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過去話 『愛してる』は免罪符たりえるのか

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熱い

頬を伝う濡れた感触

冷たいはずのそれは酷く熱く

伝播するように顔が熱くなる。



赤い

そこは赤が広がっていた。

ピチャ....ピチャ.....

水音がする。

フラフラと歩く度、

跳ねるような音が鳴る。



臭気

鼻の奥をツンと刺激する。

大きく息を吸い込むと嘔吐くほど、

濃い臭い

血腥い匂い。



現実

脳が目の前の光景を否定する。

視界が歪む。

目眩がする。


「いっひひひひ!」


笑い声が木霊する。

心底楽しそうな笑い声が。

どこから聞こえた声だろうか?


雅臣?
重臣?


だが、互いに呆然とした顔が見える。
そこでやっと気づく。


「しげおみ....その色...」

「まさおみ....その頭....」


真っ白だ。
雪を被ったかのように全てが白い。

互いを見つめ合う。知っている顔なのに、知らない色をしている。


「.....この大馬鹿どもが」

「「.......」」


ここでは聞こえるはずのない声に顔を向けた。
仰ぎ見れば、随分と近い距離で宗矩が双子を見下ろしていた。

​─────シュルルル.....

風が渦巻く。双子を護るように、外敵を排除するように、鋭利な風が可視化される。


「身の程を知れ」


だが宗矩はそれだけ言うと風纏う重臣を転ばし踏みつけ、左手で雅臣の首を掴み持ち上げた。

無傷。

触れれば切り裂かれてしまいそうな風に触れても宗矩は傷一つついていなかった。

シュルルと風が止む。


「....全く、面倒な」


意識のなくなった双子。

今この部屋に生者は3人しかいない。






















夢見心地だった。
心がふわふわしていて、
視界はどこかひとつ薄い膜を張ったみたいに
別世界のように見える。

今自身がどこにいるのか?
今自分が何を思っているのか?
今自身が何をしているのか?
今自分が誰といるのか?

なにも、なにもわからない。


雅臣はぼんやりとソレを見る。
​───蹲る子供と、それを囲むように立つ子供達を

重臣はぼんやりとソレを眺める。
​───グズグズと泣いて許しを乞う子供と、ゲラゲラと笑い腕を振るう子供達を


雅臣はぼんやりと考える。
​───強者とはどちらのことを指すのか

重臣はぼんやりと想う。
​───こうはなりたくないと



「うぅ~っ、やめてぇ、やめてよぉ~!痛いことしないでぇ....ぐすっ.....あやまるから.....」



聞こえた声に双子の意識は少しハッキリする。


「なんで....い''だいごと、ひっく...するの....ぐすっ....」
『ゆるしで....うぅっっ、い''だいよぉ....!あや''まるがらっ、い''だいのもうやだぁぁ....っ』


重なる。
この虐められている子供がかつての自分達の姿と重なる。痛みと恐怖に支配され、泣いて謝るしか出来なかった自分達に。


「....なにこいつ?」
「あ!こいつら全然幼稚園に来ないやつらだ!」
「じーちゃんみたいに髪が白い....」
「サボりはダメなんだぞ!」


気づけば雅臣は蹲る子供を守るようにいじめっ子達の前に立っていた。


「.....消えろ」


口をついて出たのはそんな言葉。
雅臣の言葉にいじめっ子達は不機嫌そうに顔を歪める。


「こいつ嫌い」
「俺たちと同じ歳のくせして頭真っ白とか....」
「''シラガ''って言うんだろ!?」
「シラガ!!」


どうやらいじめのターゲットを雅臣に変更したらしい。囲むように雅臣の周りの群がると、口々に悪口を言った。

それでも雅臣は怯むことなく、無表情で言い放つ。


「....なら潰せ。過去を消せ。今を殺せ。弱いオレを否定しろ」


雅臣の頭の中はその言葉で埋め尽くされていた。

蹲る自分。
許しを乞う自分。
泣き叫ぶ自分。
助けを求める自分。
怯える自分。

否定しなければ。
消さなければ。
潰さなければ。

弱者である自分を殺さなければ。


「じゃねぇと、じゃねぇとっ.....父様と母様を殺した意味がねぇじゃねぇか!!!」


意識が覚醒する。
血にまみれた記憶。

切り刻まれた肉親を。
冷たい身体の父様を。
眠るように目を閉じた母様を。

殺した。
強者になるために殺した。


「そうだぜ!雅臣ぃぃぃっ、おれっち達はもう痛めつけられる側じゃない!!」


重臣は叫ぶ。風を纏い。敵意を剥き出しにして。


「もうおれっちを虐める父様と母様はいない!!おれっちは....もう二度とそっち側に行かねぇ」


目を血走らせ、舌なめずりした重臣は纏う風をどんどん膨張させる。張り詰めた風船を思わせる可視化された風は今にも爆発しそうだ。


「​────いけません!!」


異常事態にやっと気づいたらしい教師が駆けてくる。この場にいるのはいじめっ子達だけではない。少し離れた場所にも子供達がいる。

だが重臣にはどうでもよかった。

もう、すでにあの日から....肉親を殺したあの日から重臣のブレーキは壊れている。


「おれっちを傷つけるやつはみーんな嫌い!!死んじまえぇぇぇぇっ」


​─────パァァァァァァンっっっ!!!


耳を劈くような破裂音。
重なる悲鳴。

血飛沫が舞う。
肉片も散る。
赤い雨が降る。


「いっひひひひ!!なぁ雅臣!おれっち....今、全然怖くない!」


赤い涙を流しながら重臣は笑った。












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