香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
164 / 222
溺愛編

喧嘩3

しおりを挟む
『ほざくな。床と仲良くさせてあげるよ』

 刹那、少年の瞳は中心から光を取り込んでいくように金色に煌き、しなやかな筋肉に覆われた身体が躍動した。見蕩れるアダンを置き去りにしてヴィオは光を放ちながら弧を描いて飛んでいったブレスレットを追うと、あっさりと硬めの寝台の上に飛び乗った。その勢いの良さに寝台は大きく揺れ、周囲の棚から家主の趣味で所狭しと並べられた色々な小物が散乱して床や寝台に散らばった。彼はそのまま獣のように瞳を爛爛と輝かせアダンを威嚇すると、四つん這いの姿勢から膝を折り曲げ悩ましく足を開脚したまま、その手にブレスレットを掴み上げた。

「返してもらうよ!」
 高らかにそう宣言してにんまりと嗤う。その笑顔は力強さの中に婀娜っぽささえ見え隠れして薬が効いてくるまでまだアダンは誘惑されそうだ。

(やっぱり、こいつは持ってるんだ! あの目! 俺がずっと見たかった。ドリ派の戦士の、黄金の瞳!)

 ゾクゾクと興奮とある種の畏怖が這い上り、アダンは大きなこげ茶の瞳を輝かせて、まるで憧れのヒーローを見るかのように息を弾ませ頬を紅潮させたのだ。

 フェル族の中でもドリ派が持つという美しい金色の虹彩。金環とも評されるそれは大きく濃ければ濃いほど、先祖がえりともいうべき獣性の力を発揮し制御する能力の優れているという伝説的な異能。

 ここ数年、アダンが夢中になって読んでいた、先の戦で実際にあった東の砦の戦いをモデルにしているという小説。その中のエピソードでアダンのお気に入りのものがある。味方の誤報のせいで東の砦の中に取り残されていた主人公たちを助けに来てくれたのは、フェル族中心に構成された部隊だった。
 師団、などとは聞こえがいいが、フェル族ばかりを集めてきた実際の人数は連隊にも劣る。しかし戦力の上で一騎当千であることから『師団』と、称されていた。
 その師団長と呼ばれた男が、アダンも末席に連なる一族の出身だった人物だった。彼が落ちかけた砦を仲間たちと共に取り戻すまでの描写の中に『その金色の眼差しを間近で見た敵で生きて祖国の地を踏んだものはいなかった』
 という描写があるのだ。しかし実際にこの瞳の変化を起こせるものは一族の中でもごく僅かなのだそうだ。

 アダンはドリとソートのハーフであり、ベータの父とソートで同じくベータの母との間に生まれた子だ。父の瞳にはまだ金色環が薄くくるっと瞳孔を取り巻くようにあるがその程度で獣性を発揮することもできないらしい。この国の一般的な男よりは体格が良く力持ちという程度だ。他にもこの地域の住まうドリ派もいるがアルファはいない。そしてアダン自身、明るい茶色の瞳の中に申し訳程度に僅かに金色がみえるかどうか。成長に従ってもっと厚く濃くなるのではないかなと期待していたが無理だった。

(激高すると金色に光るって本当だったんだな。その上すぐにそれを納められるって……。こいつ、ただものじゃないのかもしれない)

 ヴィオは腕輪を嵌めなおして安堵から微笑むと、再び顔を上げた。
 殴りかかってくるとばかり思っていたのに、アダンはごくりと生唾を飲み込みながら棒立ちになり、ヴィオをただひたすらに熱い眼差しで見つめている。煽りに煽ってきたくせに身動き一つしない少年にむけ、怪訝な顔で小首を傾げたヴィオの瞳が徐々に色合いが変化していく。

「その目! もう一回見せて!」

 するとアダンは彼に飛びかかって、近寄って顔をがしっと掴もうとする。勿論ヴィオは四つん這いのまま今度はひらりと身体を交わし、寝台から飛び降りた。

(ああ、もう、こいつ本当に意味わからない!)

