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第十章 汝、近づき過ぎることなかれ

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お次は迷路だった。委員長の身長より高い壁で作られた道。死角が多々あり、絶対何かあると確信した。


「.....気ぃ抜くなよ」

「うぅ....心臓はずっとバクバクしてますし、なんだか胃も痛くなってきました」


何度も命を脅かされ酷使された心臓はもちろん、どうしてか胃にまで影響がでている。このお化け屋敷ヤバい。いや、殺しにかかってきてるのでお化け屋敷と呼べないだろう。さしずめデスロードか。

胃を抑えながら最初の曲がり角を曲がる。


曲がった先には小さな台座がポツンと置いてあり、その上に何故か短剣が置いてあった。


「......特に指示書とか置かれてませんね。これは無視していいのでは?」

「どうだろうな。萩野ならそこも読んでくるだろ」

「うーん、短剣を持っていかなかったがために、この先困難が待ち受けている.....とかですかね?」

「有り得る。それか短剣を持ってったが為に罠が発動する....とかな」

「彼なら両方有り得るんじゃないですか?」

「.......そうだな。なら置いてくか。この短剣に仕掛けがないとも限らねぇし」

「わかりました」


委員長を先頭に先へ進む。
このエリアに入ってから一段と辺りが暗くなったように感じる。道も狭くなり、2人並んで歩けないほど。いや、身動きも難しいくらい狭くなっている。委員長なんかは身体を斜めにして道を歩いているくらいだ。この狭さ、苦手な人はパニックになるだろう。

歩いていると不意に、ガリガリと何かを削っているような音が聞こえた。すぐ近くから聞こえている気がして、発生源を探そうと足を止める。しかし僕が足を止めると同時にその音はピタリと止んだ。

なんの音だろう?

少し怖くなり振り返る。しかし後ろには闇しかなかった。

ブルりと震える。手に汗が滲み、その不快な感触を拭おうと、固く握られた拳を開いて、ひら......開かない。金縛りにあっているかのように両手が動かなかった。それに心做しか両手の感覚が鈍い。

強く拳を握りしめているせいだろうか?


「なんだぁ?」

「っ、委員長何かありましたか!?」


すぐ前を歩く委員長の声に飛びつく。気を、気を紛らわそう。そうすれば動くようになる。

自分にそう言い聞かせ委員長の次の言葉を待つ。


「壁になんか書いてあんな。薄暗くて近くに寄らねぇと読めねぇが......『後ろに気をつけてください』だとよ」

「委員長!!実はさっき後ろからガリガリ何かを削る音が聞こえたんですが!!!!」


気のせいかもしれないから言わずにいたが、そんなこと書かれていたんじゃ、もう確定だろう。怖すぎるって!!なんで急にこんなレベル上がってるの!?


「.....前後交代したいが、この狭さじゃ無理だな。何かあったら言え。俺様が撃ち込む」

「はぃ」


暗がりの中、誰かが後ろをつけてきているというシチュエーションには冷静に対処できる。だが、今の状況のようにろくに身動きが取れない環境におかれては、その冷静さも崩れるというもの。
だからこの状況でも冷静に対処できる委員長をホント尊敬する。

僕の言葉で直ぐに撃ち込めるように、委員長は二丁の拳銃を宙に浮かせ、銃口を背後にへと向けた。


「行くぞ。離れるなよ」

「もちろんです」


委員長の背は掴まない。本当は掴みたかったけど、そのせいで動きに制限でもかかったら申し訳ないから。というか僕が委員長の暴力スイッチの餌食になりそうだから掴めない.....。

委員長の後を静かに歩く。

​─────ガリガリ.....

銃声が響いた。
しかし、それは曲がりくねった壁に阻まれたのか、音の発生源を仕留めた様子はない。


「俺様にも聞こえたな。固いものを削るような音だ。.....おかしい。一条のすぐ後ろから聞こえたんだが、誰も居ねぇな。人の気配がない。殺気もない。.....ならギミックか。一条、あまり気にするな。悪質な仕掛けだ」

「は、い.....」


僕の耳が可笑しくなったのかな??後ろからと言うより、右斜め後ろから聞こえている気がする。

されど、口を噤み委員長の言葉に了解を伝える。委員長が『人は居ない』というのだ。それが真実なのだろう。

しかし依然と歩く度にガリガリと異音が鳴るのは変わらない。


少し歩くと、委員長が再度足を止めた。


「また壁に書かれてんな。『他人を、己を信じるな』か。.....また疑心暗鬼を呼ぶようなことを。萩野のやりそうな事だ」

「っ」


胃が、胃がキリキリしてきた!!
萩野君!ここでそういう心理戦を持ってくるのはやめて!!


「お、もうすぐ出口っぽいな。明るくなってきた」

「早く行きましょう!!」


左手でお腹を抑えながら、歩く。
精神的疲労が....!



