香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
97 / 222
略奪編

カイ3

しおりを挟む
 カイには故郷に想う子がいるというのが軍の若者が暮らす寮で知れ渡っていったのは、彼が部屋の枕元に大事に飾っていた美しい姉弟の二人が映る写真を同室のものに見つけられたからだ。

 素人の撮った下手くそな写真だったが、フェル族特有の肉感的な色気に溢れた気の強そうな美女と、少し幼げな顔をしたしかし同じ男とは思えぬほど麗しい少年の写真は評判となり、その辺の映画女優よりも美しいじゃないかと、どうしても焼き増しして譲って欲しいという声が後を絶たなかった。同室の青年はこれで一儲けできるとほくそえんでいたが、従姉弟を見せものにするなとカイはひどく怒って彼をこっぴどく叱った。

 そのカイがやっととれたまとまった休暇の間、所用のためその子たちを連れて一度こちらに戻ってくるというので、是非寮に一度連れてきて欲しいと軍の若者たちは皆大騒ぎになっていた。カイは照れくさそうな顔をして、帰る前には寮に少しだけよると言い置いて戻っていった。しかし寮に立ち寄るはずの日にカイは訪れず、みな気落ちしていたところ、二日と立たずに帰省先でのカイが憔悴しきった顔をして休暇を切り上げて戻ってきたのだ。


 従妹を送ったのち里から戻ってきたカイは、残りの休暇を使い、いなくなってしまったヴィオを必死に探していた。出勤しなければならなくなった日は晩に警察署に出向いてどうにか探してもらえないかと熱心に要請した。

 あの日。待ち合わせの場所にヴィオは現れず、待ち構えていたリアからオメガであったという診断書を見せられた。同時にヴィオはベータであったと告げられて、想定外の出来事に流石のカイも頭が真っ白になった。

「今日カイ兄さんなにか話があるのでしょう?」

 そんなふうにカイの気持ちを試すような口調で微笑み、リアはとても嬉しそうだった。
 その手前ショックを受けていることを悟られるわけにいかず、脳裏には当然アガとの約束『リアがオメガであったならば、リアと番に』という言葉が焼き付いて責め立ててくる。

(そんなはずない……。ヴィオがオメガだろうと俺の本能があれだけ訴えてきたのに、リアの方がオメガだったのか?)

 リアのことは勿論好きだ。可愛い妹分であるし、気は強いが面倒見が良くてカイの母親や姉ともとても仲良しである。リアがオメガであったら何の問題もなく自分たちは番になるだろう。なのに何か釈然としないもやもやが腹の中に渦巻いて消えないのだ。

 待ち合わせ場所にいたリアは誰もが振り返るほどの美人で光り輝いていたし、連れて歩くと男たちの羨望の眼差しが突き刺さるほどだった。
 なのになぜ気持ちが晴れないのか。男らしい眉目を陰らせ内心の憂いを必死に隠したカイに、リアは濃いまつげで彩られた大きな瞳を炯々とさせ、ヴィオは自分たちに気を利かせてくれて別行動をしてくれたのだから楽しみましょうと微笑み声をかけてきた。

 ヴィオは冒険したい年頃の17歳。田舎育ちな上、成人したてで危なっかしいが、ベータでもあったことだし、今では里の男の中でもかなり腕も経つ方だとあのアガが酒に酔って自慢してきたほどだ。一見まったく問題はないように見えた。リアと食事をしているときも結局番になる件は言い出せず、ヴィオが帰ってくるかもしれぬと早々にリアを宿に送り届けた。流石に未婚の若い女性であるリアとずっと二人きりになるわけにはいかず、自分は宿舎に戻っていった。

 翌朝早く。ヴィオがまだ姉との宿泊先に戻っていないことを知り、探しに行こうかと思ったのだが、再びリアから今度は『ヴィオは多分先に里に帰ったのだと思う』と告げられた。

 ヴィオを追うように里に戻りたかったが、せっかく中央来ているのだからとリアに引っ張り回され汽車の時間ぎりぎりまで買い物をして回っていても、頭の隅ではヴィオのことが離れない。ヴィオの口からベータであったと聞かなければ、傍に行って自分で確かめなければ、とても納得できなかった。

 それにヴィオはだた自分たちに気兼ねして別行動をしたのか?
 その疑問もいまだ離れずにいたので、しつこくリアに尋ねると、『ヴィオは中央で勉強をしたいと常々いっていたから、その下調べをしてたんじゃない?』とこともなげに言われて、自分がヴィオの何も知らないでいたことにさらに気落ちしてしまった。

 伝統的にフェル族ドリ派は農地の少ない山里で暮らしていたため、税金の代わりに恵まれた体格を生かして兵役で肩代わりしてもらって国のために闘ってきた歴史がある。平和な時代は公共事業の工事になど駆り出されていた時代もあったらしい。

 だからどうしても里に妻子を残していわゆる出稼ぎに出るスタイルが伝統的だったし、戦時中戦後すぐはもちろんその様式に則っているものが多かった。

 カイはアガの薫陶を受けて育ったので古風なところがある男だ。リアや他の女性たちのように里で子育てをしながら帰りを待つのを相手が望んだならばそれでもいいし、でもできれば中央で共に暮らせたらなおいいとも考えていた。

 リアならば里と中央に離れて暮らすことを選ぶだろうが、若く里の中では革新的だというヴィオならば中央に共にきてくれるのではと勝手に考えていたのだ。

 いつでも里にいて自分の帰りを待っていてくれる、美しい従姉弟たち。
 里の中で他の者たちに触れられぬよう大切に育てられたリア、そしてヴィオ。
 まさかその一人がカイになど見向きもせずに中央に飛び出していくとは考えてもみなかったのだ。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

二人のアルファは変異Ωを逃さない!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります! 表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡ 途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。 修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。 βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。 そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

Accarezzevole

秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。 律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。 孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。 そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。 圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。 しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。 世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。 異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。

【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる

grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。 幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。 そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。 それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。 【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】 フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……? ・なぜか義弟と二人暮らしするはめに ・親の陰謀(?) ・50代男性と付き合おうとしたら怒られました ※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。 ※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。 ※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!

処理中です...