香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
102 / 222
略奪編

気づき1

しおりを挟む
「誤解するなよ? 俺はヴィオを可愛いとは思うが、そういう意味では何とも思ってない」

ドアから入ってきた客がひいっと声を上げながら踵を返すぐらいには二人分の濃厚なアルファの牽制フェロモンが垂れ流されているようだ。
店のいい営業妨害であるから、ジルはきっちりと自分の立場を相手に知らせて半開きだった窓の木枠を強く窓を開いた。

ジルとカイの間を隔てるように白いレースのカーテンが風に踊り、強く少し生暖かい風が吹き抜けていく。

風が収まるとともに店の中の空気感が一掃され、カイは自分の顔を片手で覆って大きく息をつくと、カーテンを手で押さえながらジルに一礼した。

「すみません。俺は今、ちょっと冷静でなくて。こんなみっともないところを見せて、申し訳ない」

どこから見ても男として完璧なように思えたカイだが、けしてそうではなかったようだ。愛情の持って行き場に迷い空回りし、振り回されているただの青年だった。その姿はみっともないというより、自分の愚かさを素直に認める賢さも備わっている。ジルには共感しか浮かばない。

「いや、ただ君は、ヴィオのことが心配で、なにより大事なんだろう? それはよくわかった。俺にも一番大事だって思える人がいるから、頭がさ、その人のことでいっぱいになると冷静な判断下せなくなるだろ? そういうの、よくわかる。理屈じゃないからさ。そういうの。でも、ひとつわからないのは、今回の検査でヴィオがオメガだってわかったってことだよな? それなのに婚約者っていうのはちょっと無理があるじゃないか? 普通アルファがベータの男と婚約なんてしない」

ジルも先ほどの疑問を包み隠さず切り込んでいった。特に驚きもせず、カイも水を飲みほすと真面目な顔で説明をし始めた。

「里では一番年の近いアルファとベータを家長が娶せるのが伝統です。リアがオメガであったら、その場合は年齢的に当然リアと俺が番うことが正しいと、そう思って伯父に自分からそう申し込んでいました。もしもリアがベータで、ヴィオがオメガだったらヴィオと番うということです。中央の病院で検査を受けて、リアからオメガだったと診断書を見せられて、ヴィオはベータだったからと告げられました。まあ、それが……。嘘だったんですが」

カイは臨戦態勢のようだった力がやや抜けたようで、素直にそう白状した。そんな様子を見ると、逆に世話焼きなジルはちょっと手を貸したくやるような弱弱しくとさえ思える雰囲気だった。色男は弱っていても、中々そそるものがあるが。

(ヴィオは自分がオメガだと気が付いて、カイと番うことを拒んだのか、もしくは中央で学びたくて逃げ出したのか……。そのあたりはヴィオに聞いてみなければ分からないな)

それにしても、まさか一番大切な愛するものに嘘をつかれて逃げられたとしたら、その衝撃はいかほどだろうか。

(セラが実はオメガでずっとアルファだって言い張ってて俺が騙されてたら、流石にへこむだろうな。ま。そんなことあり得ないことだけど)

「それで、ヴィオの方がオメガだったってどうしてわかったんだ?」

「病院に会計の件で呼び出しをされて清算の時に気が付けたんです。だからやっぱり俺の直感は間違っていなかったと思った。ヴィオに去られて、ヴィオが心底好きだって、愚かな俺は、やっと自覚した。ちゃんとヴィオに言えばよかったんだ。俺はお前のことを愛しているって」

「直接言ってないのか? そりゃ駄目だろ」

苦々し気な顔をしてうつむくカイの姿に、ジルは自分の姿をまた重ねていた。

(なんてな、俺もずっとセラに気持ちをぶつけずに来た。俺にそんなこと言う資格はないんだがな)

苦笑しつつ、迷いが抜けて彼が育った深い森の奥のような綺麗な目をしてジルにまた頭を下げてきた。

「ヴィオと番になりたい。どうかお願いします。今ヴィオがどこにいるのか教えてください。俺は……。俺の今の気持ちをヴィオに伝えたいんです」

(今の自分の気持ちを、伝えたい、か)

素直にそう告げて頭を下げているところに、先ほどの給仕の女性が店の名物の牛肉の煮込みに温野菜、パンを沿えたものを持ってきてくれた。

「ヴィオは大丈夫だ。あの時の先生が預かっているよ。だから安心してくれ」

ブラウンソースが食欲をそそる、深い香りに昨晩から何も食べていなかったジルは腹が音を立ててなってしまい、カイも顔を上げて眉を下げてほっとしたのかようやく少し笑った。

取り合えず食事を先にいただくことになり、男二人は黙々と食べた。食べながらジルは軽くヴィオの居場所を教えてしまったが、これで良かったのだろうかと頭の中では色々と考えてしまい、せっかくの煮込みの上手さは半減したが、臓腑に暖かい食事が染み入ってきた。

昨日からばたばたしていて、完全にスタミナ不足になっていた。栄養がいきわたると少しだけ頭が冴えてくる。冴えてくると、この状況のどこに悪いところがある? と冷静に考えそう思わずにいられなくなる。
目の前で同じようなスピードで食事を平らげる男は、とてもいいやつそうにみえた。

(ヴィオはとにかく勉強がしたくて中央に来たのをいいことにカイと姉とは別行動をして、セラフィンを訪ねてきた。衝動的にやったことかどうかは分からないが、この分ではカイはヴィオの気持ちを知らなかったということだ。とりあえず婚約者のところにヴィオを返すのは当然のことだろう。そこからどうするのかは二人の問題で俺の出る幕じゃない)

しかし一方では別のことを思う。あれほどセラフィンに笑顔をもたらせてくれているヴィオが去ったら、セラフィンはまた孤独の淵に沈み、心を閉ざしてしまうのではないだろうか。いや、そうに違いない。

ベラのこともあり、ここ数か月塞ぎがちになっていたセラフィンを明るく照らしたのはヴィオの屈託のない態度と一途な愛情だ。わずか数日で、あっという間に枯れた彼の心の土壌に雨を降らせて、再び豊かなそれに変えた。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

二人のアルファは変異Ωを逃さない!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります! 表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡ 途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。 修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。 βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。 そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

Accarezzevole

秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。 律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。 孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。 そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。 圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。 しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。 世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。 異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。

【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる

grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。 幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。 そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。 それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。 【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】 フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……? ・なぜか義弟と二人暮らしするはめに ・親の陰謀(?) ・50代男性と付き合おうとしたら怒られました ※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。 ※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。 ※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!

処理中です...