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再会編
甘い毒
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嵐のように二人が去ったあと、セラフィンはすぐさまヴィオに抑制剤を投薬するため立ち上がろうとした。しかしセラフィンの膝の上で脚をそろえて横座りしていたその身をよじりながらヴィオがセラフィンの首にしがみついてきたためあえなく断念する。身体に腕を回し抱きしめ返すと肉づきの薄い身体が小刻みに震えているのがわかった。
「い、いかないで」
(怖い思いをさせてしまったな……)
山里で育ったヴィオがどの程度アルファや番制度に対して知識があるのかは分からない。しかし中央のオメガたちのように自ら進んで首輪をしない辺りから、今までオメガとしてはそれほど恐ろしい目に合わずにきたのだろうか。
抱きかかえなおそうとセラフィンが身じろぎすると、硬い膝上から下ろされると思ったのか、ぎゅうっと裸のセラフィンの胸に顔をうずめて抵抗を試みる。勿論しがみつく彼をセラフィンが手放せるはずもなく、せっかく綺麗に結い上げてもらってきた髪がほつれ、汗でしっとり頬についているのをすいてやった。
「このまま、このままがいい」
涙交じりの声は憐れを誘うがだからと言って仄暗い寝室で抑制剤が切れて数時間立ったうら若いオメガと、番を持たない男盛りのアルファがこのまま抱き合い続けてよいはずもない。
「抑制剤を取りに行くだけだから」
「せんせい、だめ。どこにもいっちゃだめ」
セラフィンは聞き分けなさいと言外に匂わせるが、ヴィオは顔を上げると咲く花より鮮やかでふわっと柔らかそうな唇を震わせながら、宝石よりもなお煌く瞳からぽろっと大粒の涙を零した。その美しい瞳に見据えられたら言葉も出ない。
それは熱に浮かされたような、もしくはどこか夢を見ているような頼りなげで庇護欲をそそられる表情だった。不安定で未熟なオメガである彼がアルファのフェロモンにあてられて、気だるげに小さくはあはあと息をつくから、あの日車を追いかけてきたヴィオがついにセラフィンに追いついてきたような錯覚を覚える。
汗ばんだ肌からさらに強く甘くも清冽な香りがくゆり、互いに胸元をはだけさせられていたため、触れ合う滑らかな素肌は火傷しそうな熱さだ。
出会ったころすら、幼いながらも神秘的で目が離せなくなる魅力を持った愛くるしい少年だったが、成長した今では蠱惑的とさえ表現できる姿で年の離れた男を一瞬で惑わせる。
しかし本人には誘惑している自覚はまるでないのだろう。ベラにより傷つけられたセラフィンの首元や胸に残る赤黒い跡にたどたどしく指を沿わせてまた泣きぬれている。
「先生、痛かったよね。こんなに沢山傷がついてるよ」
「私は大丈夫だから。とにかく薬を飲んで休みなさい」
ヴィオの熱い指先。そのそよぐほどの僅かな刺激すら、悩ましい香りと共にじりじりと焼けつくような欲に直結していく。医師という仕事柄。抑制剤の服用を切らしたことのないセラフィンさえこうなのだから、そうでないアルファにはこの香りは甘い毒ともいえるだろう。
(中毒になりそうな、理性が焼き切れそうになる香り……。こんなに愛らしく純真なお前から香るのに……、淫らなほどたまらなく甘い)
セラフィンは薄く唇を開け舌先で自らの犬歯の先を舐めつつ、素知らぬ顔をして擦り寄るヴィオのつむじに、続いて涙ごと瞼に、口づけを落とす。甘く優しい仕草にヴィオは心地よさげな顔をして目を細めたが、内心は目の前の獲物に噛みついたらどんなに甘美な味がするだろうと、美しい獣はそんな凶暴な衝動に飲まれそうになる。
(俺が一番、ヴィオにとって危険な生き物だ)
