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第1話 「なんでだああああああ!!」
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「はっはっ!」
ルーイ=カルミアは深い霧の中、鬱蒼とした森を全力疾走していた。
ブーツは泥濘に汚れ、外套は魔獣の返り血が乾きドス黒く染まっている。
腕に、足に、顔に。身体の至る所が汗に濡れ、そこいらで引っ掛かった枝葉が、肌に少なくない切り傷、擦り傷といったものを刻んでいた。
「ちっ!」
後ろを一瞥し、舌打ちしつつ少年は駆ける。駆けなければならなかった。
少年の背後にはガルム――大型犬を一回り大きくしたような魔獣が、目を爛々と赤く輝かせながら涎を撒き散らし、四足を力強く蹴って追ってきている。
〝魔女の庭〟と呼ばれるこの森は、不穏な名前の通り治安が悪い。
深い霧で視界を覆われ、饐えたような黴臭いような異臭が常に鼻を突く。
島の禁足地として定められているこの区画は、本来何人も入ってはならない。故にどんな目に会おうが全てが自己責任だ。
ルーイも当然そんなことは分かっている。
分かっていて踏み込んでいるのだが、中々に泣けてくる状況だった。
腰に佩いている無骨なサバイバルナイフは中程から折れており、残った刀身も魔獣の返り血で錆付き、刃物としての体を成していない。
背中に背負う弩は今も問題なく使えるが、肝心の矢が尽きていてはチタンとワイヤーの玩具でしかなかった。
いや、役割を果たせないという意味では玩具以下の単なる重石でしかない。さっさと捨てて身軽になる方が一にも二にもなるのだが、差し迫った危機はその一瞬の停滞すらも許してはくれない。
ポーチに入れていた炸裂魔石はとうに使い切っていた。
ルーイは、増長してアホみたいに投げまくっていた数刻前の自分を殴り飛ばし、炸裂魔石をしこたま口に突っ込んでやりたくなった。
とはいえ。
「ちっきしょー!」
彼の魂の叫びで事態は何も好転しない。
それどころか、道とも呼べない脇道からガルムが一頭、また一頭とどんどん合流してくる。
ルーイの背後を追い回すガルムの群れは十頭を超えている。
その全ての個体のギラギラと輝く目が、口から垂れる涎が物語っている。
腹が減ったし飯にするか、と。
付け加えるならこうだ。久しぶりの人肉は美味そうだ、と。
鬼ごっこのルールは至って単純で明快、猿でも分かるものだ。
即ち、ガルムの群れを撒けばルーイの勝ち、ガルムのお腹に入ればガルムの勝ち。
生きるか死ぬか。
当然だが、ルーイに死ぬ気など毛頭なかった。なかったが、しかし現実として死は彼の目前に、いや、背中を優しく撫でている。
「でぇい!」
掛け声とともに木の根を飛び越える。
その瞬間、視界の端に蠢くものを認め、進路をそちらに向けた。
勢い余って足を滑らせたが、手をついて何とか体制を立て直し、そのまま疾走。
ガルムたちは難なく追随。
当たり前だが、人間の足よりガルムたちの足のほうが早いし、二足と四足では安定感も段違いである。ましてやここは平地ではなく森の中で、道なき道をただ驀進しているだけなのだ。
鬼ごっこで人間が魔獣に勝てる道理など、どこにもなかった。
にも関わらず、ルーイが彼我の距離を多少なり縮められようとも、無理な進路変更をしたのには刹那の閃きがあったからだ。
視界をかすめ、蠢いていたもの。
それは豚の群れだった。群れの数はガルムたちより多く見える。
三十頭ばかしいるだろうか。一頭一頭のサイズもガルムと大差なく、これだけの数が揃っていればガルムたちのお腹も十二分に満たされるだろう。
心なしか脂もたっぷり乗って見える。こんな時なのにとても美味そうに思えた。
ピクリ、と一頭の豚が反応を見せた。耳と鼻をひくひくさせて顔を向けられる。
続いて一頭、また一頭とこちらにつぶらな瞳を向けてくる。
十頭以上にも及ぶガルムの群れ。数こそ勝るが豚とガルムでは前提がある。
捕食者と被食者の関係。弱肉強食、食物連鎖、自然の摂理。
絶対の事実。
だが、豚たちは鬼ごっこの集団を一瞥《いちべつ》した後も変わらず、もしゃもしゃと群生する茸を貪っていた。
迫ってくる脅威に対しまるで対岸の火事のように無頓着だ。
今更逃げても無駄と悟り最後の晩餐を楽しんでいるのか。豚の考えていることは分からないが、ふごふごしていた。
そして、豚の群れのど真ん中をまるで風のようにスルスルとルーイが駆け抜ける。
――訂正。
勢いよく何頭かに頭から突っ込みながらも、押し退け、掻き分け、何とか這いずり抜けた。再度疾駆。
「悪いな、豚さん! 勘弁してくれ!!」
群れを抜けた先でちらりと振り向き右手をひらひらさせながら、全く謝意を感じさせないまま尊い犠牲に形だけの感謝を送る。
間もなくガルムたちが豚の群れに合流、そのまま食事を開始、
「へっ?」
しなかった。
豚の群れのど真ん中を、まるで風のようにスルスルとガルムたちが駆け抜ける。今度こそ読んで字のごとく。
「うおおおおおお! なんでだああああああ!!」
ルーイは駆ける。
