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オンラインと現実世界が完全に融合した社会、『ユニオンライン』と呼ばれる世界になってはや数年。
名前や服も自由自在に変える事が出来る、メールだって指先一本で出来る。そんな超高度文明社会だ。
……だが、そんな夢のような世界になっても、平等という言葉は程遠い。
「えぇ、今しがた搭乗しました。はい……それも確認済みです。はい……はい、では」
仕事先からの電話を切る。
「……さて……と」
早朝から動いていたからか、カフェインが切れたからか。ふと、疲れが体に滲み出る。席に深く腰掛けて、一息つく。機内ではクラシックのような音楽が流れており、席もまるでソファのような柔らかさだ。いかにも上流階級御用達といった感じである。
「………」
舐めるように、じゅんぐりと視線を動かす。この旅客機はそこそこ大きい筈だが、乗客は20名そこらしか居ない。席の一つとっても、まるでホテルの個室のような快適さだ。当然の如くプライベートルームなんて個室もある。
(豪華絢爛って感じだな。如何にもだ)
しばらくして、旅客機は飛び立つ。乗り物酔いはしないが、この重力がかかる感じはどうにも慣れない。
「……さて」
無事に空に飛び立ち、機体も安定した頃合い。席を立とうとしたその瞬間。空だというのに、突然機内が地震のように揺れる。
「……何だ?」
乗客の慌てふためく声、甲高い叫び声、そんなノイズに混じって、アナウンスが聞こえる。
《現在、エンジントラブルが発生し……が……を……》
(チッ、乗客の悲鳴でよく聞こえん)
CAの呼びかける声など、殆ど意味をなさない喧騒の中、集中して耳を澄ます。
《……当旅客機は………緊急……不時着……》
(不時着?不味いな、まさかこんなイレギュラーが起きるとは)
内心毒付くが、今はそれどころではない。
姿勢を低くし、頭を守る。
衝撃、轟音……少し遅れて訪れる静寂。
《……皆様。当機は不時着に成功しました。機内の安全を確認する為、お客様は外へ避難してください。乗務員がご案内します……落ち着いて……》
「ちょっと!押すな!!」
「はぁ!?ワタクシの足を踏んでるのあなたでしょう!?」
「お、落ち着いて……」
身なりの良い女性二人が扉近くで言い争っている。仲裁している乗務員が可哀想だ。
(あらら、余裕の無い。まぁこんな状況だしな)
自分も落ち着いている訳ではないが、慣れのようなものか、あまり恐怖を感じない。
そんな呑気なことを考えていると、途端に後ろからドンっと何かがぶつかって来た。
「あっ……と、あの、す、すみません」
(おぉう、これはこれは)
申し訳なさそうに視線を下げるその子は、非常に愛らしい容姿をしていた。18歳ぐらいだろうか?綺麗な茶髪は整えられており、身体のラインは美しく隆起しているのに、何故だか腰回りだけやたら細い。顔もスタイルも良いが、どこか儚げな雰囲気を纏った少女だ。
「あぁ、悪い。俺もボーッとしていた」
「あ……ブローチ」
「ん?」
少女の視線を追うと、なるほど自分の足元に綺麗なブローチが転がっていた。宝石か何かの加工品だろうか。拾い上げて埃を払う。
「これかい?結構な値打ち物っぽいな。貰い物かい?」
手渡すと、彼女は両手で受け取りコクンっと頷く。
「……母の、形見で……」
「おっと、悪かった。そりゃプライスレスだ」
少女は細い声でありがとうと呟いて、非常口へ向かった。
……あんな子が、この旅客機に乗れるんだろうか?服装も見たところ普通だ。
「まぁ、美人は得って事かな」
フッと自嘲気味に笑い、出口へ向かう。
全員が外に出て、待機するように言われる。だがまぁ、こんな状況で大人しく出来る訳も無い。金持ち達は乗務員達の言うことを聞かず、なんなら怒鳴りつけ勝手に歩き回り始めた。
(もう成立しないな。俺も歩き回るか)
「もし、そこの人」
「おん?おやご婦人、どうされた?」
身なりの良い婆さんが、杖をつきながら話しかけてきた。
「見ての通り足が悪くてね、来てくれないかしら?」
ホホホなんて笑っちゃあいるが、その目は鋭い。
(言う事を聞かないとどうなるか……って言いたげだな)
金の価値は平等でも、人の価値は不平等だ。
「オーケィご婦人。俺は何を?」
「ホホ、聞き分けが良いのね」
(聞きたくは無ぇがな)
「ここがどこか知りたいの。ほら、場所が分かれば迎えを来させるから」
……どうやら、自力で何とかするつもりらしい。怒鳴り散らしたり、パニックになる連中とは少し違う。
次の手を考えている所は、評価すべきかも知れない。
建造物か何かの障害物のせいで視界が悪い。辺境に墜落したのか、人の気配も無い。
「全く、ここはどこかしらね?何だか調子も良くないし……墜落のせいかしら?」
「大丈夫かいご婦人」