そして何事もなく広い空間にへと先に抜けた委員長。その後に続いて僕も飛び込むように細道から抜け出した。

開放感に息をつく。
じんわり染みる暗めの光源に安堵する。

そして、委員長の背中に振り下ろさんとする
を視界端に捉える。




​─────ぇ??????



「うっ、わぁぁぁああああああああ!!!」

「はっ?――ッぐ!!!」


なんで!?なんで!!
なんで僕の右手に''短剣''が握られてるの!?
なんで僕は短剣で委員長を刺そうとしてるの!?

委員長は紙一重で避けたが、僕の身体は尚も委員長目掛けて短剣を構えている。


「萩野ォォォォォ!!2秒以内に解かねぇとこのクラス吹っ飛ばすぞ!!2、い――」

「はいはいハイハーイ!!解きました解きました解きましたぁぁぁ!!だからブッパやめてください!!」


どこからかひょっこりと萩野君が現れた。
それと同時に、僕の身体は自由になる。固く握りしめられていた右手も簡単に開き、音を立て短剣が床に転がった。

つまり、あの時、金縛りだと思ってたアレは萩野君の異能で?
台座に置かれた短剣を既に持ってたってこと?

ちょっと待って。だとすると、あのガリガリ音は....。
急いで迷路の中に戻り、スマホをかざす。すると画面の光は壁の傷を浮かび上がらせた。一直線の長い傷。ガリガリ音は状況からして、僕が短剣を壁に押し当て、引きずっていた音ということになる。

暗い空間も、閉塞感を感じる狭い通路も、道中にあった壁に書かれた不安を煽るメッセージも.....あぁ、なるほど。よくできている。平時なら自身の身体の異変にすぐ気づき対処するだろうが、極度の緊張と恐怖の中となるとそうはいかない。

ぐぅ、まんまとハマって少し....いや、めちゃくちゃ悔しい。


「あ''ー.....察しているだろうが、こいつの異能は操ることに長けたものだ」

「イッチーってばビクビクオドオドしてすっごい可愛かったよ~?ごめんねぇ怖がらせて。でも俺ってば他人の恐怖と苦痛に歪む顔が大好物だからさぁ.....」


そう言って萩野君はピアノを弾くように宙に指を走らせた。何をやってるんだと疑問に思ったが、指先から光に反射して何かが漂っていることに気づく。

アレは.....糸??


「んふ~、『しー』だよイッチー」


正解らしい。というかどうやって人の思考を読んでるんだこの人。


「おい萩野。もう少し仕掛けを緩めろ。あれじゃ死者が出てもおかしくない。風紀委員長として危険度の高い出し物を見過ごす訳にはいかねぇ」


萩野君を警戒していると委員長の背によって視界が遮られる。


「大丈夫大丈夫。今回は相手が委員長とイッチーだからギアを最大限まで上げただけで、本来はもっとマイルドだから」

「.....後で人をやって抜き打ちするからな」

「信じてよ~。廊下に並ぶ生徒達見たでしょ?無事生還した人が居るから、ああも長い行列ができるわけで.....」

「黙れ。決定事項だ。口答えするならこのクラスの出し物を完膚なきまでに叩き潰す」


こっわ.....。それって物だけじゃなくて、人も入ってるよね?委員長は相も変わらず過激だなぁ。
萩野君のツギハギ顔が引きつってるよ。


「だがまぁ....いいお化け屋敷だった。.....次行くぞ一条」


委員長が褒めた.....。
委員長が廊下に消えたことを確認すると、萩野君と顔を見合わす。


「アレほんとに委員長?別人じゃない??」


別人と言われ、一瞬''笹ちゃん''の顔が浮かんだが有り得ない為すぐに打ち消す。


「もしかしたらアレが本来の委員長かもしれませんよ?」


昔の彼は、素直だった。今の彼は見る影もないほど捻くれていたが、昔の彼が真っ当に成長すればああなるのではないだろうか?
最近、甘える態度が多くなってきたのは昔の''ヒナちゃん''に戻ろうとしているのでは?

そう思ったけど、萩野君に鼻で笑われた。


「本来の委員長~?それはナイナイ。だって、五大家に産まれて真っ当な性格になるなんて有り得ないからさ。......っていうか許さない」


またしても僕の心を読んだような返しに眉を寄せる。だが何より気になったのは最後に付け加えられた言葉だ。


「許さない?」

「うん。許さない。転がり落ちるならまだしも、這い上がるのは許さない。この世界からイチ抜けしてマトモに生きるだなんて許さない。俺はね、イッチー.....もがけば沈むようなこの世界で、皆と一緒に苦しみ、笑い、そして地の底へ沈んでいきたいんだぁ。だからさ――あんまり余計なことしないでよ」


ねっとりと耳にまとわりつくような狂気が脳を揺らす。掴まれた肩からミシミシと音が鳴り、まるで糸に絡め取られたかのように身体は動かなくなった。


「この世界に救いは必要ないよ、イッチー」


ゆらりと揺らめく激情。
僕は萩野君の瞳の奥に
決して消えることのないだろう





怒りを見た。














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