96 / 222
略奪編
カイ2
しおりを挟む
未だに地方にはオメガに売春をさせる宿があり、戦中派といわれる軍でも実際に戦闘経験があるのを自慢しいしい話してくるような上の世代はそういう場所に出入りしていたのを誇らしげに話してくる。しかしカイたち若い世代にはどうにも相いれない。
『オメガの匂いは俺たちベータでもわかるけど、アルファのお前が嗅いだらもう病みつきなほどたまらなくいい香りに感じて、その中でも絶対この子だって思う様な、なんだ、あれだ。「野生の勘」ってやつが働くってさ。お前フェル族だし、勘とか凄そう。かの有名な師団長「ラグ・ドリ」はお前の叔父さんな? 南の楽園ハレヘのものすごい綺麗な男のオメガと運命の番だったのではっていわれているんだってさ』
叔父が有名人である話はそれこそ聞き飽きすぎて嫌になるほだったが、この先輩もどうやら叔父の信奉者の一人だったようだ。
通りでカイを見る目がやたらと熱心だと思った。そういうものたちはどこかカイの向こうに叔父の姿を透かし見ているらしい。カイはラグの若い頃をなぞったようによく似ているのだ。
しかし皆は知らない。叔父にはかつて里に妻と子がいて、里長の一族にはヴィオと、ラグの息子がカイの従兄として同じ年に生まれていた。その年は祝い事が続いて里がとても賑やかに華やいだものだった。二人がアルファとオメガであったならば将来は番に、などという話も出ていたぐらいだ。
年を越した二月に雪崩が起きたから、ラグが帰省した時の晩秋の宴が幼心に残るあの里での最後の楽しい思い出となった。それをこうして見ず知らずのものからラグには他所に運命の番がいたなどという風に言われてカイの心中は穏やかでいられなかった。
「運命なんて……。そんなものよりも自分が大切だと思う人を俺は守っていきたい」
「へえ、お前、里に好きな子でも残してきているのか? じゃあ今カイのことが好きだって言ってる子たちに諦めるように言わないとなあ」
(好きな子? 大切に思う子は好きな子ってことなのか?)
カイにとって故郷にいるリアとヴィオが大切に思う子であるし、一族はアルファの番は昔から家長が決めることが習わしでもある。カイはアガを尊敬しているのでアガの判断に従いたいと思っていた。
カイにとって父親の代わりとして蔭に日向に母と自分たち姉弟を助けてくれた伯父のアガの子どもたちである二人を大切に想うのは当たり前であったし、それをただ軽く好きな子と言われても心境的には腑に落ちなかったが。
そんな意識が変わり始めたのはいつの頃だったか。
ヴィオが急激に身長が伸び始める手前、12歳の頃夏に街で暮らしている里の出身の若者たちと共に帰省した時だった。
ヴィオはカイが到着する直前に来ていたという珍しい中央からの客人にとても懐いていたらしく、カイたちが滞在中に入れ替えるように帰っていった彼らを思い塞いでいた。その晩もカイたちの宴席が設けられていたというのに部屋に閉じこもって出てこなかった。
アガにもリアにも放っておけと言われたがカイは気になって様子を見に行ったのだ。
ヴィオは布団の上で母親の形見の赤いショールを被った状態で眠っていた。目元はこすり赤くなって痛々しく、泣き疲れて眠ったのか正体もなくして腕はだらりと寝台から落ちている。その人に書いてもらったのかノートに几帳面で流麗な文字とヴィオのあどけない字が並んで書かれた手習いがしてあり、それを逆の手で大事そうに抱えている。
頭だけ赤い布で花嫁のベールのように覆い、身体は風邪をひきそうなほどなにもかけずに臍さえ出して横たわっていたのでカイが近づいて布団をかけてやろうとヴィオの横に大きな身体を大きく屈めた。すると不意に甘い香りが漂ってきたのだ。