ガルムたちが追い駆ける。
豚たちはふごふごしている。
鬼ごっこはまだまだ終わらない。
ルーイ=カルミアは深い霧の中、鬱蒼とした森を全力疾走していた。
ブーツは泥濘に汚れ、外套は魔獣の返り血が乾きドス黒く染まっている。
腕に、足に、顔に。身体の至る所が汗に濡れ、そこいらで引っ掛かった枝葉が、肌に少なくない切り傷、擦り傷といったものを刻んでいた。
「ちっ!」
後ろを一瞥し、舌打ちしつつ少年は駆ける。駆けなければならなかった。
少年の背後にはガルム――大型犬を一回り大きくしたような魔獣が、目を爛々と赤く輝かせながら涎を撒き散らし、四足を力強く蹴って追ってきている。
〝魔女の庭〟と呼ばれるこの森は、不穏な名前の通り治安が悪い。
深い霧で視界を覆われ、饐えたような黴臭いような異臭が常に鼻を突く。
島の禁足地として定められているこの区画は、本来何人も入ってはならない。故にどんな目に会おうが全てが自己責任だ。
ルーイも当然そんなことは分かっている。
分かっていて踏み込んでいるのだが、中々に泣けてくる状況だった。
腰に佩いている無骨なサバイバルナイフは中程から折れており、残った刀身も魔獣の返り血で錆付き、刃物としての体を成していない。
背中に背負う弩は今も問題なく使えるが、肝心の矢が尽きていてはチタンとワイヤーの玩具でしかなかった。
いや、役割を果たせないという意味では玩具以下の単なる重石でしかない。さっさと捨てて身軽になる方が一にも二にもなるのだが、差し迫った危機はその一瞬の停滞すらも許してはくれない。
ポーチに入れていた炸裂魔石はとうに使い切っていた。
ルーイは、増長してアホみたいに投げまくっていた数刻前の自分を殴り飛ばし、炸裂魔石をしこたま口に突っ込んでやりたくなった。
とはいえ。
「ちっきしょー!」
彼の魂の叫びで事態は何も好転しない。
それどころか、道とも呼べない脇道からガルムが一頭、また一頭とどんどん合流してくる。
ルーイの背後を追い回すガルムの群れは十頭を超えている。
その全ての個体のギラギラと輝く目が、口から垂れる涎が物語っている。
腹が減ったし飯にするか、と。
付け加えるならこうだ。久しぶりの人肉は美味そうだ、と。
鬼ごっこのルールは至って単純で明快、猿でも分かるものだ。
即ち、ガルムの群れを撒けばルーイの勝ち、ガルムのお腹に入ればガルムの勝ち。
生きるか死ぬか。
当然だが、ルーイに死ぬ気など毛頭なかった。なかったが、しかし現実として死は彼の目前に、いや、背中を優しく撫でている。
「でぇい!」
掛け声とともに木の根を飛び越える。
その瞬間、視界の端に蠢くものを認め、進路をそちらに向けた。
勢い余って足を滑らせたが、手をついて何とか体制を立て直し、そのまま疾走。
ガルムたちは難なく追随。
当たり前だが、人間の足よりガルムたちの足のほうが早いし、二足と四足では安定感も段違いである。ましてやここは平地ではなく森の中で、道なき道をただ驀進しているだけなのだ。
鬼ごっこで人間が魔獣に勝てる道理など、どこにもなかった。
にも関わらず、ルーイが彼我の距離を多少なり縮められようとも、無理な進路変更をしたのには刹那の閃きがあったからだ。
視界をかすめ、蠢いていたもの。
それは豚の群れだった。群れの数はガルムたちより多く見える。
三十頭ばかしいるだろうか。一頭一頭のサイズもガルムと大差なく、これだけの数が揃っていればガルムたちのお腹も十二分に満たされるだろう。
心なしか脂もたっぷり乗って見える。こんな時なのにとても美味そうに思えた。
ピクリ、と一頭の豚が反応を見せた。耳と鼻をひくひくさせて顔を向けられる。
続いて一頭、また一頭とこちらにつぶらな瞳を向けてくる。
十頭以上にも及ぶガルムの群れ。数こそ勝るが豚とガルムでは前提がある。
捕食者と被食者の関係。弱肉強食、食物連鎖、自然の摂理。
絶対の事実。
だが、豚たちは鬼ごっこの集団を一瞥《いちべつ》した後も変わらず、もしゃもしゃと群生する茸を貪っていた。
迫ってくる脅威に対しまるで対岸の火事のように無頓着だ。
今更逃げても無駄と悟り最後の晩餐を楽しんでいるのか。豚の考えていることは分からないが、ふごふごしていた。
そして、豚の群れのど真ん中をまるで風のようにスルスルとルーイが駆け抜ける。
――訂正。
勢いよく何頭かに頭から突っ込みながらも、押し退け、掻き分け、何とか這いずり抜けた。再度疾駆。
「悪いな、豚さん! 勘弁してくれ!!」
群れを抜けた先でちらりと振り向き右手をひらひらさせながら、全く謝意を感じさせないまま尊い犠牲に形だけの感謝を送る。
間もなくガルムたちが豚の群れに合流、そのまま食事を開始、
「へっ?」
しなかった。
豚の群れのど真ん中を、まるで風のようにスルスルとガルムたちが駆け抜ける。今度こそ読んで字のごとく。
「うおおおおおお! なんでだああああああ!!」
ルーイは駆ける。
ガルムたちが追い駆ける。
豚たちはふごふごしている。
鬼ごっこはまだまだ終わらない。
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