 やたらとヴィオを揺さぶってくる少年に、煩わしさよりもある種新鮮な驚きも感じる。同年代の友人がいなかったせいか、この年頃の少年の一貫性のなさに慣れていないヴィオはただただ戸惑い、喜色を浮かべてヴィオの傍に寄ろうとする少年と距離を取りながらも、きょろきょろとものが多い室内を見渡した。

「下着、べちゃべちゃに濡れてて気持ち悪い。僕の服、どこにやったの? 早く船着き場まで戻らないと。先生と会えなくなっちゃうでしょ!」

 普段穏やかなヴィオにしては苛ついた声をたてながら、足に絡みついた寝具を蹴り落す。
 先ほどディゴは水が滴り張り付いたヴィオの服を脱がしたものの、流石に下着にまでは手をかけていなかったのだ。
 ヴィオは暴れてややずり下がった絹の下着を腰骨の辺りで紐を結びなおしながらアダンに再びにらみを利かせた。しかしアダンは妙ににこにこしてご機嫌な様子でぴょんっと寝台から身軽に宙返りしながら飛び降りた。

「濡れてるから、洗面台のとこに持ってってる。こっちを着ればいい」
「僕の服を返して。濡れていても、頂いたものだから置いていくわけにはいかない」
「へえ? シャツ濡れてると身体、透けててエロイ感じになるけどいいわけ?」

 ヴィオをオメガがと知っていて軽口を叩いてくるのが本格的に鬱陶しくなってきた。

「はあ!? なんだよそれ!」

 にやにやと嗤うアダンに揶揄われ、ヴィオは顔を赤くするがもう瞳を金色に染めることはなかった。

(ちぇっつまんねえの。いつでも光るわけじゃないのか?)

 しかし折角ドリ派の力を使えるものに出会えたのだ。アダンも訓練すればわが身に眠る獣性を呼び起こすことができるかもしれない。それを彼に教えてもらいたい。

(それにすげえ、いい匂いだったし。今はもう、鼻馬鹿になっててわかんないけど、ほんと、色っぽかったよな。綺麗な顔しているし。まだ番契約してないみたいだから、俺がもしも本当にアルファだったら、俺の番にしたい。あんなずっと年上のおじさんより、若い俺のがいいはずだよな?)

 そのためにはやはり、悪すぎる第一印象を払拭した方がいい。アダンは勝手知ったる従兄弟のこの隠れ家の中で一番大きく割合を占めていると言っていいクローゼットとその周りに大量に置いてある衣服を物色し始めた。

「ああ、これとか、これとか。ディゴ兄の店の服だから適当に着ても怒られないと思う」
「……」

 草木の色素でタイダイ染めされた茜色の首回りが丸いブラウスと葡萄色のダボっとしたズボン。コルセットのような腰元に結ぶ黒檀のように艶のある革の幅広ベルト。アダンなりにヴィオに似合いそうな鮮やかな色合いのものを次々と投げてよこした。

 恐る恐る拾い上げた服はまさにカジュアルな若者向けのそれに見えた。セラフィンが選んでくれたものよりもさらに粗削りな魅力を持つ服で、珍しいそれらにヴィオは正直、目を引かれる。

 色々迷ったが、あまりにみっともない格好でセラフィンのもとに帰るのもどうかと思った。後頭部には瘤ができているし、血は出ていないようだがまだズキズキ痛む。フェル族は一般と比べて丈夫で回復もしやすいとはいうが、意識を失ってしまったのはやはり尋常ではないだろう。

(とりあえず服を借りて……。早く船着き場に戻らないと。先生と約束したんだから)

 ヴィオがそう言い置いてブレスレットを追いかけたのだから、セラフィンはきっと戻ってきてくれると信じているのだ。どのくらいかかるか分からないけれど、必ず戻ってきてくれるのを待つつもりだ。
 ヴィオがブラウスに手をかけて頭からかぶったのを見届け、アダンはそのまま遠慮なくヴィオの着替えをしげしげと凝視してくる。

「ああ、下着は脱いどけば? 冷たいでしょ」
「うるさい! こっち見ないで!」

 視線に気が付いたヴィオは下着の紐に手をかけながらくるっと後ろを振り向くとささっと濡れた下着を取り去って形良い尻を晒しながらややもたつきつつズボンをはき終え、ついでにベルトも締め上げる。










しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

二人のアルファは変異Ωを逃さない!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります! 表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡ 途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。 修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。 βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。 そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

Accarezzevole

秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。 律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。 孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。 そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。 圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。 しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。 世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。 異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。

【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる

grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。 幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。 そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。 それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。 【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】 フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……? ・なぜか義弟と二人暮らしするはめに ・親の陰謀(?) ・50代男性と付き合おうとしたら怒られました ※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。 ※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。 ※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!

処理中です...