【完結】Reste, mon étoile. −君にもう一度会いたくて−

豊川夢久

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31話

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学校を出ると、空はすっかり傾きかけていて、冷たい風が頬を撫でた。
歩道を並んで歩くロロは、珍しく口数が少ない。

さっきの月島の言葉が、まだ頭の中に残っている。
──今のあいつを見てやればいい。過去はほじくるな。

その“正しさ”が分かってしまうぶん、足取りは重くなる。

「……いえ、いく……いい?」
ロロが不意に呟いた。声は風に溶けそうなほど小さい。

「何が?」
「……ぼく、あいたい、アズサ、あいたくない…」

そう言って俯くロロの横顔は、どこか罪悪感を含んでいた。

俺も胸の奥で同じ問いを抱えている。
あいつにとって、俺らが踏み込もうとしているのは“触れられたくない場所”なんじゃないのか。

それでも──。

「……行くだけ、行こうぜ。あんま休みすぎると留年するかもよ、って伝えたいしさ。」

自分に言い聞かせるように口にした。
理由はうまく言葉にならない。ただ、このまま何もしなければ、きっと後悔する。

ロロは少しだけ笑って、頷いた。
二人の影が、夕暮れの歩道に長く伸びていく。

 

東雲は、どんなところに住んでるんだろう。
そう思いながらも、本当に行っていいのかという不安は、胸の底でくすぶり続けていた。

“友達”という名に酔って、踏み込みすぎてるんじゃないか──。

でも、ピアノをやめた理由を知ってしまった今、黙っていられなかった。
あんな奴のせいで、大好きなピアノを捨ててほしくなんてない。
その思いだけが、足を前へと押していた。

 

そんな時、視界に小さな背中が飛び込んでくる。
夕暮れの街を、歌いながら歩く少年。黒いランドセルが揺れていた。
体つきはしっかりしていて、小学四、五年生くらいだろうか。

俺には、幼い日の自分を思い出させる光景だった。
ロロにとっては──きっと、どこか懐かしい異国の匂い。

二人して、木の枝をテンポよく振りながら歩くその背中を何となく目で追っていた。
ふと少年が、こちらを振り向く。

 

息が詰まる。
ロロも同時に足を止めていた。

その顔は、あの頃──フランスに渡ったばかりの東雲の面影を、確かに残していた。

少年はすぐに視線を逸らしたが、胸の奥がざわつく。
二人の考えていることは同じだった。

「……あの子、東雲の弟じゃないか?」

そう囁いた瞬間、ロロは唇を引き結び、迷いなく少年に向かって歩き出した。

「……おい、ロロ!」


「Hi…あの、チョット、いいカナ?」

ロロが、外国人らしい発音の良さで声をかけると、少年がぱっと後ろを振り向いた。

──やっぱり、似ている。

生き写しというほどではないし、双子みたいでもない。
けれど、目の形や口元のライン、そしてパーツの配置。
説明しづらいけれど、確かに血のつながりを思わせる面影があった。

「……何ですか?」

まだ変声期前の、透き通るような高い声。
かつてロロに声をかけた、あの頃の東雲も、こんな声だったのだろうか。

「ボク、アズサ、ともだち」

ロロがはっきりとそう名乗ると、少年は一瞬だけ瞬きをして──すぐに眉をひそめた。

「……兄ちゃんに、友達なんかいない!」

吐き捨てるように言い、ぷいっと顔を背けて駆け出す。

唖然と見送ったのも束の間、ロロが弾かれたように追いかけた。
もしかして、変質者だと思われたんだろうか。
いや、兄と同じ制服を着てるんだから、もう少し話を聞いてくれてもいいだろ…と思うけれど、今の時代では仕方ないことなのかもしれない。

少年は狭い路地に飛び込み、ジグザグに走る。
角を曲がる瞬間、ランドセルの端がちらりと見える。
次の角を曲がると、もう影だけ。

そんな追いかけっこを繰り返すうちに、俺もロロも、半分は意地になっていた。
東雲の家の場所は分かっているのに──どうしても、この少年と話をしたかった。

──えっ!? 今の小学生、こんなに足速いの!?

高校生が本気になっても追いつけない。
曲がるたびに影だけになり、追いつけそうで追いつけない距離が、じわじわと神経を削ってくる。

「ロロ、もういいって……!」
息を切らしながら言うが、ロロは首を横に振るだけだ。

いつまでこの追いかけっこを続ければいいのか──そう思いかけた矢先。

少年の姿が、急に視界に戻った。
肩で息をして、立ち止まっている。
……いや、違う。立ち止まっているんじゃない。

お巡りさんの影に、すっぽりと隠れていた。

「どうしたの?」
お巡りさんが屈んで、少年に声をかけている。
その背後で、こちらをじっと睨むような視線があった。

「この人たちが……兄ちゃんの友達だって嘘ついて、声かけてきた」

──完全に不審者扱いじゃん。

俺は慌てて手を振る。
「ち、違います!怪しいもんじゃなくて!」

ロロも必死に言葉を探しながら、片言で「トモダチ!」を繰り返す。
それでも、少年はお巡りさんの袖をぎゅっと掴んだままだった。

ふと顔を上げると、派出所の前までおびき寄せられていたらしい。

──何て、賢い…!!

いや、感心してる場合じゃないんだけどさ。

お巡りさんが俺たちに視線を移す。
「ちょっと、話を聞かせてもらえる?」

ヤバい。これ、完全に職質コースだ。
どうしよう、とロロと顔を見合わせた瞬間──

「お茶でも飲んでいくかい?」

思いもよらない提案に、俺たちは一瞬ぽかんとした。
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