「ありがとう……あら?よく見たらアナタ、どこかで見た顔ね……」
身なりの良い婆さんは、下からマジマジと俺の顔を覗き込んだ。
「なーに、凡人ヅラなもんで。似たような顔が多いんでしょうな」
しばらく歩いていると、ようやく視界が開ける。
視線の先には、あからさまな異形。どこまでも立ち昇る渦の中にいるような光景。隣でうずくまった身なりの良い婆さん。
悟った。
「……『バグストーム』」
ユニオンライン社会を代表する災害の一つ。突発的・局所的に発生する竜巻のような物。厄介なのは、バグったデータの影響かモンスターが無限湧きしてくる事。それに加え、耐性の無い人間が中に入ると心身を侵食され、発狂する。最悪の場合モンスターの仲間入りを果たす事にもなる。
(不味いな、バグストームの耐性なんて人それぞれだ。どうする?軍に……いや……)
「う、う、あ、あ……あっぁがががァァァ!?」
「……おっと」
状況の整理に気を取られて、隣でうずくまっていた婆さんの事を忘れていた。
見れば、両腕は明らかに異物に変形しており、目は瞳が上下左右反対に動いている。ズブズブずぶ……と骨格が沈み、痙攣するようにのけぞる。高そうな衣装はビリビリと内側から破れ、右腕だけがメキャメキャッッ!と歪に、引き伸ばされるように変形した。その手のひらがこちらに向く。
「キャキャキャキャキャ!!!」
「あー。こりゃ……」
避けようが無い。というか避けてどうしろと?仕方がない。諦めるか、命。
……そう思っていたが、予想した未来は訪れなかった。
「……無事か?」
目の前に、デカいロボットのような物が現れた。そいつは鈍く光る鋼色の腕で、モンスター婆さん(事実陳列)を押さえ込んでいた。
「あ、あぁ……」
「ならば良し、旅客機まで逃げよ。あの中ならば安全だ」
低く落ち着いた声が響く。カチンッと肩の装甲が開き、そこから短剣が飛び出る。ロボットはそれをモンスターババアに投げつけると、電撃が弾けた。
「EMPだ。だが彼奴等には決定打にならぬ。愚拙も後から追いつく。先に行け。長くは持たん」
「分かった。借り一つだ」
「覚えておこう」
突然現れた武装ロボによって、何故か助かった。そういえば旅客機に乗る前、ヤケに金属探知機の列が進まないと思ったが……アイツのせいか!?というか乗客なら気がつくだろ!?どこ居たんだ、あの鋼鉄の巨体で!!
命の危機スレスレだったせいか、アドレナリンのせいでハイになっているのを感じる。
必死に来た道を走り、旅客機を見つける。滑り込むように非常口から入った。
道中モンスターがあんまり居なかったのは、あのロボットのおかげだろうか?
「あ、君も乗客か!?無事だったのか!?」
「……ん?」
息を整えていたら、ツナギのような服装に、バンダナ。作業ベルトを腰に三つぐらい巻いた青年に話しかけられた。
「アンタは?」
「あ、あぁ。この旅客機の整備士だ。機長と副機長と共に機内を点検した後、他の乗務員たちと外に出たんだけど……」
ふるふると頭を振った。恐らく、彼以外耐性が無かったのだろう。あったとしてもモンスターに襲われたか。
……そう考えると、俺の所にあのロボットが居たのは幸運だった。
「とりあえず、この旅客機はかなり頑丈だ。『バグストーム』に対しても充分対策してる」
「なら、何で堕ちたんだ?」
「……バードストライクだよ」
「おっと、そいつは原始的だな」
ユニオンライン社会という超高度文明だというのに……高級旅客機が、こうも皮肉めいた墜落をするとは。
「とにかく、この中にいれば安全だ。整備士のボクが保証する。安心してくれ」
「分かった。一息つくとするよ」
「……あぁ。こんな時こそ冷静にならないと」
整備士と別れ、自分が座っていた席へ一度戻る。一流ホテルのような風格を誇っていたその座席は、今や子供が作った秘密基地のようなクオリティにまで下がっている。
(……不時着の衝撃で、色々散らかったな)
機内は荒れているが、とりあえず自分のスペースだけは綺麗にし、席に座る。
「……はぁ」
この旅客機に乗れるという一心で、早朝からの働きに耐えていたのに、この仕打ちか。
ため息と共に、色々と吐き出しながら深く体重を預ける。ひとまず、仕事の事は気にしなくて良くなった。そう考えると、肩から力が抜ける。気が付けば、疲労からかウトウトと眠っていた。
『………い……て……』
「……あ……?」
意識の水面から、誰かが呼びかけている。
『……きて……』
「ん~……」
座席から起き上がり、瞼を擦る。どの程度寝ていたのだろう。
「あら、起きた」
「ん?」
目の前には、黒くゆったりとしたドレスを纏う女性が、淑やかに隣に座っていた。
「……『淑女』って言葉が似合うねアンタ。良い目覚めだ」
「あら、ありがとう。でも残念、既婚者ですの」
左手の薬指に、途方もない金額であろうソレが輝いていた。
