香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

駆け引きと誘惑2

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「セラ、本当にやめとけ。あんたにも立場ってものがあるだろ? エドモンドさん、とにかく一度署でお話を聞きましょうか? ほら、行くぞ」

 ジルはその場を早く去るために、気持ちにけりをつけながしてベラを急かした。
 ベラはジルの腕をさもなく振り払うと、乱れた髪を手早く整えて破れた裾を裁くようにして毅然とした表情で寝台から降りる。

「じゃあ、また会いましょね? セラフィン。ヴィーオ」


 セラフィンの部屋はこの規模にしては瀟洒な造りのアパートメントの三階にある。柵をガシャンと閉めてエレベーターに乗って二人で降りていくのは急に舞台を下ろされた役者のような、なんだか間抜けな気分だった。

むしゃくしゃした気持ちを紛らわすため、ジルはわざと鷹揚な雰囲気を気取って、すぐ横にある何を考えているのかわからない女の手ごわそうな顔に向かい茶化した。

「アンタ、本当に招かれざる客だろ? 知ってるか。セラの家は土足厳禁なんだよ」
「あら? あなただって土足だったじゃないの」
「俺はいつもはちゃんと脱いでいる。あんたを掴まえるためだよ」

 エレベーターは三階からがたんと大きな機械音を立て直ぐに地上階に到着し、エントランスで待っていた他の署員に彼女と共に迎え入れられた。

「本当に警官だったのね? 私の部下はどこにいるのかしら?」
「先に署の方で待っていただいていますよ。貴女の車はこのままここに置いて行って、こちらの用意した車両で参りましょう」

「貴方凄く無駄なことをしているわよ? すぐにテグニ国の領事館に電話をして大使を叩き起こして」

「朝になったらすぐに。今晩は俺と共に過ごしましょう。セラの昔話も込みで、俺に話を聞かせてください」

 そういうと芝居がかった仕草で黙っていれば貴婦人然とした彼女を丁寧に車までエスコートし、自らも後部座席に隣同士に乗り込んだ。
彼女の素性は実はここに来る前、不審な車が止まっていると気が付いて署に連絡を入れた時、同時にセラフィンの兄であるバルクに連絡を取り直接聞き出していた。

(テグニ国の名家の出身で、かつては諜報部員だった女。そもそもの容疑が元恋人の家で暴れていた程度しか固まっていなけりゃ、朝に領事館に連絡を入れたら即釈放だろうな)

 最早時間は真夜中に近くなっていた。車の窓を薄く開け頭を冷やすように、夏でも夜にはひんやりとする吹き込んできた風を吸い込む。ジルは明日の朝までのつかの間の時間でどこまで彼女から話を聞きだせるだろうかと考えた。

「じゃあ、代わりに私も……。帰国してからのセラの話を聞こうかしら」

 するとなぜか彼女の方から歩み寄るような姿勢を見せてきたのでジルは表情豊かな垂れ目を少し見開く。

「いいですよ。いくらでも。貴女が素直に色々答えてくださるのなそれを受け流し、肉食獣のようにも感じる恐ろしくも凄艶な表情で二個りと笑う。

「貴方はずいぶんとセラに打ち解けられているみたいね? 人との間に壁を築きたがるあの子が、セラって呼ばせる相手はよほど親しいものだけよ」
「それはおほめにあずかり光栄です」

 それはそうだ。ジルはセラフィンの特別として傍にい続けるために、この6年努力を惜しむことはなかった。初恋のポスターの人物に生き写しの、双子の弟。初めは彼の見た目にばかりを意識しては心をときめかせていたが、次第に不器用で実は人一倍傷つきやすく一途なところがある彼の気質を好きになっている自分がいた。そんな彼を愛し、自分の休暇をつぎ込んで彼の調査に同行したし、危ない目に合いそうなときは共に身体を張ってきた。

「貴方見たとこ中々見どころありそうなアルファなのに、同じアルファの彼の傍に邪魔にもされずにずっといられたのはどうしてかしら」
「俺は貴女と違ってセラに無理強いをしなかったからじゃないですかね?」

 本当は身体も心も手に入れたかったが、セラフィンが先を拒むすれすれの線を攻めては引き、それでもジルのことは手放せなくなりそうなぎりぎりの線をついてきたのだ。彼の方からそっぽを向かれてはこの関係は破綻すると思っていたからずっと優しく、お調子者で、強引だけれど引くときは引く。およそ都合のいい男であり続けたのだ。

(本当はセラがオメガだったら今すぐにでも項に噛みついて俺のものにしてやるのに)

 しかしそんな欲望は同じアルファでありセラを愛したことがあるベラにはお見通しだったようだ。

「そうかしら? そういうやせ我慢は、あんなもの欲し気な顔をしてセラを眺めるのをやめてから言えば? あの子は人の欲を駆り立てるようなところがあるのよ。それが魅力でしょ? 手に入りそうで入らないところも含めてね。でもまあ、ふふ。もうじき暗示も解けそうよ」

 ジルは忌々し気に迫力ある美貌を睨むと明るい黄色の髪をくしゃくしゃにかきあげた。

「あの二人、番になるだろうな。くそっ」
「ふふ。やっぱりそうよね? 貴方だって、セラを自分のものにしたかった。私と同じね。私はセラに女の自分も愛してほしかったからセラを『女の子』にしなかったの。でもどうかしら。貴方はどんなふうにセラを愛したかったのかしら」

 それは長らく誰にも言えず、勿論セラにも冗談めかしてしか仄めかさなかった、ジルの本音。彼女にそれを言い当てられ、しかしジルは全くとりつくろわなかった。
 なぜか彼女の前では取り繕わずに強欲な本性を晒したジルの醜いほどに生々しい表情を、逆にベラは気に入ったようだ。
 するっと先ほどはセラフィンを傷つけた赤い爪をジルの逞しく筋肉の筋が浮き出た二の腕に這わせた。

 ジルはその手が気に障り、荒っぽく振り払うが、彼女はまるで懲りなかった。
 こちらを向いたジルの荒々しい感情を映した瞳を覗き込むようにして無理やり視線を合わせてくる。互いの身体から沸き立つアルファのフェロモンに、運転をしていた若い署員はバックミラー越しに震えあがると車のスピードを落として人気のない道をやや蛇行する。

 ベラが並の男ならばすぐに劣情を借り立たせられそうな豊かな胸元を見せつけ、ジルを誘惑する台詞を艶めかしく吐いた。

「ねえ、いいわよ……。貴方にだけ、セラフィンへの暗示の掛け方を、教えてあげる。それをどう使うかは……。貴方に任せるわね?」
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