不安Bull《ファンブル》

幽零

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2話

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「こりゃあ、まるで通夜だな」

あまりの沈んだ雰囲気に、つい言葉にしてしまった。

「冗談とは余裕だな。慣れているのか?」

「いや?あぁ、ま、慣れてるといえばそうだが、それなりに動揺してるつもりだ」

他の乗客が目を伏せたり、手で口元を覆っている中、このサイボーグだけは淡々としていた。鋼鉄の手を閉じたり開いたり、各箇所に内蔵されているであろう兵器を点検しているようだった。

(……見たところ、冷静さを装ってる訳でも無いな。備えてる感じだ)

不安や恐怖を消す為のルーティーンでは無く、『この後の行動を決める』為に自分の手札を確認しているような感じだ。俺も同じような事をする。

(なら、俺とベクトルは一緒だな)

「……とにかく。じょ、情報を整理しよう」

エレカベーターは目に見えて動揺していた。だが、こんな時でも思考を整理できる人間の言葉は信用できる。

「ボク達は今、バグストームの中にいる。軍の救助は数日後……そして……」

彼は作業ベルトを触り、工具を撫でる。



「この中に、『スワンプマン』がいる」



「……人を模倣する怪物……でしたわね」

「あ、あ、あのよう。オレ頭が悪いからよくわかんねぇんだが……『識別個体』って、そ、そ、そんなヤベェ奴なのか?」

ダミオは震える指でアラハバキを指しながら続ける。

「そこのさんなら、た、倒せそうじゃないか?」

「バカはオメーだ」

「人の名前も覚えられない訳ぇ?犯罪者どもは低学歴ってのは本当みたいね。救いようがないわ」


痛烈な言葉使いで追い討ちをかけるリボ。指をさして見下すように笑っている。あまりの言われようにダミオはシュン……と、口を3の形にして涙目になっていた。

……ま、こんな一回りも二回りも年が離れてそうな少女にここまで言われちゃあな。


(……顔が引き攣ってるな。誰かを攻撃しないと、不安で潰れそうなんだろう)

良く見ると、リボの口元がヒクヒクと僅かに震えていた。彼女なりの強がりだろう。


「ふむ、今一度確認するが」

これまでの流れを全く意に介さず、アラハバキは言葉を綴る。

「バグストームのモンスター、その姿は千差万別だ。機械などが侵食された侵食系、元々の生物が変形した変異系、色々なデータが混ざったキメラ系、主にこの三種類が代表例だ」