「おっと失礼。ま、知ってたけどね。アンタ、『ノーツ』だろう?有名ピアニストだ」
すると彼女は少し驚いたような表情で、片手を頬に添える。
「あら?わたくしをご存知なのね」
「あぁ、ショパンとダチなんだ」
立ち上がって、肩を回す。
「……で?どうなった」
「えぇ、それをお伝えする為に起こしに来ましたの」
ノーツと共に、旅客機の中央……一番広いホールに向かう。するとそこには見知った顔と初対面が入り乱れていた。
「お、アンタ生きてたか」
「ふむ、お互い無事で何よりだ」
地べたにあぐらで座っているのは、あの時の鋼鉄ロボだ。
「で……」
座席を円状に並べ、簡易的な会議室のようになっている。ぐるりと見回すが……
「……これだけか?」
そこにいたのは、自分含めてたった6人。
「あ、起きて来たんだ。良かった」
コックピットの方から、先ほどの整備士が歩いてきた。
「おっとアンタを数えて無かった。つまり7人か」
「あぁ。整備士の『エレカベーター』だ。今軍に連絡してきてね。非常時のデバイスが生きてて良かったよ」
エレカベーターは手に持ったデバイスを指差した後、座席の一つに腰掛ける。
「それで軍からなんだけど、『バグストーム』の規模によっては、消失するまで待機になるかも知れないと……」
(……だろうな)
『バグストーム』の対処にあたるのは、『ファイアウォール軍』という軍隊だ。だが、彼らは基本的に動かない。
……いや、動けないのだ。
一つ目は、バグストームは突発的・局所的に発生する災害。無論どこで発生するかも分からない。そんなものに一々対応出来ないという事。
二つ目だが、軍の本拠地は原初のバグストーム……『零号バグストーム領域』と呼ばれる、ユニオンラインでも最も危険な領域の中にある為。
(零号は、普通のバグストームと違って、日々死傷者が出るような危険地帯だ。軍もその対処で精一杯だろうし)
「一応、調査隊が規模と危険度を調べてくれるみたいだから、それまでは連絡待ちに……」
「ハァッ!?軍に来させなさいよ!!」
エレカベーターの言葉に、甲高い声で言い返す少女。
「アタシこんな場所で待機なんて嫌なんだけど!!高い金払ってんのに足止め!?信じられないわ!!」
プイッとそっぽを向くソイツは、サラサラしたブロンドの髪を振り乱しながら、駄々をこねるように足をバタバタさせる。
(服装は上流階級で確定……あの様子なら両親は巻き込まれていないな、乗ったのは一人か?思考は幼稚だな)
……ま、大方どこぞのお嬢様と言った所だろう。
「あ、あの……」
トントンと肩を叩かれる。振り向くと、あの時ブローチを拾ってあげた少女がそこにいた。
「あぁ、あの時の。君も生きてたか」
「えぇ……あ、あの。『ベーグル』って言います」
茶髪で愛らしい彼女は、すごくパンみたいな名前だった。
「美味しそうな名前だな」
「あぁ、えと。実家がパン屋、で」
「ドンピシャな名前になったもんだ。それで?なんかあったかい?」
「あぁ、いえ。その……知り合いが居なくて……その」
ベーグルはモジモジと指先を絡める。仕草一つとっても、男受けが良さそうだ。
「まぁ、座りなよ」
「あ、ありがとう……ご、ございます」
「ん」
一体彼女はどれだけの男子の情緒を狂わせて来たのだろう。恐らく全て無自覚だ。そんなことを考えていたら、エレカベーターがずっとお嬢様にドヤされていて、流石に可哀想になってきた。
「おーい、お嬢ちゃん」
話しかけた途端、視線がギロっとこちらに向く。
「『リボ』!アタシはリボって名前があるの!!子供扱いしないで!」
「あぁ、そうかい。それでお嬢ちゃんな。その人に当たっても意味無いだろう?」
わざとらしく強調すると、立ち上がってズンズンこちらに向かってきた。
「リボって言ってるでしょ!!アンタね!アタシのパパは……」
「そうかい」
笑顔を崩さず、声のトーンだけ変えた。
「……ッ!?」
急な低音に驚いたのか、リボというお嬢様の肩がビクッと跳ねる。
「パパは立派なんだな。そうかいそうかい。そんな事より、今は非常事態だ。分かるかい?それが分からない内は、まだお嬢ちゃんなんだよ」
「あ、アタシ……のパパに言い付けるから!そうすれば…あ、アンタなんかぁ……」
笑顔を保っていたら、ちょっとずつ自信が無くなって来たのか、徐々に声が細くなっていき、遂には沈黙した。
「あ、じゃあとりあえず……軍から連絡が来るまで自己紹介しよう!」
間を繋ぐようにエレカベーターが続ける。
「とは言っても、ボクの場合あんまり話す事がなくてね……この旅客機の整備士『エレカベーター』だ。気休めかも知れないが、何かあったら頼って欲しい」
エレカベーターは、腰に巻いた作業ベルトを叩きながらそういった。
「あ、えーと……」
エレカベーターが横にいるリボに目配せすると、ちょっといじけながら続けた。
「……『リボ』」