(これは……)
はじめはよい香りのする高級な石鹸かと思った。寮の同室の先輩が彼女に上げたいからついてきて欲しいと無理無理連れていかれた煌びやかな店は全体がこんな感じの匂いがしていた。(カイもリアにちゃんとお土産を買ってあげたが)
石鹸の香りに、小さなゆかしい花を思わせるようなひそやかで透明感のある香り。この香りをずっと嗅いで包まれていたくなって思わずヴィオの首筋に鼻先を近づけてしまった。ゆっくりと赤いショールをはいで、基地でも街でもついぞ見かけないほど里の女たちの蠱惑的で肉感的な姿形に劣らぬ美しい顔を露わにしてみる。
睫毛は長く黒々としていて。鼻筋もしっかり通った骨格に、今はくしゃくしゃだが光に当たると黒からグレーのように光が透過するガラス質に輝く髪。自分を甘い声で呼んでくれるぽってりとした赤い唇。
小さな頭の横に腕をたて、そのふんわりとした赤に惑わされ、吸い寄せられるように顔を近づけていったら、ヴィオが身じろぎしたので正気に返る。
「んっ……」
あえかな吐息が色めいて聞こえて、カイは飛び上がるようにして身を起こすと、自分の口元に手を当ててまだ幼い従兄弟を見下ろした。
(俺は何をして……。相手はヴィオだぞ?)
おしめさえかえてやった小さな男の子相手になにをしているんだと、自分で自分が恐ろしくなった。
しかし改めてまじまじと泣きぬれ目元に朱がさしたのが気だるげで、少し艶っぽくすら見える痛ましい寝顔を盗み見た。
その答えを探す中で頭に浮かんだのはあの先輩の言っていた言葉。
(『運命の、番?』)
この子を自分の物にしたい。
そんな直観的な衝動が沸き起こったのはそれが最初で。
その時からカイは、ヴィオをただの従弟とだけは見られなくなっていた。
『オメガの匂いは俺たちベータでもわかるけど、アルファのお前が嗅いだらもう病みつきなほどたまらなくいい香りに感じて、その中でも絶対この子だって思う様な、なんだ、あれだ。「野生の勘」ってやつが働くってさ。お前フェル族だし、勘とか凄そう。かの有名な師団長「ラグ・ドリ」はお前の叔父さんな? 南の楽園ハレヘのものすごい綺麗な男のオメガと運命の番だったのではっていわれているんだってさ』
叔父が有名人である話はそれこそ聞き飽きすぎて嫌になるほだったが、この先輩もどうやら叔父の信奉者の一人だったようだ。
通りでカイを見る目がやたらと熱心だと思った。そういうものたちはどこかカイの向こうに叔父の姿を透かし見ているらしい。カイはラグの若い頃をなぞったようによく似ているのだ。
しかし皆は知らない。叔父にはかつて里に妻と子がいて、里長の一族にはヴィオと、ラグの息子がカイの従兄として同じ年に生まれていた。その年は祝い事が続いて里がとても賑やかに華やいだものだった。二人がアルファとオメガであったならば将来は番に、などという話も出ていたぐらいだ。
年を越した二月に雪崩が起きたから、ラグが帰省した時の晩秋の宴が幼心に残るあの里での最後の楽しい思い出となった。それをこうして見ず知らずのものからラグには他所に運命の番がいたなどという風に言われてカイの心中は穏やかでいられなかった。
「運命なんて……。そんなものよりも自分が大切だと思う人を俺は守っていきたい」
「へえ、お前、里に好きな子でも残してきているのか? じゃあ今カイのことが好きだって言ってる子たちに諦めるように言わないとなあ」
(好きな子? 大切に思う子は好きな子ってことなのか?)
