月下のヴェアヴォルフ

幽零

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敗走

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「……チィッ……」

「居たぞ!こっちだ!!」

「……ここもか……ッ!」


シグルトはアラクネと共に、ルシルの館から離脱を試みているのだが、ルシルの言った通りここに居た連中が警備隊を呼んだのだろう。武装した連中に囲まれている。


デュラハンとの戦闘は清々しいまでの惨敗だった。タカを括っていた訳でも、ましてや油断していた訳でもない。驕っていたつもりもない………純粋に敗北した。


必死に逃げる事へ集中しなければ、今頃全滅していただろう。


「……大丈夫か、アラクネ」

アラクネがワイヤーを駆使して足止めしていなければ、あの場で二人揃って断頭されていたのは間違いない。


……だが、その反動でアラクネの指からは血が滴っていた。


「大丈夫…って言いたいけど、もう無理。ワイヤーでの空中離脱もあと一回使えるかどうか」

「……そうか、無理はするな」

「いやぁ、その言葉『ヴォルフ』にそのまま返すよ」

ヴォルフとはシグルトの事だ。シグルトのコード名は『ヴェアヴォルフ』だが、アラクネはヴォルフと略して呼んでいた。

「ヴォルフがあの首無しの一撃を『受け流しパリィ』して無ければ、私だって隙を作れなかった…それに…」

アラクネはシグルトの腕を見る。

「……折れてるでしょ、それ」

「………対処も治療も切り抜けた後だ。集中するぞ」

「……分かったよ」

逃走を続けると、死角から銃を持った警備隊の人間が現れる。

「見つけたぞ!!ルシル様に仇なす国賊めッ!!」

発砲されるが、シグルトは片手で曲剣を引き抜くと、その勢いのまま弾丸を弾き返す。

「グァッ!?」

弾かれた弾丸は見事警備員の眉間に命中する。





「……真相も知らず国賊呼ばわりか…」

「……今は急ごう、ヴォルフ」


ルシルの館に現れた二人は、警備隊の包囲網が張られている中、闇夜へと姿を消した。










昨晩未明、アトラの英雄であるルシル様が襲撃されていた事が判明しました。幸いにもルシル様の迅速な対処により、その場にいた政府関係者は全員無事だという事です。

警察は犯人を、連日発生していた政府関係者暗殺事件の首謀者として捜査を進めており、政府は『アトラ正規軍』も動員する意向を示しています。また、『アトラ正規軍』初の女性隊長であるシルヴィア隊長も動員されるとしてー



バチっと無線ラジオを切る。

「これからどうするのさシグルト」

腕の調子を確かめるようにシグルトは答える。

「その名を……いや、今はいいか。どうするも何も無い。またルシルの警戒が薄れるのを待つしかないな」



『グリム計画』で産み出された仲間達の為にも、ルシルの首を冥土の土産にしなくてはならない。


二人はスラム街のようなエリアの、ボロボロの長屋に忍び込んでいた。形跡から見て最近まで使われていたらしいが、床下の血痕を見るに、ここの住人はあの世の住人になっているのだろう。

「それにしても、その格好は目立つんじゃない。昼間だし」

「……お前がそれを言うか」

アラクネはワイヤーのアタッチメントこそ外しているものの、昼夜問わず踊り子衣装のままだ。

「これは周りが勝手にそうやって勘違いしてくれるじゃん。シグルトのは完全に兵隊、というかコスプレだね最早」

「……正規軍の中にも甲冑を好む奴はいるだろ」

「怒らないでよ、ごめんじゃん。だけどせめて兜は外しなよ。そうすれば帰還兵で通るだろうし」

「……あぁ」

留め具を外してガチャリと兜を外す、すると中からは若く端正だが、傷だらけの顔が出てきた。

「……あまり、いい気分では無いな」

「ずっとつけてた物外せばそんなもんじゃん?」

「……まぁ、連中には兜の方を見られているからな。外した所で、誰かも分かるまい」

そもそも、シグルト達の存在が明るみに出る事を嫌って抹消しようとしたのがルシルだ。顔を大々的に手配してしまえば、それこそ陰謀論者やメディアに嗅ぎつけられるだろう。

かと言って、無関係な人々を殺し回って存在をアピールするのは、彼らが守ってきた人々を殺すことと同意である。それは、どうしても出来なかった。


「『グリム計画』のせいで、人よりも長過ぎる寿命を得て、戦ってきたのは私らなのに…結局ルシルの一人勝ちだもんね。ホント気に入らないよ」

「迂闊に『グリム計画それ』の名前を出すな……どこで聞かれているかも分からん」

「ごめんじゃん」

アラクネはワイヤーで簡易的なハンモックを作ると、その上にぶら下がる。

「…にしても疲れた……まさかあんなモン隠し持ってるとはねー。指先もボロボロ」

「……今は休め、お前まで失う訳にはいかん」

シグルトは鎧の留め具を外すと、黒衣だけを羽織って曲剣の調子を確かめる。『首無し』との戦いでだいぶ無理をさせたのが響いたのか、若干刃こぼれしている。

「アラクネ、俺は鍛冶屋を探してくる。警戒を怠るなよ」

「分かってる。私はここにいるよ」

「あぁ」


スラム街の長屋を出て、シグルトは鍛冶屋を探しに出る。

現代兵器が流通している時代に鍛冶屋など……と、思われるかも知れないが、案外そうでもない。確かに銃火器の登場により、金属を加工した鎧甲冑は衰退していっただろう。しかし、それこそ『アトラ正規軍』の隊長クラスの人物などは、近接武器を好んで使う場合が多い。


一つは、武器そのものの不具合による故障の可能性が極めて低い事。

もう一つは、才能や努力、持って生まれた特異性によって銃火器以上の攻撃力を獲得することが可能になる事。


このような理由があり、鍛冶屋と呼ばれる存在は衰退こそすれ、無くなってはいない。



「……問題は、俺のような怪しい人間に仕事をしてくれる奴がいるかどうかだな」


シグルトは、一縷の不安を抱えつつ街に出て行く。







………その後を一人の青年が付けている事に、シグルトはまだ気が付いていない。


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