椅子に座りながら、両足を抱き抱えるようにしている。ちょっと強く言いすぎたみたいだ。
「順番的にわたくしでしょうか。『ノーツ』です。ピアニストなので、ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんね」
俺を起こしに来た黒い淑女。よく見ると、目元にクマが浮かんでいる。
(……ストレスで不眠でも抱えてるんだろうな)
「ふむ、なら愚拙の番か」
鋼色の巨体が、腕を組みながら続ける。そのままの意味で、俺の命の恩人だ。
「愚拙は『アラハバキ』という。脳以外が強化装甲になっていてな。サイボーグだ」
「……ん?ロボットじゃ無かったのか」
聞くと、アラハバキはこちらを向いた。
「左様。主に重要人物の身辺警護などを担っている」
「へぇ、フルサイボーグのガードって訳だ。かっこいい」
「じゃあ次はオレだな!」
黒いジャケットに、スキンヘッドの男。だが威圧感というよりは、どこかお調子者のような雰囲気だ。
「オレは『ダミオ』ってんだ!へへっ」
「あの、ご職業は?」
エレカベーターが聞くと、ドキリとした顔をしてキョロキョロ見回した後、観念したように話し始める。
「まぁー……その、なんだ。ハァ……あのーだな……」
ダミオはポリポリと鼻をかく。
「オレはそのー……あのーアレだ。そのブツ、あっ……ぶ、ブーツを…だな」
「誤魔化さぬ方が、身の為だぞ」
アラハバキに言われ、ヒィッと両手を上げて早口で続けた。
「オレは違法ツールを密輸する為に金払わねぇで乗ってたんだ!!すまねぇ!!」
ガンッ!!とスキンヘッドが床に激突する。
「あー……と、無賃乗車……ですか?」
「いや、アンタ優しいな」
エレカベーターの寛容な反応に、思わず突っ込んでしまった。
「『違法ツール』の所持、そんで密輸、無賃乗車も合わさってスリーアウトだぞ」
「そうダァ!オレは無賃乗車クソ野郎だ!許してくれー!!」
「……だっさ」
リボが、ダミオを見てボソッと呟いた。相変わらず足を抱えていじけているが、口元が僅かに笑っている。
(……自分より下を見つけたって表情だな。安心材料にはなるか)
「だって!金が欲しかったんだよ~!!その、びょ、病気の妹がいてさぁ~!」
「下手な虚言は言わぬ事よな」
あからさまな嘘を、アラハバキが切断する。
「そうだよ~!オレ嘘下手なんだよ~!妹は元気だよ~!!でもオレ馬鹿だからこういう事でしか稼げねぇんだよ~!」
何故だか、腕を組んだアラハバキに向かって土下座しているダミオ。
……悪党向いて無さすぎるだろコイツ。
「……と、俺が最後か」
佇まいを正す。
「『アジック』、見ての通り、ただの凡人だ。仕事で乗ってたんだが、それも無くなった」
「仕事ってどういう……」
……っと、エレカベーターが問いかけた途端、彼の持っているデバイスが鳴った。
「あっ、軍からだ!!」
デバイスを耳に当て、何やら会話を始める。すると、彼の顔が徐々に怪訝な表情へと変わる。
「え?スピーカーにして……?はい、はい。わかりました」
エレカベーターがデバイスを床に置いて、スピーカーに変えた。
《……私はファイアウォール軍の者です。結論から言います。我々は直ちにあなた方の救助に向かいます》
軍の通信を聞いて、全員の表情が安堵で緩む。
《理由は、そのバグストームを調査した結果、識別個体の存在を確認したからです》
「……マジか」
バグストームの識別個体。それは、通常のモンスターよりも驚異度が桁外れの存在だ。軍ですら大規模な部隊を編成しなければ危ない。
《ご存知の通り、識別個体が存在するバグストームは自然消滅する事がありません》
規模によって時間差はあるが、バグストームは基本的に自然消滅する。内部のモンスターを討伐すればその時間も早める事が出来る。だが、『識別個体』が居るバグストームは、そいつを討伐しなければ自然消滅する事が無い。
《識別個体名は『スワンプマン』。人を模倣し、人を学習し、人を殺害する危険な個体です。我々がたどり着くまで数日かかります。安全な場所で身を守ってください》
デバイスからの通信が切れる。
「ふんっ、軍も少しは役に立つわね!この旅客機は頑丈なんだし、そのスワンプマンってのも気にしなくても……」
そうリボが呟くが、反対に彼女以外の顔色は青ざめていく。
「え、な、何よアンタ達。そんな顔して……」
「ボク達、全員一度外に出てるんですよ……」
「それが何……あ……」
ようやく気がついたのか、リボの表情も青くなっていく。
そう、この旅客機の乗客は、1度全員外に出ている。そして帰って来れたのは7人。
……それはつまり、この場の誰かが『スワンプマン』と入れ替わっている可能性があるという事だ。
思わず、目元を覆って天を仰ぐ。
乗った旅客機は墜落、挙句仕事はパァ。不時着したのはバグストームで、生き残った7人の中に、人の皮を被った化け物がいる。