まだそんな風に思えるうちに、取り合えず抑制剤を求め隣の部屋に移動しようと、ヴィオを横抱きに抱えたままゆっくりと立ち上がる。手足の感覚は戻っていると思ったし、ヴィオの香りを嗅いでいると不思議と力が湧き上がってくる心地がした。本能とか野性とか、そういったものが臓腑の奥から熱く湧き上がってくるようだ。
抱き上げ間近で目が合うと怠そうにしていた身体を押して、梢から零れる光のような眩い笑顔で答えてくれる。胸が熱くなり、この子のために生きたいと切に思った。
ヴィオはもちろん、幼いころのように片腕で抱えられるほど軽くはないが、それでも身長してみたら軽い方だろう。ウェイトから考えるとなぜ強盗犯を捉えられるほどの鋭い蹴りをなぜ見舞えたのか不思議なほどだが、そこはフェル族ドリ派の瞬発的に膂力を増幅できる力と母方のソート派の地上に舞い降りた鳥の如くといわれる俊敏さ故だろう。
リビングまで花嫁を運ぶように恭しくヴィオを抱えて歩くと、高揚感とともに誇らしい気持ちすら浮かぶ。やっと欠けていたものが見つかったような、そんな充足感。ヴィオは半ば睫毛を伏せて、くにゃりと力が抜けた身体を水に揺蕩う水草のようにセラフィンに身を任せている。
「せんせい、いい匂いだね。昔から先生はいい匂い。初めて会った時、せんせいに借りた白いお洋服。すごくいい匂いがして、本当は着たまま包まって寝たかったけど姉さん返してきなさいって言われたんだ。だから服を返しに行こうと思って。それで布団も持っていったらせんせいお部屋で一緒に寝かしてくれるんじゃないかなあって思った。一緒に寝たね」
ふふっと吐息で笑いながら心なしか舌っ足らずで幼い口調に戻ったヴィオは、すんっとセラフィンの首筋の匂いを嗅いで、ふるっと身体を震わせた。
「あっ。あぁ」
蕩けた表情から急に足をもじもじとさせ顔をさらに赤らめたので怪訝に思いながらも、セラフィンはゆっくりと低い位置にあるソファーに下ろしてやる。薬はヴィオの愛用している、セラフィンが学生時代に使っていたお古のショルダー型のバックにはいっている。玄関にあるそれを取りに行こうとセラフィンは身を起こしたが、急にヴィオは恥ずかしそうな顔をしながら座った位置で届くセラフィンの脚を向こうにやるように押し出した。
「せんせい、くすりとってきて。あっちいって」
「い、いかないで」
(怖い思いをさせてしまったな……)
山里で育ったヴィオがどの程度アルファや番制度に対して知識があるのかは分からない。しかし中央のオメガたちのように自ら進んで首輪をしない辺りから、今までオメガとしてはそれほど恐ろしい目に合わずにきたのだろうか。
抱きかかえなおそうとセラフィンが身じろぎすると、硬い膝上から下ろされると思ったのか、ぎゅうっと裸のセラフィンの胸に顔をうずめて抵抗を試みる。勿論しがみつく彼をセラフィンが手放せるはずもなく、せっかく綺麗に結い上げてもらってきた髪がほつれ、汗でしっとり頬についているのをすいてやった。
「このまま、このままがいい」
涙交じりの声は憐れを誘うがだからと言って仄暗い寝室で抑制剤が切れて数時間立ったうら若いオメガと、番を持たない男盛りのアルファがこのまま抱き合い続けてよいはずもない。
「抑制剤を取りに行くだけだから」
「せんせい、だめ。どこにもいっちゃだめ」
セラフィンは聞き分けなさいと言外に匂わせるが、ヴィオは顔を上げると咲く花より鮮やかでふわっと柔らかそうな唇を震わせながら、宝石よりもなお煌く瞳からぽろっと大粒の涙を零した。その美しい瞳に見据えられたら言葉も出ない。
それは熱に浮かされたような、もしくはどこか夢を見ているような頼りなげで庇護欲をそそられる表情だった。不安定で未熟なオメガである彼がアルファのフェロモンにあてられて、気だるげに小さくはあはあと息をつくから、あの日車を追いかけてきたヴィオがついにセラフィンに追いついてきたような錯覚を覚える。
汗ばんだ肌からさらに強く甘くも清冽な香りがくゆり、互いに胸元をはだけさせられていたため、触れ合う滑らかな素肌は火傷しそうな熱さだ。
