【完結】Reste, mon étoile. −君にもう一度会いたくて−

豊川夢久

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36話

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小さく息を吐いて、言葉を発したのは東雲だった。
東雲がフランス語だったのは、ロロに合わせるためだったのか。
それとも、当時に戻ってしまったからだったのか。

「── ヌ トゥ ルガルド パ」
(──お前に関係ないだろ)

「関係なくない!」

間髪入れずに返した言葉に、東雲が一瞬言葉に詰まる。
けれど、それでも視線を逸らすことも、背を向けることもしなかった。
……そういうところが、すごく東雲らしいと思った。

きっと、あの時も──。
坂田瑛人の靴に画鋲が入れられた“事件”のときも。

疑いの目が一斉に東雲に向いたあの時も、「やってない」という意見を曲げずに、黙って大人たちの言葉に立ち向かっていたのだろう。

──“友人“に裏切られ、誰も信じてくれなくても、それでも。
逃げるより、真正面から全部を受け止めるほうを選んだんだ。

だから今も──ロロの言葉から逃げようとしていない。
ただ、その答えを口にする勇気が、まだ出せないだけなんだ。

ロロが一歩、東雲との距離を詰めた。
その瞳はまるで、逃げ道を探す隙を与えないみたいに真っ直ぐだ。

「梓真… 僕は、あのときの君を覚えてる」
その声は、静かだけど揺るぎない。

「君は、ピアノを続けるべきだよ!」

風が吹き抜けて、東雲の髪が揺れる。
けれど彼は、まだ何も言わなかった。
黙ったまま、その言葉を飲み込んでいるように見えた。

「──俺はもうピアノをやめたんだ」

「やめてない。だって、君はまだ諦められていないんだろ?」

「違う、俺はもう舞台を降りたんだ」

「降りたって、また登ればいいだけじゃないか…!」

2人の話は平行線のまま──だけど、視線はそらさなかった。

「お前に何の関係があるんだよ!」

そして、ロロが語りかけるように続ける。
「…僕は、あの時の輝くように笑う君が、また見たいんだ。」

当時ロロを救ったという、あの時のピアノの凄さは俺には知る術がなかった。

だけど、ロロのその一言に、どれだけの意味が込められているのか。
でも、東雲の指先がほんの一瞬、ピクリと動いたのを見逃さなかった。

「あの時の“君“か…」

薄く笑った東雲が、言葉を選ぶように視線を揺らした。

「悪いな…あの時の俺はもういない。あいつは死んだ。
ピアノを弾こうにも、指が動かないんだ。
──そんなんでピアニストを名乗れるかよ」

それまで絶対に逃げようとしなかった東雲の目が、初めてロロから逸らされた。

“Je croyais avoir un ami, mais c’était une statue.“
(友達だと思っていたけど、あいつは“石の像“だった)

かつて唯一信じていた“友人”。
梓真を裏切り、何も言わずに背を向けた男。

そんなやつに、どうして梓真が負けなきゃいけないんだ。

「Cette statue n’a jamais été ton ami !!」
(“石の像“は、君の友達なんかじゃなかったんだよ!!)

その言葉に、東雲の目が見開かれて、どうして知ってる、とでも言うような色に変わっていく。

「Je suis amer ! Ne cède pas à cette malédiction ! Tu rejoueras du piano !!」
(僕は悔しい!そんな呪いに屈するな!君はまたピアノを弾くんだ!!)

ロロの声は震えていた。
怒りだけじゃない──失望でもない。
東雲に届かないことへの焦りと、何かを奪われるような切迫感が、言葉を押し出していた。

「Je t’ai cherché ! Parce que j’aimais le piano que tu jouais !」
(僕は君を探してたんだ!君の奏でるピアノが好きだったから!)

一歩、また一歩と踏み込み、もう袖を掴むほどの距離まで近づく。
それでも東雲は瞬きすらしなかった。



「──…だったらお前は、思い出の俺と一緒に生きてくれ」

音のない刃物みたいな声。
熱を帯びた空気を一瞬で冷やすその一言に、ロロの足が止まった。
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