「……良く出来た悪夢だ」
『不安Bull《ファンブル》』
名前や服も自由自在に変える事が出来る、メールだって指先一本で出来る。そんな超高度文明社会だ。
……だが、そんな夢のような世界になっても、平等という言葉は程遠い。
「えぇ、今しがた搭乗しました。はい……それも確認済みです。はい……はい、では」
仕事先からの電話を切る。
「……さて……と」
早朝から動いていたからか、カフェインが切れたからか。ふと、疲れが体に滲み出る。席に深く腰掛けて、一息つく。機内ではクラシックのような音楽が流れており、席もまるでソファのような柔らかさだ。いかにも上流階級御用達といった感じである。
「………」
舐めるように、じゅんぐりと視線を動かす。この旅客機はそこそこ大きい筈だが、乗客は20名そこらしか居ない。席の一つとっても、まるでホテルの個室のような快適さだ。当然の如くプライベートルームなんて個室もある。
(豪華絢爛って感じだな。如何にもだ)
しばらくして、旅客機は飛び立つ。乗り物酔いはしないが、この重力がかかる感じはどうにも慣れない。
「……さて」
無事に空に飛び立ち、機体も安定した頃合い。席を立とうとしたその瞬間。空だというのに、突然機内が地震のように揺れる。
「……何だ?」
乗客の慌てふためく声、甲高い叫び声、そんなノイズに混じって、アナウンスが聞こえる。
《現在、エンジントラブルが発生し……が……を……》
(チッ、乗客の悲鳴でよく聞こえん)
CAの呼びかける声など、殆ど意味をなさない喧騒の中、集中して耳を澄ます。
《……当旅客機は………緊急……不時着……》
(不時着?不味いな、まさかこんなイレギュラーが起きるとは)
内心毒付くが、今はそれどころではない。
姿勢を低くし、頭を守る。
衝撃、轟音……少し遅れて訪れる静寂。
《……皆様。当機は不時着に成功しました。機内の安全を確認する為、お客様は外へ避難してください。乗務員がご案内します……落ち着いて……》
「ちょっと!押すな!!」
「はぁ!?ワタクシの足を踏んでるのあなたでしょう!?」
「お、落ち着いて……」
身なりの良い女性二人が扉近くで言い争っている。仲裁している乗務員が可哀想だ。
(あらら、余裕の無い。まぁこんな状況だしな)
自分も落ち着いている訳ではないが、慣れのようなものか、あまり恐怖を感じない。
そんな呑気なことを考えていると、途端に後ろからドンっと何かがぶつかって来た。
「あっ……と、あの、す、すみません」
(おぉう、これはこれは)
申し訳なさそうに視線を下げるその子は、非常に愛らしい容姿をしていた。18歳ぐらいだろうか?綺麗な茶髪は整えられており、身体のラインは美しく隆起しているのに、何故だか腰回りだけやたら細い。顔もスタイルも良いが、どこか儚げな雰囲気を纏った少女だ。
「あぁ、悪い。俺もボーッとしていた」
「あ……ブローチ」
「ん?」
少女の視線を追うと、なるほど自分の足元に綺麗なブローチが転がっていた。宝石か何かの加工品だろうか。拾い上げて埃を払う。
「これかい?結構な値打ち物っぽいな。貰い物かい?」
手渡すと、彼女は両手で受け取りコクンっと頷く。
「……母の、形見で……」
「おっと、悪かった。そりゃプライスレスだ」
少女は細い声でありがとうと呟いて、非常口へ向かった。
……あんな子が、この旅客機に乗れるんだろうか?服装も見たところ普通だ。
「まぁ、美人は得って事かな」
フッと自嘲気味に笑い、出口へ向かう。
全員が外に出て、待機するように言われる。だがまぁ、こんな状況で大人しく出来る訳も無い。金持ち達は乗務員達の言うことを聞かず、なんなら怒鳴りつけ勝手に歩き回り始めた。
(もう成立しないな。俺も歩き回るか)
「もし、そこの人」
「おん?おやご婦人、どうされた?」
身なりの良い婆さんが、杖をつきながら話しかけてきた。
「見ての通り足が悪くてね、来てくれないかしら?」
ホホホなんて笑っちゃあいるが、その目は鋭い。
(言う事を聞かないとどうなるか……って言いたげだな)
金の価値は平等でも、人の価値は不平等だ。
「オーケィご婦人。俺は何を?」
「ホホ、聞き分けが良いのね」
(聞きたくは無ぇがな)
「ここがどこか知りたいの。ほら、場所が分かれば迎えを来させるから」
……どうやら、自力で何とかするつもりらしい。怒鳴り散らしたり、パニックになる連中とは少し違う。
次の手を考えている所は、評価すべきかも知れない。
建造物か何かの障害物のせいで視界が悪い。辺境に墜落したのか、人の気配も無い。
「全く、ここはどこかしらね?何だか調子も良くないし……墜落のせいかしら?」
「大丈夫かいご婦人」
「ありがとう……あら?よく見たらアナタ、どこかで見た顔ね……」
身なりの良い婆さんは、下からマジマジと俺の顔を覗き込んだ。
「なーに、凡人ヅラなもんで。似たような顔が多いんでしょうな」
