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第一章 始まり

《side チビ①》 思い出

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《side   チビ》



「どうして俺と弥斗はこんなに違うんだ?」


一度だけ親にそう聞いたことがある。
弥斗は俺の双子の兄で、物心着く頃からずっとそばに居いた。あちこち動き回る俺の後ろには必ず弥斗が居て、最初は『なんで着いてくるんだ?』って少し窮屈さを感じることがあった。

「おとうさんはいまねむってるから、とおくにいっちゃダメだよ?」

「せんたくきのなかはあぶないからはいっちゃダメ」

「それはたべものじゃないよ」

口うるさかった。後ろから顔を覗かしては俺に、あれをやっちゃダメ、これは危ない、前をよく見て、etc.....と淡々と口を挟んできた。

邪魔で、怖くて、窮屈で、息苦しかった。


そしてある日親の目を盗んで、風呂場を探険しようとした時があったが、その時も後ろから「あしをすべらせたらあぶないから、ここはやめよ?」や「みずがはってあるからおぼれちゃうよ?」やらうるさかったのを覚えている。
当然、俺は弥斗の言葉を無視して風呂のへりに登って遊ぼうとした。いい加減、弥斗が鬱陶しかったのだ。


「あぶないってば!」


聞こえない振りをして水に映る自身の姿を手でパシャパシャと叩いて笑う。全然危なくないじゃないか、と。得意げにそう思ったその時、がくんとバランスを崩し頭から水に落ちた。


「がひゅ!?ごぼぼぼぼっ.....」


突然のことに驚き藻掻くが、水が口に入ってきて息が出来なくなる。バシャバシャと腕を振りまわし苦しさから逃れようとするも、更に水が入り込み混乱と恐怖に陥った。

バシャン!!

そこへそんな音と共に背中に手が添えられた。


「おちついて。ここはあしがつくよ」


そばに来た弥斗にしがみつく様に立ち、俺は助かった。確かにここは足がつく。真っ直ぐ立てば弥斗より小さな俺でも胸から上は出るくらいの深さだった。

息を吸い込み、苦しさが無くなるとジワジワと得体の知れない恐怖が湧き出てきて、思わず隣にいる弥斗に泣きついた。


「やと、やとっ~.....うぅっ、ごめん、ヒック....おれ、おれっ」

「....こっちもごめんね。むりやりにでもやめさせればよかった」

「やとがあってた。やとがいなきゃおれは、おれはっ.....」

「だいじょうぶだよ。ぼくがそばにいるから」

「.....ずっと?」

「それはーーー」


それからだろうか?俺が弥斗の後ろをついてまわるようになったのは.....。


「やと、これはなんであぶないんだ?」
「やと、いっしょにあそこへいこう」
「やと、いっしょにねよ」
「やと、これはなに?」
「やとー」
「やと....」
「やと」


口を開けば一言目には「やと」が出てくる。
両親はそんな俺に困ったように笑っていたが、俺はその笑みの意味を理解できなかったし、しようとも思わなかった。


「だって、おれにはやとがいればいいから」



しかし5歳頃だろうか?
なんだか弥斗が弥斗では無いような気持ち悪い居心地の悪さを感じた。そんな気持ち悪い感覚を弥斗に聞いたら、「チビがぼくのことを『やと』だとおもえないならぼくはチビの『やと』じゃないんだよ」って返ってきた。
言っている意味がわからなかった。でも、弥斗は今は考えなくてもいいと言う。

弥斗がそう言うのならそうなのだろう。弥斗は間違ったことは言わないのだから。
結局その後、感じていた気持ち悪さは綺麗さっぱり消えて、弥斗の後ろを追いかけ回していた。


やっぱり弥斗は変わってなかった。



そしてある日ふと思った。
俺達は双子なのになんでこんなに差があるのだろう?と。
今まで比べるということに深く考えなかった俺が初めて抱いた小さな疑問違和感


「何で弥斗のほうが優れているんだ?どうして俺と弥斗はこんなに違うんだ?」


ちょうど家に居た両親に聞いてみた。すると2人は慌てるように口々にこう言う。

「ちっせぇくせにそんな難しいこと考えんな。今はまだ気にすることじゃねぇ」

「あのね、チビだって他の子と比べたら月とすっぽんくらいの差がある程優秀だ。僕達にとっては2人とも同じくらい優秀だよ。それに僕は弥斗とチビを比べる事なんてしたことない」

