何かを言い返そうと口を開きかけたが、声にならない。
膝の上で握った拳に、爪が食い込む。
「……じゃあ、俺らはどうすればいいんだよ」
絞り出すような声は、月島にも届いているのかいないのか。
ただ静かに、カップの中のコーヒーが揺れていた。
月島はしばし無言でコーヒーを見つめ、それから静かに言った。
「言ったろ……東雲の過去を知ったところで、あいつを元に戻せる魔法はないって。お前らは、あいつのために動いてるつもりなんだろうけどな。東雲はきっと、そんなこと望んじゃいない」
その声は、責めるでも諭すでもなく、ただ事実を告げるようだった。
「フランスのことを口にしないのは、忘れたいからじゃない。……背負ったまま、生きてくためだ。ただ、ほじくり返してほしくない過去なんだろうよ。」
そして、ふっと片方の口の端を持ち上げた。
「Je croyais avoir un ami, mais c’était une statue.」
「──え?」
「“友だと思っていたけど、あいつは石の像だった“。
これは、あいつが瑛人のことを言った言葉だ。」
「石の像…」
「お前らは、あいつを“友達”だって言ったよな。俺は、あいつに“石の像“じゃない存在が現れたことが嬉しかったんだよ」
ロロは唇を噛んだまま、膝の上で手を固く握りしめている。
俺も同じだった。胸の奥で何かが反発するのに、言葉に変えることができない。
「……俺らは…これから、どうすればいいんですか」
かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しかった。
月島は肩をすくめる。
「好きにしろ。ただ、“友達”でいてやればいいだろ。……それが一番だ」
その言葉は、やけに重く、長く胸の奥に沈んでいった。
俺もロロも、それ以上は何も言えなかった。
店を出ると、外の空気は冷たく澄んでいた。
吹き抜ける風が、さっきまで胸の奥でくすぶっていた熱を少しだけ冷ましてくれる。
横を歩くロロが、小さく呟いた。
「……アズサ、あいたい」
その声音は、ただ過去を確かめたいんじゃなく、今を確かめたいと言っているように聞こえた。
俺はうなずき、ポケットに手を突っ込む。
──今、俺たちが戻るべき場所は決まっている。
「あいつ、ピアノ弾きたくない、んだろうな」
ぽつりとこぼれた自分の声が、静かな廊下に溶ける。
ロロが小さく「うん」と頷いた。
けれど、そのあとほんの一瞬だけ迷ったように唇を噛み、ロロは続ける。
「でも……」
その声音は、事実じゃなく、願いだった。
「ピアノ、……ぜったい、ヒツヨウ」
その“絶対”に、確信なんてきっとなかった。
けれど、ロロの目にはそれが揺るぎない真実のように映っていた。
学校に戻った途端、俺たちは担任の先生に見つかり、そのまま職員室へ引っ張っていかれる。
ロロは寮を出たのに学校に来ていない、という状況に裏で大騒ぎになっていたらしい。
田中と東雲もいないし、三人で一緒にいるんじゃないか、と囁かれてもいたのだという。
「お前ら……どこ行ってたんだ!心配したんだぞ!」
机にプリントを叩きつけるように置かれ、思わず背筋を伸ばす。
横でロロも小さく「すみません」と頭を下げていた。
怒られながらも「それで、東雲は!?」と聞かれて「知りません」と答えた俺は、東雲もまだ学校に来ていないことを知ったのだった。
担任は少し目を細め、首を横に振った。
「はぁ…自宅に連絡しても東雲のお母さんも知らないって言うし、田中のご両親には連絡がつかないし…焦ったんだからな、本当に…」
すいませんと頭を下げながらも、胸の奥で何かが騒ぎ出す。
──東雲のお母さん、家にいるんだ。
机の上のプリントに目を落としながら、口が勝手に動いた。
「あの……これ、東雲に届けてもいいですか?」
担任は一瞬考え、それから「お前家の場所知ってんのか?」と問われて、首を横に振った。
「じゃあ、これ渡しといてくれ」
担任は机の引き出しから小さなメモを引き抜き、俺に押しつけた。
そこには見慣れない地名と番地が書かれている。
「直接会えたら、ちゃんと様子も見てきてくれ。無理そうならポストに入れてくれればいい。ついでに、あんまり休みすぎると出席日数が足りずに留年になるぞ、って言っといてくれ。」
「……はい」
そう返事をしながらも、胸の奥のざわめきは収まらなかった。
会いたいのか、確かめたいのか、それとも――ただ、あの顔を思い浮かべたくないのか。
ポケットにメモをしまい込むと、ロロがそっと覗き込んできた。
「…行くの?」
「……行くしかないだろ」
それ以外の答えは、思いつかなかった。
俺の口から出た声は、いつになく重かった。
月島は一瞬だけ目を細め、それから淡々と答える。
「分からん。だが、分かったところで、今さらどうする?」
「……え?でも、ピアノは続けてるんじゃないんですか…?」
「いや。その後、瑛人もピアノをやめてるよ。結局成績が振るわなくてな」
「それって…もしかして、良心の呵責、とか?」
「──かもしれんな」
「え?でもそれ、東雲は知ってるんですか?」
「さぁ…知らないんじゃないか。瑛人が連絡を取るとも思えんしな。」
「だったら…!!」