しばらく歩いていると、ようやく視界が開ける。
視線の先には、あからさまな異形。どこまでも立ち昇る渦の中にいるような光景。隣でうずくまった身なりの良い婆さん。
悟った。
「……『バグストーム』」
ユニオンライン社会を代表する災害の一つ。突発的・局所的に発生する竜巻のような物。厄介なのは、バグったデータの影響かモンスターが無限湧きしてくる事。それに加え、耐性の無い人間が中に入ると心身を侵食され、発狂する。最悪の場合モンスターの仲間入りを果たす事にもなる。
(不味いな、バグストームの耐性なんて人それぞれだ。どうする?軍に……いや……)
「う、う、あ、あ……あっぁがががァァァ!?」
「……おっと」
状況の整理に気を取られて、隣でうずくまっていた婆さんの事を忘れていた。
見れば、両腕は明らかに異物に変形しており、目は瞳が上下左右反対に動いている。ズブズブずぶ……と骨格が沈み、痙攣するようにのけぞる。高そうな衣装はビリビリと内側から破れ、右腕だけがメキャメキャッッ!と歪に、引き伸ばされるように変形した。その手のひらがこちらに向く。
「キャキャキャキャキャ!!!」
「あー。こりゃ……」
避けようが無い。というか避けてどうしろと?仕方がない。諦めるか、命。
……そう思っていたが、予想した未来は訪れなかった。
「……無事か?」
目の前に、デカいロボットのような物が現れた。そいつは鈍く光る鋼色の腕で、モンスター婆さん(事実陳列)を押さえ込んでいた。
「あ、あぁ……」
「ならば良し、旅客機まで逃げよ。あの中ならば安全だ」
低く落ち着いた声が響く。カチンッと肩の装甲が開き、そこから短剣が飛び出る。ロボットはそれをモンスターババアに投げつけると、電撃が弾けた。
「EMPだ。だが彼奴等には決定打にならぬ。愚拙も後から追いつく。先に行け。長くは持たん」
「分かった。借り一つだ」
「覚えておこう」
突然現れた武装ロボによって、何故か助かった。そういえば旅客機に乗る前、ヤケに金属探知機の列が進まないと思ったが……アイツのせいか!?というか乗客なら気がつくだろ!?どこ居たんだ、あの鋼鉄の巨体で!!
命の危機スレスレだったせいか、アドレナリンのせいでハイになっているのを感じる。
必死に来た道を走り、旅客機を見つける。滑り込むように非常口から入った。
道中モンスターがあんまり居なかったのは、あのロボットのおかげだろうか?
「あ、君も乗客か!?無事だったのか!?」
「……ん?」
息を整えていたら、ツナギのような服装に、バンダナ。作業ベルトを腰に三つぐらい巻いた青年に話しかけられた。
「アンタは?」
「あ、あぁ。この旅客機の整備士だ。機長と副機長と共に機内を点検した後、他の乗務員たちと外に出たんだけど……」
ふるふると頭を振った。恐らく、彼以外耐性が無かったのだろう。あったとしてもモンスターに襲われたか。
……そう考えると、俺の所にあのロボットが居たのは幸運だった。
「とりあえず、この旅客機はかなり頑丈だ。『バグストーム』に対しても充分対策してる」
「なら、何で堕ちたんだ?」
「……バードストライクだよ」
「おっと、そいつは原始的だな」
ユニオンライン社会という超高度文明だというのに……高級旅客機が、こうも皮肉めいた墜落をするとは。
「とにかく、この中にいれば安全だ。整備士のボクが保証する。安心してくれ」
「分かった。一息つくとするよ」
「……あぁ。こんな時こそ冷静にならないと」
整備士と別れ、自分が座っていた席へ一度戻る。一流ホテルのような風格を誇っていたその座席は、今や子供が作った秘密基地のようなクオリティにまで下がっている。
(……不時着の衝撃で、色々散らかったな)
機内は荒れているが、とりあえず自分のスペースだけは綺麗にし、席に座る。
「……はぁ」
この旅客機に乗れるという一心で、早朝からの働きに耐えていたのに、この仕打ちか。
ため息と共に、色々と吐き出しながら深く体重を預ける。ひとまず、仕事の事は気にしなくて良くなった。そう考えると、肩から力が抜ける。気が付けば、疲労からかウトウトと眠っていた。
『………い……て……』
「……あ……?」
意識の水面から、誰かが呼びかけている。
『……きて……』
「ん~……」
座席から起き上がり、瞼を擦る。どの程度寝ていたのだろう。
「あら、起きた」
「ん?」
目の前には、黒くゆったりとしたドレスを纏う女性が、淑やかに隣に座っていた。
「……『淑女』って言葉が似合うねアンタ。良い目覚めだ」
「あら、ありがとう。でも残念、既婚者ですの」
左手の薬指に、途方もない金額であろうソレが輝いていた。
「おっと失礼。ま、知ってたけどね。アンタ、『ノーツ』だろう?有名ピアニストだ」
すると彼女は少し驚いたような表情で、片手を頬に添える。
「あら?わたくしをご存知なのね」
「あぁ、ショパンとダチなんだ」