「そうだそうだ。テメェは弥斗と同じくらい優秀な子供だぜ。逆に手間がかからなさ過ぎて心配しちまうよ」

「無理して頑張らなくていいんだ。弥斗と比べることをしなくていいんだ」


耳障りのいい言葉。
俺を肯定して安心させるような言葉に表情。

違う

俺が求めている答えはこういうのじゃないんだ。
漠然とそう思う。

そして弥斗と一緒に居ると湧き出るモヤモヤした気持ちに、次第に上手く感情がコントロールできなくなっていった俺は物に当たるようになった。

おもちゃを投げつける、本を投げる、ソファを蹴りつける......その日はイライラが限界に達し母が大切にしていた皿を投げて割ってしまった。


「チビ何やってるの!?物を投げたら危ないよ」

「っ」


運悪くそれが弥斗に見つかると、俺はなんだか無性に逃げたくなり脱兎の如く走り出す。情けないような、悔しいような、恥ずかしいような.....感情がぐちゃぐちゃでどうすればいいのかわからなくなる。それゆえの逃走だった。

しかし頭のいい弥斗に先回りをされ捕まった。


「どうしたの?チビが物に当たるなんて僕、初めて見たよ」

「うるさい!チビって言うなっ。弥斗には関係ない!離せ!!」


嘘だ。弥斗に関係ある事だ。
嘘だ。離せだなんて、そんなの思ってない。

しかしそんな俺の天邪鬼な気持ちを見透かしたように弥斗は俺を離さなかった。


「僕の目を見て」


ぐいっと顔を手で支えられ、弥斗の真っ黒な瞳と視線が合う。
弥斗の瞳は見ていると落ち着くから好きだった。
俺を見守るように暖かで、赦すように優しくて、諭すように厳しい綺麗な瞳。


「落ち着いた?」

「.....うん」

「そっか。で、どうしたの?」


俺は弥斗に最近感じる疑問やモヤモヤを吐き出した。すると弥斗は小さく「難しいね」と呟き、俺の頭を撫でる。


「チビ、優劣がつくのは仕方ないことなんだ。そこに人が複数にいる時点でどうしても優劣はつく。だけどそれも考え方を変えれば辛いのもなくなるよ?さて問題です。チビは僕より優れている点があります。それはどこでしょう?」

「.....そんなもんねぇよ」

「ぶっぶ~!不正解。正解は足の速さでした!チビは僕より走るの早いよね....さっきも先回りしなきゃ捕まえる事できなかったし」

「ぁ....で、でもっそれだけだろ!?」

「他にも僕より集中力が高いし、感情表現豊かだし、積極的だし......いっぱいあるよ。僕もチビを羨ましいって思うことや、凄いなぁって感心することもある!」

「ぅ、あ」


弥斗には俺がそんなふうに見えていたのか!

(やべぇ、なんかすっげぇ嬉しいっ)

あの弥斗が、俺を羨ましいと、凄いと思ってたなんて!!


「チビは本来自分を卑下、つまり出来ない奴って思うのが受け付けない人なんだ。だからモヤモヤしたりイライラしたりしてたんだと思うよ」

弥斗の言葉に俺のモヤモヤやイライラが消えていく。

「.....まとめると、僕とチビの間に優劣はあるけどそれは1つの部分に限らず広く見れば些細なものってこと。それに基本的に人は他人を羨むように出来てるから、比べるだけ無駄さ。それなら自分が誇れるものを見つけて伸ばす事に目を向けた方がいい......これは僕の自論だけどね」


話を締めくくるように弥斗は俺に笑いかけた。
それを見て感じるのはやっぱり弥斗はすげぇという喜びと、弥斗は俺の事をわかってくれているという何とも言えない感情だった。

俺は目の前でニコニコと笑う弥斗に「やっぱり弥斗は俺を理解してくれる唯一の存在なんだ!」と言う。今の嬉しさを最大限伝えたいという一心での言葉だった。

しかし.....


「じゃあチビは僕の事を理解してくれてるの?」


弥斗の言葉に固まった。

弥斗は俺の事を理解してくれてる。
だが、俺は弥斗を理解しているのだろうか?










理解できてないから....
だから、




【置いていかれるんじゃねぇの?】
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