出会ったころすら、幼いながらも神秘的で目が離せなくなる魅力を持った愛くるしい少年だったが、成長した今では蠱惑的とさえ表現できる姿で年の離れた男を一瞬で惑わせる。
しかし本人には誘惑している自覚はまるでないのだろう。ベラにより傷つけられたセラフィンの首元や胸に残る赤黒い跡にたどたどしく指を沿わせてまた泣きぬれている。
「先生、痛かったよね。こんなに沢山傷がついてるよ」
「私は大丈夫だから。とにかく薬を飲んで休みなさい」
ヴィオの熱い指先。そのそよぐほどの僅かな刺激すら、悩ましい香りと共にじりじりと焼けつくような欲に直結していく。医師という仕事柄。抑制剤の服用を切らしたことのないセラフィンさえこうなのだから、そうでないアルファにはこの香りは甘い毒ともいえるだろう。
(中毒になりそうな、理性が焼き切れそうになる香り……。こんなに愛らしく純真なお前から香るのに……、淫らなほどたまらなく甘い)
セラフィンは薄く唇を開け舌先で自らの犬歯の先を舐めつつ、素知らぬ顔をして擦り寄るヴィオのつむじに、続いて涙ごと瞼に、口づけを落とす。甘く優しい仕草にヴィオは心地よさげな顔をして目を細めたが、内心は目の前の獲物に噛みついたらどんなに甘美な味がするだろうと、美しい獣はそんな凶暴な衝動に飲まれそうになる。
(俺が一番、ヴィオにとって危険な生き物だ)
まだそんな風に思えるうちに、取り合えず抑制剤を求め隣の部屋に移動しようと、ヴィオを横抱きに抱えたままゆっくりと立ち上がる。手足の感覚は戻っていると思ったし、ヴィオの香りを嗅いでいると不思議と力が湧き上がってくる心地がした。本能とか野性とか、そういったものが臓腑の奥から熱く湧き上がってくるようだ。
抱き上げ間近で目が合うと怠そうにしていた身体を押して、梢から零れる光のような眩い笑顔で答えてくれる。胸が熱くなり、この子のために生きたいと切に思った。
ヴィオはもちろん、幼いころのように片腕で抱えられるほど軽くはないが、それでも身長してみたら軽い方だろう。ウェイトから考えるとなぜ強盗犯を捉えられるほどの鋭い蹴りをなぜ見舞えたのか不思議なほどだが、そこはフェル族ドリ派の瞬発的に膂力を増幅できる力と母方のソート派の地上に舞い降りた鳥の如くといわれる俊敏さ故だろう。
リビングまで花嫁を運ぶように恭しくヴィオを抱えて歩くと、高揚感とともに誇らしい気持ちすら浮かぶ。やっと欠けていたものが見つかったような、そんな充足感。ヴィオは半ば睫毛を伏せて、くにゃりと力が抜けた身体を水に揺蕩う水草のようにセラフィンに身を任せている。
「せんせい、いい匂いだね。昔から先生はいい匂い。初めて会った時、せんせいに借りた白いお洋服。すごくいい匂いがして、本当は着たまま包まって寝たかったけど姉さん返してきなさいって言われたんだ。だから服を返しに行こうと思って。それで布団も持っていったらせんせいお部屋で一緒に寝かしてくれるんじゃないかなあって思った。一緒に寝たね」
ふふっと吐息で笑いながら心なしか舌っ足らずで幼い口調に戻ったヴィオは、すんっとセラフィンの首筋の匂いを嗅いで、ふるっと身体を震わせた。
「あっ。あぁ」
蕩けた表情から急に足をもじもじとさせ顔をさらに赤らめたので怪訝に思いながらも、セラフィンはゆっくりと低い位置にあるソファーに下ろしてやる。薬はヴィオの愛用している、セラフィンが学生時代に使っていたお古のショルダー型のバックにはいっている。玄関にあるそれを取りに行こうとセラフィンは身を起こしたが、急にヴィオは恥ずかしそうな顔をしながら座った位置で届くセラフィンの脚を向こうにやるように押し出した。
「せんせい、くすりとってきて。あっちいって」
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