「何だよ。見つけ出して謝罪させたいって言うのか?話したところでどうなる。東雲の名誉は戻らないし、時間も戻らない。」
「でも──…!」
「東雲は胸に消えない傷を今も抱えてんだ。瑛人だって友人を裏切った傷ぐらい背負わせてて当然だろ。謝罪なんかさせたら、その重みは軽くなる。お前、それでもいいのか?」
「──…そうじゃない、すけど…でも…」
「それに何より、あいつは父親が亡くなったんだ。大会で優勝したところで、あのままフランスに残れていたかどうかは分からん。今更全部明らかにしたところで、誰も幸せになんかなれないんだよ。」
ロロは何かを言い返そうと口を開きかけたが、声にならない。
膝の上で握った拳に、爪が食い込む。
「……じゃあ、俺らはどうすればいいんだよ」
絞り出すような声は、月島にも届いているのかいないのか。
ただ静かに、カップの中のコーヒーが揺れていた。
月島はしばし無言でコーヒーを見つめ、それから静かに言った。
「言ったろ……東雲の過去を知ったところで、あいつを元に戻せる魔法はないって。お前らは、あいつのために動いてるつもりなんだろうけどな。東雲はきっと、そんなこと望んじゃいない」
その声は、責めるでも諭すでもなく、ただ事実を告げるようだった。
「フランスのことを口にしないのは、忘れたいからじゃない。……背負ったまま、生きてくためだ。ただ、ほじくり返してほしくない過去なんだろうよ。」
そして、ふっと片方の口の端を持ち上げた。
「Je croyais avoir un ami, mais c’était une statue.」
「──え?」
「“友だと思っていたけど、あいつは石の像だった“。
これは、あいつが瑛人のことを言った言葉だ。」
「石の像…」
「お前らは、あいつを“友達”だって言ったよな。俺は、あいつに“石の像“じゃない存在が現れたことが嬉しかったんだよ」
ロロは唇を噛んだまま、膝の上で手を固く握りしめている。
俺も同じだった。胸の奥で何かが反発するのに、言葉に変えることができない。
「……俺らは…これから、どうすればいいんですか」
かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しかった。
月島は肩をすくめる。
「好きにしろ。ただ、“友達”でいてやればいいだろ。……それが一番だ」
その言葉は、やけに重く、長く胸の奥に沈んでいった。
俺もロロも、それ以上は何も言えなかった。
店を出ると、外の空気は冷たく澄んでいた。
吹き抜ける風が、さっきまで胸の奥でくすぶっていた熱を少しだけ冷ましてくれる。
横を歩くロロが、小さく呟いた。
「……アズサ、あいたい」
その声音は、ただ過去を確かめたいんじゃなく、今を確かめたいと言っているように聞こえた。
俺はうなずき、ポケットに手を突っ込む。
──今、俺たちが戻るべき場所は決まっている。
「あいつ、ピアノ弾きたくない、んだろうな」
ぽつりとこぼれた自分の声が、静かな廊下に溶ける。
ロロが小さく「うん」と頷いた。
けれど、そのあとほんの一瞬だけ迷ったように唇を噛み、ロロは続ける。
「でも……」
その声音は、事実じゃなく、願いだった。
「ピアノ、……ぜったい、ヒツヨウ」
その“絶対”に、確信なんてきっとなかった。
けれど、ロロの目にはそれが揺るぎない真実のように映っていた。
学校に戻った途端、俺たちは担任の先生に見つかり、そのまま職員室へ引っ張っていかれる。
ロロは寮を出たのに学校に来ていない、という状況に裏で大騒ぎになっていたらしい。
田中と東雲もいないし、三人で一緒にいるんじゃないか、と囁かれてもいたのだという。
「お前ら……どこ行ってたんだ!心配したんだぞ!」
机にプリントを叩きつけるように置かれ、思わず背筋を伸ばす。
横でロロも小さく「すみません」と頭を下げていた。
怒られながらも「それで、東雲は!?」と聞かれて「知りません」と答えた俺は、東雲もまだ学校に来ていないことを知ったのだった。
担任は少し目を細め、首を横に振った。
「はぁ…自宅に連絡しても東雲のお母さんも知らないって言うし、田中のご両親には連絡がつかないし…焦ったんだからな、本当に…」
すいませんと頭を下げながらも、胸の奥で何かが騒ぎ出す。
──東雲のお母さん、家にいるんだ。
机の上のプリントに目を落としながら、口が勝手に動いた。
「あの……これ、東雲に届けてもいいですか?」
担任は一瞬考え、それから「お前家の場所知ってんのか?」と問われて、首を横に振った。
「じゃあ、これ渡しといてくれ」
担任は机の引き出しから小さなメモを引き抜き、俺に押しつけた。
そこには見慣れない地名と番地が書かれている。
「直接会えたら、ちゃんと様子も見てきてくれ。無理そうならポストに入れてくれればいい。ついでに、あんまり休みすぎると出席日数が足りずに留年になるぞ、って言っといてくれ。」
「……はい」
そう返事をしながらも、胸の奥のざわめきは収まらなかった。
会いたいのか、確かめたいのか、それとも――ただ、あの顔を思い浮かべたくないのか。
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