狐は喋るし、俺は疲れてる〜25尾のキツネのコジャク〜

豊川夢久

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ゴミの中の宝石

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「はい、大丈夫だからね」

 先生がにこやかに笑いながら注射を手にした瞬間、コジャクの体がぴょこんと跳ね上がった。
 なるほど──注射は、したことがあるらしい。

 何とかして逃げ出そうと暴れるコジャク。
 だが、人間の長いリーチには敵わない。
 その時ばかりは、「喋る狐怖い」だの「触るのためらう」だのという感情は吹っ飛んでいた。

 先生と挟み撃ちの形で、小さな体を追い詰める。
 だがコジャクは、くねっと体をよじって、見事に俺の手をすり抜けた。

(……お前はウナギか!?)

 一体どこにそんなパワーがあるんだ。
 診察台の上で、ピョンピョンと跳ね回る毛玉。
 耳はピンと立ち、尻尾は逆立ち、まるで暴走特急だった。

「はいはい、落ち着いて~」

 先生が宥めても、効果ゼロ。
 俺は逃げ回るコジャクを捕まえるのに必死だった。
 ──だが勝負は一瞬。
 するりと逃げたはずの体から、ふわふわの尻尾を何本か掴むことに成功する。
 ジタバタ暴れるが、逃げられない。

 そして、先生の手際は見事だった。
 コジャクが「やめなさい!」「暴力反対ですわ!」と叫ぶ間に、
 するりと注射を打ち終えてしまったのだ。

「はい、おしまい。よく頑張りましたね」

「ぐす……ぐす……。乱暴者……もう二度と来ませんわ……」

 診察台の上で耳をしゅんと垂らすコジャク。
 その姿に、先生も思わず苦笑する。

「怖くなかったよね~。えらいえらい」

「やめてくださいまし! 子ども扱いは屈辱ですわ!」

 ぷるぷる震える頭を撫でようとした先生の手を、見事なスナップで払いのける。
 ……元気だな、おい。
 俺は思わず笑いながら、「よしよし、頑張ったな」と抱き上げていた。

「帰りに油揚げ、買ってやるからな」

「……ダージリンも、ですわ」

「しつこいな、お前……」

 そんなやりとりをしていると、受付から声が掛かった。

「蓮井さーん、お会計をお願いします」

 ──嫌な予感しかしない。

 受付カウンターには診療明細と、見慣れない袋の山。

「今回、ワクチン接種と健康診断でこちらの金額になります。
 あと、当分は蓮井さんがお世話することになるかもしれませんので、いくつかグッズをおすすめしておきました」

「えっ……俺が、ですか? いや、俺は飼う気なんて──」

「そう仰る方、多いんですけどね」
 にこやかなスタッフが微笑む。
「最近はハイブリッド種が増えていて、引き取り手が見つからないことも多いですし。
 こちら、狐ちゃん用のご飯とノミ取り薬、専用ブラシです。お家に帰ったらシャンプーとブラッシングをしてあげてくださいね」

 財布の中で、札が羽を生やして飛び立つ音が聞こえた気がした。

「……商売上手め」

 すべて終わって外へ出ると、腕の中のコジャクがふうと息をつく。

「ふぅ……やれやれでございましたわ」

「お前が言うな……」

 軽くなった財布をポケットに押し込み、油揚げと紅茶を求めてスーパーへ向かう。

 ──が、入口をくぐる前に呼び止められた。

「あのお客様! 申し訳ありませんが、キャリーケースに入っていないペットの同伴はお断りしておりまして」

「あ、そうだったんですね。すいません……」

「すぐそこのポールにリードを繋いでいただければ」

 店員の言葉に頷いたその時、腕の中でコジャクがぴくりと動いた。
 嫌な予感しかしない。

 ポールには大型犬が何匹も繋がれている。
 コジャクの三倍はある体格。
 それを見た瞬間、コジャクはぶるぶると震え──
 次の瞬間、俺の顔の上に登ってきた。

「こ、このプリチーなワタクシを……外に置き去りにするおつもりですのっ!?」

「やめろ、顔に乗るなって!!」

 焦る俺の頭上で、コジャクの尻尾がぶわっと広がる。
 金の毛並みが逆光を受けてきらめき、まるで仮面を被った男のような姿に。

(……これ、完全に目立ってるだろ俺……)

「キャリーケースを今すぐ買いに行きなさいッ!!」

 コジャクの怒声がスーパー前に響き渡った。
 通りすがりの親子が振り向き、犬たちが「ワンッ!」と吠え返す。
 さらに怯えたコジャクが頭にしがみつき、俺はもうカツラ男と化していた。

「……うん、分かった。買うから、静かにしてくれ……!」

 キャンキャン騒ぐコジャクを引っぺがしながら、
 俺はまた一枚、財布の羽が抜け落ちる音を聞いた気がした。
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