仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~

天埜鳩愛

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夏祭りの思い出

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 次から次へと少年達が和哉に話しかけてくる。和哉を中心に場が賑わう明るい笑い声が生まれるから、そんな姿を目にすると兄として誇らしくてうれしい。
柚希は屋台で買ったものを手に人々が腰かけているのに習って玉石垣の端っこにちょこんと座る。後輩に慕われている様子の弟を、目の前で微笑みながら見守った。

「あ、あの……、一ノ瀬先輩」

 すると和哉が少年たちに群がられているその後ろから少女がちょこんと顔を出してきた。
赤や桃色の花がついた髪留めを耳の上あたりに止め、精一杯のおめかしが愛らしい。彼女は頬を染めながら意を決したように胸の辺りに拳を握っている。

薄っすら紅が引かれた唇を緊張に震わせ、和哉に向かい何かまだ何か言いたげだ。
少女らしい恥じらいを浮かべた仕草を見れば、和哉に対する思いなど周囲にすぐに透けて見えるだろう。

(この子きっと、和哉のことが好きなんだろうな)

 そう思ってにこにこと微笑んでいようと思ったのに、何故だか一抹の寂しさに見舞われる。和哉は小学生の頃からモテモテだったし、バレンタインなど自宅にチョコを持った子が訪ねてきたこともあった。
 だけどどんなに告白されても和哉が誰かと付き合うことはなく、柚希はそのたびまだ和哉は自分の一番傍に居てくれると、心のどこかで安堵していた。
 だけどそんな風に思うことが果たして正しいことなのかが分からず、口に出したことはない。時が来れば和哉もきっと家族や柚希の元から巣立ってしまう。だけどあと少しだけでいいから、自分の傍に居て欲しい。

(なんて……。『兄弟』にそんな風に思うのって、普通の事なのかな。俺、わかんないや)

 祭りの喧騒の中ではなお、それは小さな声だったが、浴衣姿の少女の一人が少年たちを黙らせるようににらみを利かせ、彼らはみな喋るのを止めた。 

「大学、お忙しいと思うのですが、たまに部にお顔を出してくださると、みんなすごくやる気が出て……。喜ぶと思います」

彼女なりに声を張って話しかけてきた、そんな雰囲気が声に現れていた。
 和哉の肩下あたりまでしか背丈のない少女は、下駄をはいた片足をけんっとつま先で立ててから、くるりと足首を回し、そしてまた足をそろえる。足元の落ち着きのなさに彼女の緊張が見て取れた。

「そうなんですよ。三年生引退して、大会負けてからみんなちょっとだらだらしちゃって……。このところすごく暑かったし。先輩が見に来てくれたら絶対気合入ると思います!」

 援護射撃をしてきたのは真っ黒に日焼けした藍染の浴衣の方の少女だった。
もう一人の少女の両肩を後ろから握ってがくがく揺さぶりながら、盛り立ててくる。しかし残念ながらその勇気は空ぶってしまったようだ。
 
「そうか、ごめんな。お盆明けもバイトがびっしり入ってて、中々顔を出すのは難しいかな」

 和哉は柚希と喋る時より落ち着いた抑揚で彼女たちに丁寧に詫びていた。柚希の知らない和哉の横顔に、少しだけ気持ちが波立つ。


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