立ち上がって、肩を回す。
「……で?どうなった」
「えぇ、それをお伝えする為に起こしに来ましたの」
ノーツと共に、旅客機の中央……一番広いホールに向かう。するとそこには見知った顔と初対面が入り乱れていた。
「お、アンタ生きてたか」
「ふむ、お互い無事で何よりだ」
地べたにあぐらで座っているのは、あの時の鋼鉄ロボだ。
「で……」
座席を円状に並べ、簡易的な会議室のようになっている。ぐるりと見回すが……
「……これだけか?」
そこにいたのは、自分含めてたった6人。
「あ、起きて来たんだ。良かった」
コックピットの方から、先ほどの整備士が歩いてきた。
「おっとアンタを数えて無かった。つまり7人か」
「あぁ。整備士の『エレカベーター』だ。今軍に連絡してきてね。非常時のデバイスが生きてて良かったよ」
エレカベーターは手に持ったデバイスを指差した後、座席の一つに腰掛ける。
「それで軍からなんだけど、『バグストーム』の規模によっては、消失するまで待機になるかも知れないと……」
(……だろうな)
『バグストーム』の対処にあたるのは、『ファイアウォール軍』という軍隊だ。だが、彼らは基本的に動かない。
……いや、動けないのだ。
一つ目は、バグストームは突発的・局所的に発生する災害。無論どこで発生するかも分からない。そんなものに一々対応出来ないという事。
二つ目だが、軍の本拠地は原初のバグストーム……『零号バグストーム領域』と呼ばれる、ユニオンラインでも最も危険な領域の中にある為。
(零号は、普通のバグストームと違って、日々死傷者が出るような危険地帯だ。軍もその対処で精一杯だろうし)
「一応、調査隊が規模と危険度を調べてくれるみたいだから、それまでは連絡待ちに……」
「ハァッ!?軍に来させなさいよ!!」
エレカベーターの言葉に、甲高い声で言い返す少女。
「アタシこんな場所で待機なんて嫌なんだけど!!高い金払ってんのに足止め!?信じられないわ!!」
プイッとそっぽを向くソイツは、サラサラしたブロンドの髪を振り乱しながら、駄々をこねるように足をバタバタさせる。
(服装は上流階級で確定……あの様子なら両親は巻き込まれていないな、乗ったのは一人か?思考は幼稚だな)
……ま、大方どこぞのお嬢様と言った所だろう。
「あ、あの……」
トントンと肩を叩かれる。振り向くと、あの時ブローチを拾ってあげた少女がそこにいた。
「あぁ、あの時の。君も生きてたか」
「えぇ……あ、あの。『ベーグル』って言います」
茶髪で愛らしい彼女は、すごくパンみたいな名前だった。
「美味しそうな名前だな」
「あぁ、えと。実家がパン屋、で」
「ドンピシャな名前になったもんだ。それで?なんかあったかい?」
「あぁ、いえ。その……知り合いが居なくて……その」
ベーグルはモジモジと指先を絡める。仕草一つとっても、男受けが良さそうだ。
「まぁ、座りなよ」
「あ、ありがとう……ご、ございます」
「ん」
一体彼女はどれだけの男子の情緒を狂わせて来たのだろう。恐らく全て無自覚だ。そんなことを考えていたら、エレカベーターがずっとお嬢様にドヤされていて、流石に可哀想になってきた。
「おーい、お嬢ちゃん」
話しかけた途端、視線がギロっとこちらに向く。
「『リボ』!アタシはリボって名前があるの!!子供扱いしないで!」
「あぁ、そうかい。それでお嬢ちゃんな。その人に当たっても意味無いだろう?」
わざとらしく強調すると、立ち上がってズンズンこちらに向かってきた。
「リボって言ってるでしょ!!アンタね!アタシのパパは……」
「そうかい」
笑顔を崩さず、声のトーンだけ変えた。
「……ッ!?」
急な低音に驚いたのか、リボというお嬢様の肩がビクッと跳ねる。
「パパは立派なんだな。そうかいそうかい。そんな事より、今は非常事態だ。分かるかい?それが分からない内は、まだお嬢ちゃんなんだよ」
「あ、アタシ……のパパに言い付けるから!そうすれば…あ、アンタなんかぁ……」
笑顔を保っていたら、ちょっとずつ自信が無くなって来たのか、徐々に声が細くなっていき、遂には沈黙した。
「あ、じゃあとりあえず……軍から連絡が来るまで自己紹介しよう!」
間を繋ぐようにエレカベーターが続ける。
「とは言っても、ボクの場合あんまり話す事がなくてね……この旅客機の整備士『エレカベーター』だ。気休めかも知れないが、何かあったら頼って欲しい」
エレカベーターは、腰に巻いた作業ベルトを叩きながらそういった。
「あ、えーと……」
エレカベーターが横にいるリボに目配せすると、ちょっといじけながら続けた。
「……『リボ』」
椅子に座りながら、両足を抱き抱えるようにしている。ちょっと強く言いすぎたみたいだ。
「順番的にわたくしでしょうか。『ノーツ』です。ピアニストなので、ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんね」