鋼鉄の指を順番にあげて、丁寧に解説する。

「『識別個体』とは、その中でも無二の強大さを誇る個体だ。愚拙が挑んだ試しは無いが、良くて相打ちだろう」

「あ、相打ちなら殺せるんじゃ無いのか……?」

「その場合、誰をだ?」



「……え?」



呆気に取られたような顔をするダミオに、アラハバキの鉈のような言葉がめり込む。


「殺せる、故に勝てる。左様。それで、誰を殺せば良いのだ?」


その場の視線がダミオに集中する。寛容なエレカベーターも、淑やかなノーツも、隣のベーグルでさえ視線を送っていた。

「……あ、いや!違う!オ、オレはそ、そんなつもりじゃ!」

この場の誰よりも顔を青くしたダミオに、ちょっとばかり同情する。

「気が付いたか。スワンプマンの殺害、それを間違えた場合、それは『誰かの犠牲』を意味している」

アラハバキはただ冷静に、事実を述べる。



「ま、この辺にしておこうぜ。俺は腹が減った。エレカベーター、食材はどれくらいある?」

「あ、あぁ。半月は持つ筈だよ。調理室もある」

「そうか。ずっとここで顔合わせててもしょうが無い。俺は食事にする」


多少強引だろうが、ここで幕引きにした方が良い。あのままじゃあ追い詰められたダミオが何をするか分からないしな。


俺が席を離れた事で、各々も散った。




「さーてと。どれどれ……おう流石上流階級御用達。ここに住みたいね」

食料保管庫には、かなりの食材が用意されていた。

「綺麗な調理台だ。設備も最新。俺の家と交換して欲しいぐらいだぜ全く」

「あら、独り言が多い方ですのね」

「あぁ、イマジナリーなガールフレンドが賑やかでな。中々喉が休まらないんだ」

スッと入ってきたのはノーツだった。食料保管庫を覗いている。

「お料理するのね。失礼だけど、あまり頓着が無さそうなものだったから」

「それこそ貴女の方ではミセス。ご自身でお料理されなくても、星の数でオセロが出来そうなレストランに行き放題でしょう?」

「主人が、手料理好きなものですから」

濡れない為にか、慣れた手付きで指輪を外して、細くスラッとした指先を丁寧に洗う。

「……アジックさん。一つ良いかしら?」

「夜のダンスパートナーなら喜んで」

「あら、口説き文句のセンスも節操も無いのね。嬉しいわ」

疲れた顔が僅かに微笑む。

「……彼の事、助けたのでしょう?」

ジャーっという蛇口の音が、やけに大きく聞こえる。ノーツの言葉を聞きながら、その指先をジッと見ていた。

「ま、彼『違法ツール』密輸してるって言ったでしょう?自暴自棄になって使われでもしたら大変ですから」

「見て来たようにいうのね。まるで経験があるみたい」

「実際似たような場面は経験済みでね。それに、恩は売っとく物でしょう?」

「あら、本当にそれだけ?」

キュッと蛇口を止め、タオルでしっかり指先の水分を拭き取っている。彼女の視線が、誘うような笑みを浮かべている。

「人聞きが悪いなぁミセス。俺が弾除けの為にワザと助けたって?」


全くもって、その通り。


疑惑を掛けられて殺されるよりは、スワンプマンに殺されてくれる方が都合が良い。確率の分母をわざわざ減らす事は無い。


ノーツは俺の目を見て、何か納得するような表情を浮かべると、手元に視線を戻した。

「貴方は『凡人だ』、なんて仰っていたけど」

言葉を奏でつつ、野菜を切る。意外にも手際が良い。

「わたくしからすれば、必死になった凡人が一番恐ろしいですわ」

「まるでご自身の事を仰っているみたいですね」

「えぇ、わたくしは才能に縁が無い人間でしたから」


謙虚な訳でも、ましてや卑下でも無い。己の才能と長年向き合ってきたような、そんな重みのある言葉だった。


「じゃあ、俺も一つ良いです?」

「夜のダンスパートナー以外なら」

「おっとフラれた。なら別の事を」

左手の薬指を指して、続ける。


「……随分、お楽しみのようで」


ノーツの手が止まり、視線だけがクルリとこちらに向いた。

「指輪の跡が無い。それに大層外し慣れているご様子。有名ピアニストならば引く手数多でしょう?」

「……探偵みたいな事をするのね」

「なに、フラれた意趣返しですよ。ちょっとした戯れです。言いふらすつもりも無い」

流石、人前に立つピアニスト。調律された音のように、表情に一切の動揺が見えない。あの無賃乗車クソ野郎君とは大違いだ。

「気になっただけです。ラ・カンパネラを超える楽曲、ラフマニノフ作曲『ピアノ協奏曲第3番』、その独創用編曲を一人で弾いた、鍵盤の怪人。そんな人が、こんな俗な事をしていた理由をね」

ノーツが切っていたリンゴを、一欠片口に入れる。

「価値観は合わないものね。貴方から見たら俗でも、わたくしには救いになっていたのよ」

表情は変わらず、むしろ微笑を浮かべていた。

「ピアニストの道を行けば怪人、主人からすればアクセサリー。賞賛も喝采も、景色同然。わたくしをただの女として見て下さる方は、貴重ですの」

ノーツから受け取った包丁を水で流す。

「無才が、少しばかり頑張ってしまった。結果、ピアニストとしては煙たがられ、『ノーツ』という個人はトロフィー扱い。女としてのわたくしを求めて下さる方に、少しばかり傾いてしまっても、仕方が無いでしょう?」

目を細め、されど淑やかに言葉を奏でる彼女。

「……ま、クスリや『違法ツール』に手を染めるよか健全ですかね」

「あら、それだけ?」

「言ったでしょう、興味があるだけ。正義を説く立場に俺はいない。人間、正気でいられるのは学生までって事です」

「えぇ。大人になると、寄りかかる物が少なくて困りますわ」

胸に手を添えるノーツ。

「さて、じゃあ俺はこの辺で。死ななければまた明日」

「あら、お別れ?」

両手で皿を運ぼうとしたら、両肩にストンと腕を置かれた。首裏に手を回され、ひんやりとした指先の冷たさを感じる。

「ここまでわたくしに話をさせて、そのままお別れだなんて……あんまりでは無いかしら?」

目の下のクマ。夫が死んだなんて話は聞かないが、未亡人のような魅力が滲み出ている表情。

「はて、俺にどうしろと?」

「わたくし、夜の声がとても品が無いみたいですの。調?」

スルスル……と、首筋から背中に指先が這っていく。

「おっと、一度フラれた女性に執着する程、嫉妬深くは無いんでね。有名人に手を出しちゃあ、後が怖い」

「あら残念。意趣返しに、不同意で襲われたって言いふらそうと思っていたのに」

「男を引き留めるなら『終電、無くなっちゃったね』の方が効果的ですよミセス。では」

「えぇ、また」





通路を通り、自席に戻る。この旅客機にはプライベートルームという個室もあるようだが、ひとまずこの席で食事を済ませることにする。

(……さて、どうするか)

適当な具材を挟んだサンドイッチを口に入れながら、思考する。

(軍の到着まで数日。スワンプマンが誰を襲うかは分からない。そもそも襲うのか?)

人を学習すると言っても、その本質はモンスターだ。人を殺害する為に人を学習するという前提で、思考を組んでいった方が良い。

「……うん……うん……」

「……?」

節電の為か、暗くなった通路の向こうから、声が聞こえる。

「うん……大丈夫。心配しないで……うん」

(……エレカベーター?通話中か?)

「数日で軍が救助に来てくれるんだ。うん、わかってる。愛してるよ……」

(あぁ、恋人との通話か……)

バグストーム内部から外へと通ずる通信機器なんて、随分高価なものを持っている。


(……ま、この旅客機の整備士ならば、手に入れていてもおかしくないか)


こんな事態だ。家族や恋人との通話は、精神的にも良いだろう。


「うん、じゃあね。姉さん」

「………姉さん??」

「ん?あぁアジックさんか。どうしたの?」

デバイスを服の内側にしまうエレカベーター。

「兄弟がいたのか?」

「え?あぁ、そうなんだ。姉が一人ね」


彼は、にこやかに笑う。


「両親が殆ど家にいない家族でね。姉が母親代わりだった事もあって……自覚はあるんだけど……その、姉離れ出来て無いんだ」

恥ずかしそうに頭をかく。

「姉が好きなのか?」

「うん、そうだよ。綺麗で頭が良くて、優しいんだ。誰よりも愛してるし、きっとボクは姉より好きになれる女性とは出会えない」


姉を語るというよりは、恋人を焦がれるような恍惚とした顔をしていた。


「あ、それよりも……今の状況だよね」

「ま、そうだな。楽観的に見るなら、この中の誰もスワンプマンじゃあ無いって可能性もある事だな」

「本当に楽観的だなぁ……ボクがそのスワンプマンだったらどうするの?」

「あぁ、そんなの簡単さ」

さも当然の事を言葉にする。




「俺が死ぬ。ただそれだけだ」




「いや、その思考もどうかと思うけど……」

エレカベーターは、若干引き気味に続ける。

「まぁ、何かあったら言って。機内放送で皆に呼びかける事は出来るからさ」

「あぁ、そうするよ」


一度、プライベートルームを見てみると良いと言われ、向かう事にした。個室があるなら何かと都合も良いだろう。


「……ん?」

向かおうとすると、背中が何かに引っ掛かったような感触を覚える。

「おっと、俺が美少女に引き止められるとは。夢が叶ったよ、まるで恋愛漫画の主人公だ」

振り返ると、クイクイっとベーグルに背中を引っ張られていた。

「それで、何かあったか?」

「あ、あの……えと、その」

モジモジと指先を絡ませて、何か言いたげにしている。

「落ち着け、言葉に賞味期限は無い。自分の中で腐らす事はあってもな」

コクンっと頷くと、上目使いの愛らしい顔がのぞく。

「あの……さっき、エレカベーターさんと、は、話してました……よね?」

「あぁ、なんだ?アイツに用があるのか?」

フルフルと頭を振る。どうやら違うらしい。

「あの……あの人お姉さんと電話するって言ってたんですけど……」

「あぁ、そうみたいだな。見てたのか?」

コクンっと頷く。どうやら、何か伝えたいらしい。




「た、偶々見ちゃって……あの人の、デバイス……最初から……電源、付いてませんでした」





「……何?」





どうやら、個室でのんびり……とはいかないらしい。


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