【完結】Reste, mon étoile. −君にもう一度会いたくて−

豊川夢久

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37話

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「──おいっ! 東雲!! お前…!」

思わず声を張ったのは、他でもない。
ずっと黙って成り行きを見ていた俺だった。

その瞬間、ロロの瞳に、音もなく涙が溢れた。
必死にこらえていたのに、堰が切れるまで、そう長くはかからなかった。

ぼろぼろと零れ落ちていくのは、ただの涙じゃない。
それはずっと──東雲に向けて抱えてきた想い、悔しさ、願い、全部のように見えた。

ロロが、逃げるように踵を返す。
その背中は一度も振り返らず、屋上のドアの向こうに消えていった。

「ちょっ、待てよ、ロロ!」

追いかけたい衝動が胸を突き上げたが、それよりも先に、東雲にぶつけなければ気が済まなかった。

「東雲! お前、ロロがどんな思いで日本に来たと思ってるんだよ!!」

気づけば、あんなに熊だ、凶悪なドラゴンだと茶化していた相手の胸ぐらを掴んでいた。
それほどまでに、腹の底から煮えくり返っていた。

「──あいつは死んだんだ! 今更…戻れるわけ、ないだろ…!!」

「それにしたって、言い方ってもんがあるだろ!」

「道楽でほいほいギター買えるお前に、分かるわけないだろ」

「──…は?」

胸ぐらを掴む手に、さらに力が籠もる。

「……俺は、もう十分すぎるほど金を使ってもらったんだ」
声は荒くはないのに、どこか押し殺すような響きがあった。

「親父が死んで、母さんはろくに働けない。弟は足が速くて、もしかしたら推薦だって狙えるかもしれない。……そんな家で、俺だけが好きなもん続けられるわけ、ないだろ」

俺の手がさらに胸ぐらを締め上げるのも構わず、東雲は吐き捨てるように続けた。

「ピアノもまともに弾けなくなったのに、続けられるか?俺がやめりゃ、弟に少しでも金を回せるんだ。……それのどこが間違ってる?」




「……放せ」
その声は低く、氷のように冷たかった。
胸ぐらを掴んだ手を無理やり剥がすと、俺は一歩も引かず東雲を睨みつけた。

しばらく睨み合ったあと、俺は舌打ちをして踵を返した。
そして、何か言いかけた口を閉じたまま屋上の出口へ向かい、鉄の扉を乱暴に押し開けた。
ガシャン、と閉まる金属音が、やけに長く反響する。



静けさが戻った屋上に残ったのは、東雲ひとり。

欄干に片手を置き、額を押し付けるようにしゃがみ込む。
風が吹き抜けても、もう髪をかき上げることすらしない。

視界の奥に、さっき消えていったロロの涙が残像のようにちらつく。
振り払おうと目を閉じても、まぶたの裏でその姿はくっきりと形を保っていた。

奥歯を噛みしめる。胸の奥が、何かを拒むように硬く冷たく固まっていく。
それでも──ほんの僅かに、何かが軋んだ気がした。

「────ちくしょう、どうしろってんだよ」

屋上に落ちたその声は、風に攫われ、すぐにどこかへ消えていった。

────

「おい、ロロどこ行くんだよ!」

本来は、音楽の授業中だったはずの時間。
東雲を追いかけて、ロロと授業をサボったわけだが、教室に戻ると、ロロがリュックを背負っていた。

音楽の授業に、リュックなんかいらないのに──。

「Je rentre en France.」
(フランスに帰るよ)

「────えっ?」

「Ça ne sert plus à rien d’étudier le japonais.」
(もう日本語の勉強なんかしても意味ないから)

「────はっ!?」

「Yoshito, merci pour tout jusqu’à présent.」
(善人、今までありがとう)

「えっ!?ちょっ、ロロ!待てよ、ロロ!!」

善人の声は涙に滲み、息が詰まりそうだった。
けれどロロは、足を止めるどころか、歩く速度をほんの少しだけ上げた。
その背中は、一度も振り返らない。

やがて──
ガタン。
教室のドアが閉まる金属音が、屋上で響いたあの音と重なった。

その響きが止む頃には、もうロロの姿はどこにもなかった。

学園祭の日に作ったTシャツ。
お互いの背に押し付けた手形の温もりまで、遠く薄れていくようだった。
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