俺を起こしに来た黒い淑女。よく見ると、目元にクマが浮かんでいる。
(……ストレスで不眠でも抱えてるんだろうな)
「ふむ、なら愚拙の番か」
鋼色の巨体が、腕を組みながら続ける。そのままの意味で、俺の命の恩人だ。
「愚拙は『アラハバキ』という。脳以外が強化装甲になっていてな。サイボーグだ」
「……ん?ロボットじゃ無かったのか」
聞くと、アラハバキはこちらを向いた。
「左様。主に重要人物の身辺警護などを担っている」
「へぇ、フルサイボーグのガードって訳だ。かっこいい」
「じゃあ次はオレだな!」
黒いジャケットに、スキンヘッドの男。だが威圧感というよりは、どこかお調子者のような雰囲気だ。
「オレは『ダミオ』ってんだ!へへっ」
「あの、ご職業は?」
エレカベーターが聞くと、ドキリとした顔をしてキョロキョロ見回した後、観念したように話し始める。
「まぁー……その、なんだ。ハァ……あのーだな……」
ダミオはポリポリと鼻をかく。
「オレはそのー……あのーアレだ。そのブツ、あっ……ぶ、ブーツを…だな」
「誤魔化さぬ方が、身の為だぞ」
アラハバキに言われ、ヒィッと両手を上げて早口で続けた。
「オレは違法ツールを密輸する為に金払わねぇで乗ってたんだ!!すまねぇ!!」
ガンッ!!とスキンヘッドが床に激突する。
「あー……と、無賃乗車……ですか?」
「いや、アンタ優しいな」
エレカベーターの寛容な反応に、思わず突っ込んでしまった。
「『違法ツール』の所持、そんで密輸、無賃乗車も合わさってスリーアウトだぞ」
「そうダァ!オレは無賃乗車クソ野郎だ!許してくれー!!」
「……だっさ」
リボが、ダミオを見てボソッと呟いた。相変わらず足を抱えていじけているが、口元が僅かに笑っている。
(……自分より下を見つけたって表情だな。安心材料にはなるか)
「だって!金が欲しかったんだよ~!!その、びょ、病気の妹がいてさぁ~!」
「下手な虚言は言わぬ事よな」
あからさまな嘘を、アラハバキが切断する。
「そうだよ~!オレ嘘下手なんだよ~!妹は元気だよ~!!でもオレ馬鹿だからこういう事でしか稼げねぇんだよ~!」
何故だか、腕を組んだアラハバキに向かって土下座しているダミオ。
……悪党向いて無さすぎるだろコイツ。
「……と、俺が最後か」
佇まいを正す。
「『アジック』、見ての通り、ただの凡人だ。仕事で乗ってたんだが、それも無くなった」
「仕事ってどういう……」
……っと、エレカベーターが問いかけた途端、彼の持っているデバイスが鳴った。
「あっ、軍からだ!!」
デバイスを耳に当て、何やら会話を始める。すると、彼の顔が徐々に怪訝な表情へと変わる。
「え?スピーカーにして……?はい、はい。わかりました」
エレカベーターがデバイスを床に置いて、スピーカーに変えた。
《……私はファイアウォール軍の者です。結論から言います。我々は直ちにあなた方の救助に向かいます》
軍の通信を聞いて、全員の表情が安堵で緩む。
《理由は、そのバグストームを調査した結果、識別個体の存在を確認したからです》
「……マジか」
バグストームの識別個体。それは、通常のモンスターよりも驚異度が桁外れの存在だ。軍ですら大規模な部隊を編成しなければ危ない。
《ご存知の通り、識別個体が存在するバグストームは自然消滅する事がありません》
規模によって時間差はあるが、バグストームは基本的に自然消滅する。内部のモンスターを討伐すればその時間も早める事が出来る。だが、『識別個体』が居るバグストームは、そいつを討伐しなければ自然消滅する事が無い。
《識別個体名は『スワンプマン』。人を模倣し、人を学習し、人を殺害する危険な個体です。我々がたどり着くまで数日かかります。安全な場所で身を守ってください》
デバイスからの通信が切れる。
「ふんっ、軍も少しは役に立つわね!この旅客機は頑丈なんだし、そのスワンプマンってのも気にしなくても……」
そうリボが呟くが、反対に彼女以外の顔色は青ざめていく。
「え、な、何よアンタ達。そんな顔して……」
「ボク達、全員一度外に出てるんですよ……」
「それが何……あ……」
ようやく気がついたのか、リボの表情も青くなっていく。
そう、この旅客機の乗客は、1度全員外に出ている。そして帰って来れたのは7人。
……それはつまり、この場の誰かが『スワンプマン』と入れ替わっている可能性があるという事だ。
思わず、目元を覆って天を仰ぐ。
乗った旅客機は墜落、挙句仕事はパァ。不時着したのはバグストームで、生き残った7人の中に、人の皮を被った化け物がいる。
「……良く出来た悪夢だ」
『不安Bull《ファンブル》』
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