甘い束縛 ~ 薔薇とクレマチス

天埜鳩愛

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「先ほどお伝えした通り、僕はまだ鉄線の作品を読んではいません。そもそも鉄線名義の書籍はあれが最初で最後と聞いております。紫仙といったら絵画や小説のイラスト、本景寺の襖絵なんかが有名ですが、何故鉄線で、なぜあの話を選んだのですか?」

 いきなり核心に触れる質問だったようだ。彼女は膝の上に重ねて置いていた拳をぎゅっと引き絞ると覚悟したようにつらつらと語り始めた。

「私が初めに興味を持ったのは、紫仙先生の連作である「薔薇炎(そうびえん)」シリーズに魅せられたからです」
「ああ、『薔薇炎』。祖父の薔薇、千朱を描いたシリーズですよね」

 祖父の薔薇をこよなく愛していた紫仙が描いた薔薇のシリーズだ。実は公開されていない一枚は薔太の部屋に飾ってある。広げた両手に載るほどの小さな作品で、紫仙自らが彫金を施した額に入れられている。それは祖父へと紫仙が感謝を込めて描いた作品なのだそうだ。
 そのことには触れず、薔太は頭の中であの美しい紅色と背景の深い海のような青を思い浮かべた。

「一枚の薔薇が蕾から咲き、朽ちていくまでの九枚ですが、花の九相図のようだと評されていますよね。私はあの背景にある穏やかだったり嵐になったりする空に深い情念を感じて……。まるで叶わぬ恋の始まりから終わりの様に受け取ったんです」
「……なるほど」

 絵画の受け取り方は様々だろうが、確かに穏やかな紫仙の作風の中であれは異質な作品で、少し前に引き受けた寺の襖絵を書く前の習作だったのではないかといわれている。寺の襖絵はやはり紫仙得意の美人画で描かれた艶めかしい『九相図』だ。
 高貴な女性が朽ち、膿み、土にかえるまでの生々しい絵画は子どもの薔太には怖ろしく映った。

「清廉な絵を描く紫仙が初めて感情を露わにした絵のようで、気になってしまって。彼の生い立ちから亡くなるまでの彼の人生を研究のテーマの一環として調べてみたんです」

 文化人だった紫仙は戦争には取られず、復員した祖父と再会したのは戦後だったとは聞いている。戦後に母が生まれて祖母が亡くなり、今ほど父子家庭に援助の手が差し伸べられる時代ではなかった。遠い故郷の家族は戦争でみな亡くなり、祖父が頼るべき相手は紫仙より他にいなかったのだという。
 正直二人の過去について薔太が知っているのはこの程度だ。成人を機に紫央に順を追って話を聞いてみたいと思ってはいたが、紫央は常に忙しくてまだ叶っていない。

「言いづらいことなのですが。薔太さん、貴方の出生に関わるお噂って御存じですか?」
「俺の、出生?」
「非常に申し上げにくいのですが……」

 彼女が言い淀んだ途端、大場が横から口をはさんできた。

「君のおじい様と紫仙とは親友であったが、学生時代に君のおばあ様を巡っての三角関係だったともっぱらの噂だ。紫仙は戦前からの富豪の一人、パトロンの葛城氏の娘との縁談が決まっていたから彼女を諦めたというが、元々先に恋人関係にあったのではないかという話だ」
「え……」

 それは初耳だった。ならば祖父と紫仙は祖母を巡って恋敵の関係にあったということになる。

「でも……。祖父と紫仙先生はとても仲が良かったですし、幾らなんでも恋敵のところに身を寄せるなんて……。俄に信じがたいです」
「だろうな。だがかつての親友が困窮し、かつて愛した女性の忘れ形見を連れてやってきたら、手を差し伸べたくなるのが人の情というものだろう。だがね」

 眼鏡の奥で大場の瞳が餌を見つけた猛禽の様に光った。薔太は明け透けにじろじろと見つめてくる視線が煩わしく感じた。

「なあ、野木君。片桐鉄線名義で書かれた『甘い束縛』に出てきた母子のモデルは、実は母子じゃなくて親友とその娘。父娘だったんじゃないかって研究者の間では有名な話だ」
「父娘……」

 薔太はその言葉に察して暫し押し黙る。教授はまたあのシニカルな笑みを浮かべたまま薔太の顔を覗き込んできた。

「君はおじいさん似なのか?」
「いえ。俺は……。どちらかといえば母親似です。祖母にも似ているといわれます。祖父はあの時代の人にしては六尺近い大柄な人でしたから」

 そう、身体の大きさで言えば紫央の方が祖父に近いし、自分はどちらかといえば背格好は紫仙に似ている。教授が言いたいことを図りかね、薔太は無意識に両腕の肘を摩る。

「そうか。では、かなりの偉丈夫だったのだろうなあ。紫仙先生はちょっと、ぞくっとするような色気のある優男だった。あの小説の通りの関係ならば、鉄線……、紫仙は君のおばあ様に長い間懸想をしていたんじゃないかってことだよ。亡くなった後は、その娘に」
「え……」

 とんでもない話だ。それでは紫仙が親友の娘に手を付けたということになる。だが頭の中に浮かんでいた符号が次々と合わさっていく。
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