神様の後始末

まるす

文字の大きさ
1 / 59

第1話 「なんでだああああああ!!」

しおりを挟む
「はっはっ!」

 ルーイ=カルミアは深い霧の中、鬱蒼うっそうとした森を全力疾走していた。
 
 ブーツは泥濘ぬかるみに汚れ、外套がいとうは魔獣の返り血が乾きドス黒く染まっている。
 腕に、足に、顔に。身体の至る所が汗に濡れ、そこいらで引っ掛かった枝葉が、肌に少なくない切り傷、擦り傷といったものを刻んでいた。
 
「ちっ!」

 後ろを一瞥し、舌打ちしつつ少年は駆ける。駆けなければならなかった。
 少年の背後にはガルム――大型犬を一回り大きくしたような魔獣が、目を爛々と赤く輝かせながら涎を撒き散らし、四足を力強く蹴って追ってきている。
 
 〝魔女の庭〟と呼ばれるこの森は、不穏な名前の通り治安が悪い。

 深い霧で視界を覆われ、饐えたような黴臭いような異臭が常に鼻を突く。
 島の禁足地として定められているこの区画は、本来何人も入ってはならない。故にどんな目に会おうが全てが自己責任だ。

 ルーイも当然そんなことは分かっている。
 分かっていて踏み込んでいるのだが、中々に泣けてくる状況だった。

 腰に佩いている無骨なサバイバルナイフは中程から折れており、残った刀身も魔獣の返り血で錆付き、刃物としての体を成していない。
 背中に背負ういしゆみは今も問題なく使えるが、肝心の矢が尽きていてはチタンとワイヤーの玩具でしかなかった。

 いや、役割を果たせないという意味では玩具以下の単なる重石でしかない。さっさと捨てて身軽になる方が一にも二にもなるのだが、差し迫った危機はその一瞬の停滞すらも許してはくれない。

 ポーチに入れていた炸裂魔石はとうに使い切っていた。
 ルーイは、増長してアホみたいに投げまくっていた数刻前の自分を殴り飛ばし、炸裂魔石をしこたま口に突っ込んでやりたくなった。
 
 とはいえ。

「ちっきしょー!」

 彼の魂の叫びで事態は何も好転しない。
 それどころか、道とも呼べない脇道からガルムが一頭、また一頭とどんどん合流してくる。

 ルーイの背後を追い回すガルムの群れは十頭を超えている。
 その全ての個体のギラギラと輝く目が、口から垂れる涎が物語っている。

 腹が減ったし飯にするか、と。
 付け加えるならこうだ。久しぶりの人肉は美味そうだ、と。
 
 鬼ごっこのルールは至って単純で明快、猿でも分かるものだ。
 即ち、ガルムの群れを撒けばルーイの勝ち、ガルムのお腹に入ればガルムの勝ち。

 生きるか死ぬかデッド・オア・アライブ

 当然だが、ルーイに死ぬ気など毛頭なかった。なかったが、しかし現実として死は彼の目前に、いや、背中を優しく撫でている。

「でぇい!」

 掛け声とともに木の根を飛び越える。
 その瞬間、視界の端に蠢くものを認め、進路をそちらに向けた。
 勢い余って足を滑らせたが、手をついて何とか体制を立て直し、そのまま疾走。

 ガルムたちは難なく追随。
 当たり前だが、人間の足よりガルムたちの足のほうが早いし、二足と四足では安定感も段違いである。ましてやここは平地ではなく森の中で、道なき道をただ驀進しているだけなのだ。

 鬼ごっこで人間が魔獣に勝てる道理など、どこにもなかった。
 
 にも関わらず、ルーイが彼我の距離を多少なり縮められようとも、無理な進路変更をしたのには刹那の閃きがあったからだ。

 視界をかすめ、蠢いていたもの。

 それは豚の群れだった。群れの数はガルムたちより多く見える。
 三十頭ばかしいるだろうか。一頭一頭のサイズもガルムと大差なく、これだけの数が揃っていればガルムたちのお腹も十二分に満たされるだろう。
 心なしか脂もたっぷり乗って見える。こんな時なのにとても美味そうに思えた。

 ピクリ、と一頭の豚が反応を見せた。耳と鼻をひくひくさせて顔を向けられる。
 続いて一頭、また一頭とこちらにつぶらな瞳を向けてくる。
 十頭以上にも及ぶガルムの群れ。数こそ勝るが豚とガルムでは前提がある。
 捕食者と被食者の関係。弱肉強食、食物連鎖、自然の摂理。
 
 絶対の事実。
 
 だが、豚たちは鬼ごっこの集団を一瞥《いちべつ》した後も変わらず、もしゃもしゃと群生する茸を貪っていた。

 迫ってくる脅威に対しまるで対岸の火事のように無頓着だ。
 今更逃げても無駄と悟り最後の晩餐を楽しんでいるのか。豚の考えていることは分からないが、ふごふごしていた。
 
 そして、豚の群れのど真ん中をまるで風のようにスルスルとルーイが駆け抜ける。

 ――訂正。
 勢いよく何頭かに頭から突っ込みながらも、押し退け、掻き分け、何とか這いずり抜けた。再度疾駆。
 
「悪いな、豚さん! 勘弁してくれ!!」

 群れを抜けた先でちらりと振り向き右手をひらひらさせながら、全く謝意を感じさせないまま尊い犠牲に形だけの感謝を送る。
 間もなくガルムたちが豚の群れに合流、そのまま食事を開始、

「へっ?」

 しなかった。
 豚の群れのど真ん中を、まるで風のようにスルスルとガルムたちが駆け抜ける。今度こそ読んで字のごとく。

「うおおおおおお! なんでだああああああ!!」

 ルーイは駆ける。
 ガルムたちが追い駆ける。
 豚たちはふごふごしている。

 鬼ごっこはまだまだ終わらない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

古代文明の最強王、5000年後に転生すると魔法が弱体化しすぎていたのでもう一度最強になります。~底辺貴族からの成り上がり~

しNぱ
ファンタジー
5000年前、魔法文明マギア魔導王国を築き、 魔法体系そのものを創造した王アーケ・マギアス・マギアは、 さらなる魔法の発展を求め、自らの魂を未来へ送る転生魔法を発動した。成熟した古代魔法を超える研究が進んだ世界を見たいという純粋な探求心から、5000年後の世界へと意識を沈めた。 目覚めた先は、スケルド男爵家三男レイフとしての赤子の身体だった。産まれた瞬間から記憶を持つ彼は、質素な家と薄い魔力の流れを前に、未来の魔法研究が古代よりも大きく退化していることに気づく。最底辺と呼ばれる家に生まれながらも、家族は温かく、彼の異常な魔力量を希望として受け入れた。 幼少期から魔力操作を自然に行い、三歳で石を浮かせ、五歳で光魔法を自在に扱うなど、古代王としての力を隠しながら成長する。外では古代魔法を使わず、転生者であることを悟られないよう慎重に振る舞いながら、未来の魔法体系を観察し続けた。 十歳になると身体強化などの古代魔法を最低限だけ使い、父との剣術訓練でも圧倒的な動きを見せるが、本来の力は隠したまま過ごす。そして十六歳、高等魔導学園に入学したレイフは、初日の実技試験で無詠唱魔法や術式無効化を用いて試験官を圧倒し、最底辺男爵家ながらA級判定を受ける。 その姿を見たストラング公爵家の令嬢エリナは、彼に強い興味を抱く。5000年後の世界は古代より魔法が退化していたが、だからこそ発展の余地がある。レイフは古代王としての知識をもとに、もう一度魔法の未来を切り開くことを決意する。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...