カイにとって故郷にいるリアとヴィオが大切に思う子であるし、一族はアルファの番は昔から家長が決めることが習わしでもある。カイはアガを尊敬しているのでアガの判断に従いたいと思っていた。
カイにとって父親の代わりとして蔭に日向に母と自分たち姉弟を助けてくれた伯父のアガの子どもたちである二人を大切に想うのは当たり前であったし、それをただ軽く好きな子と言われても心境的には腑に落ちなかったが。
そんな意識が変わり始めたのはいつの頃だったか。
ヴィオが急激に身長が伸び始める手前、12歳の頃夏に街で暮らしている里の出身の若者たちと共に帰省した時だった。
ヴィオはカイが到着する直前に来ていたという珍しい中央からの客人にとても懐いていたらしく、カイたちが滞在中に入れ替えるように帰っていった彼らを思い塞いでいた。その晩もカイたちの宴席が設けられていたというのに部屋に閉じこもって出てこなかった。
アガにもリアにも放っておけと言われたがカイは気になって様子を見に行ったのだ。
ヴィオは布団の上で母親の形見の赤いショールを被った状態で眠っていた。目元はこすり赤くなって痛々しく、泣き疲れて眠ったのか正体もなくして腕はだらりと寝台から落ちている。その人に書いてもらったのかノートに几帳面で流麗な文字とヴィオのあどけない字が並んで書かれた手習いがしてあり、それを逆の手で大事そうに抱えている。
頭だけ赤い布で花嫁のベールのように覆い、身体は風邪をひきそうなほどなにもかけずに臍さえ出して横たわっていたのでカイが近づいて布団をかけてやろうとヴィオの横に大きな身体を大きく屈めた。すると不意に甘い香りが漂ってきたのだ。
(これは……)
はじめはよい香りのする高級な石鹸かと思った。寮の同室の先輩が彼女に上げたいからついてきて欲しいと無理無理連れていかれた煌びやかな店は全体がこんな感じの匂いがしていた。(カイもリアにちゃんとお土産を買ってあげたが)
石鹸の香りに、小さなゆかしい花を思わせるようなひそやかで透明感のある香り。この香りをずっと嗅いで包まれていたくなって思わずヴィオの首筋に鼻先を近づけてしまった。ゆっくりと赤いショールをはいで、基地でも街でもついぞ見かけないほど里の女たちの蠱惑的で肉感的な姿形に劣らぬ美しい顔を露わにしてみる。
睫毛は長く黒々としていて。鼻筋もしっかり通った骨格に、今はくしゃくしゃだが光に当たると黒からグレーのように光が透過するガラス質に輝く髪。自分を甘い声で呼んでくれるぽってりとした赤い唇。
小さな頭の横に腕をたて、そのふんわりとした赤に惑わされ、吸い寄せられるように顔を近づけていったら、ヴィオが身じろぎしたので正気に返る。
「んっ……」
あえかな吐息が色めいて聞こえて、カイは飛び上がるようにして身を起こすと、自分の口元に手を当ててまだ幼い従兄弟を見下ろした。
(俺は何をして……。相手はヴィオだぞ?)
おしめさえかえてやった小さな男の子相手になにをしているんだと、自分で自分が恐ろしくなった。
しかし改めてまじまじと泣きぬれ目元に朱がさしたのが気だるげで、少し艶っぽくすら見える痛ましい寝顔を盗み見た。
その答えを探す中で頭に浮かんだのはあの先輩の言っていた言葉。
(『運命の、番?』)
この子を自分の物にしたい。
そんな直観的な衝動が沸き起こったのはそれが最初で。
その時からカイは、ヴィオをただの従弟とだけは見られなくなっていた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
二人のアルファは変異Ωを逃さない!
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります!
表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡
途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。
修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。
βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。
そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡
【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~
一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。
そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。
オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。
(ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります)
番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。
11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。
表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)
ちゃんちゃら
三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…?
夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。
ビター色の強いオメガバースラブロマンス。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
Accarezzevole
秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。
律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。
孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。
そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。
圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。
しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。
世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。
異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。
【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる
grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。
幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。
そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。
それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。
【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】
フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……?
・なぜか義弟と二人暮らしするはめに
・親の陰謀(?)
・50代男性と付き合おうとしたら怒られました
※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。
※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。
※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる