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溺愛編
コイン3
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「お医者さんって言ったらあんた、お兄さん医者だよね? ちょっと一緒にいってみてやってよ」
「馬鹿いえ、番探しが先だろうが。クインの恩人だぞ」
「どんな理由があったって怪我人みるのが先に決まってるじゃないの!」
もはや夫婦のことは気にせずにセラフィンは窓を開けて話を聞いていた青年に直接話しかけることにした。
「君、その怪我をした子ってどんな雰囲気の子だったか? 成人したてか少し下ぐらいに見える、長いうねった感じの黒髪で、細いがひ弱な感じではなく、とにかく綺麗な子だ」
美丈夫が真顔で「綺麗な子」などと惚気るのを見て夫婦は顔を見合わせて笑っていたが、ディゴは笑わなかった。むしろ青ざめた顔ですぐに彼がアダンが言っていた怪我人の少年の連れではないかと察すると、がちゃがちゃ音を立てて建付け悪そうな車のドアを開け、セラフィンの前に立って軽く会釈をした。
「ディゴ・ソートです。祖父から貴方のお話は聞いています。あんなに足を痛がっていて家から出たがらなくなっていた祖父に、また自由に出歩ける元気と希望を与えていただいたこと。家族全員が感謝しております。こうしてまた祖父を訪ねてきてくださったことに一族を代表して御礼申し上げます」
ソート直系の青年なのだろう。つまりはヴィオとも遠からず親戚にあたる青年だ。ヴィオはドリとソートのそれぞれの一族が混じっているわけだが、ソート派の方がドリよりは幾分華奢であるという。それでもこの国のほとんどの男性よりは逞しいがっしりした体格だ。
厳つい外見に反して彼は非常に丁寧で物腰は柔らかく堂々とした様子に好感が持てた。だが日の光が良く似合う朗らかそうな青年の顔に何故か翳りがあり男らしい太い眉を顰めるような表情なのが気にかかる。
「その子は俺の連れかもしれない。怪我はひどいのか?」
「俺の従兄弟と一緒にいて、今俺の家で眠っています。川に落ちて頭を底で打ったらしくて眼を醒まさないのでとりあえず湖畔街までお医者さんを呼びにいくところでした。……従兄弟のアダンが貴方の連れにちょっかいをかけたようで。ついたら本人にもしっかり謝らせますから、俺と一緒に家まで戻ってもらえますか? お願いします」
「直ぐに向かおう」
勿論本音では怪我をした子がヴィオであって欲しいはずはないのだが、違った場合も患者を診たら近くにいるヴィオをすぐに探せる位置まで戻れることは好都合ともいえた。
とはいえ三輪の車は荷台にしか乗るところはなく、洗練された服装のセラフィンだが荷台に飛び乗って、ズボンが汚れることなど構わずに座って縁を掴んだ。
手を振る親切な夫婦に会釈すると、ディゴは先ほどと同じく急発進してターンし、元来た道をまっすぐに戻っていった。
セラフィンはがくがくと身体が揺れるたびに舌を噛まぬように苦心したが、これもまたヴィオの元へ急ぐためとひたすら我慢する。
船で下るのとさほど変わらずヴィオの降りた船着き場のある地域に戻ってくると、彼はそのまま狭い私道を小回りの利く車を使って入り込んでいく。人の家の軒先を走っているかのような狭い道はこの小さな自動車でなければ入れないだろうし、地元のものでなければとうてい通らなさそうだ。生け垣や庭木の張り出した枝がぴしぴしとセラフィンに当たってきて痛いが、ヒビの入っていない方の腕で縁を掴み上げて身を支えないといけないのでそれにも黙って耐えた。
漸く車が止まったのは小さな商店が軒を連ねる地域の裏手だった。運河側の遊歩道は観光ガイドでも紹介されている、運河に点在してある店の一つで、若者に人気の服飾品の店が立ち並ぶ当たりだろうか。
店の裏口と向かい合うようにして、ひさしが接する近さにあるのっぽの小屋のような建物。中央の街中でも見かけない、いかにも芸術家が好みそうな外観で古びているのが逆に現代的で洒落てみえる佇まいだ。先導して来たディゴと続くセラフィンは彼のアトリエと住居スペースのモザイク模様のガラスがはめ込まれた緑色の扉の前に立った。魔除けなのだろうか。恐ろし気な魔物の口元にかまされるようについた青銅の環のノッカーを使いもせず、なんの躊躇もなくディゴが力強く引いた。
「アダン! その子の調子は……」
「……!っ」
しかし絶句した二人が目にしたものは、棚から物が落ち、床はおろか窓辺に飾られたものが寝台の上にまでも散乱した室内。明らかに争った跡が見られる部屋の中はもはやもぬけの殻だった。
「馬鹿いえ、番探しが先だろうが。クインの恩人だぞ」
「どんな理由があったって怪我人みるのが先に決まってるじゃないの!」
もはや夫婦のことは気にせずにセラフィンは窓を開けて話を聞いていた青年に直接話しかけることにした。
「君、その怪我をした子ってどんな雰囲気の子だったか? 成人したてか少し下ぐらいに見える、長いうねった感じの黒髪で、細いがひ弱な感じではなく、とにかく綺麗な子だ」
美丈夫が真顔で「綺麗な子」などと惚気るのを見て夫婦は顔を見合わせて笑っていたが、ディゴは笑わなかった。むしろ青ざめた顔ですぐに彼がアダンが言っていた怪我人の少年の連れではないかと察すると、がちゃがちゃ音を立てて建付け悪そうな車のドアを開け、セラフィンの前に立って軽く会釈をした。
「ディゴ・ソートです。祖父から貴方のお話は聞いています。あんなに足を痛がっていて家から出たがらなくなっていた祖父に、また自由に出歩ける元気と希望を与えていただいたこと。家族全員が感謝しております。こうしてまた祖父を訪ねてきてくださったことに一族を代表して御礼申し上げます」
ソート直系の青年なのだろう。つまりはヴィオとも遠からず親戚にあたる青年だ。ヴィオはドリとソートのそれぞれの一族が混じっているわけだが、ソート派の方がドリよりは幾分華奢であるという。それでもこの国のほとんどの男性よりは逞しいがっしりした体格だ。
厳つい外見に反して彼は非常に丁寧で物腰は柔らかく堂々とした様子に好感が持てた。だが日の光が良く似合う朗らかそうな青年の顔に何故か翳りがあり男らしい太い眉を顰めるような表情なのが気にかかる。
「その子は俺の連れかもしれない。怪我はひどいのか?」
「俺の従兄弟と一緒にいて、今俺の家で眠っています。川に落ちて頭を底で打ったらしくて眼を醒まさないのでとりあえず湖畔街までお医者さんを呼びにいくところでした。……従兄弟のアダンが貴方の連れにちょっかいをかけたようで。ついたら本人にもしっかり謝らせますから、俺と一緒に家まで戻ってもらえますか? お願いします」
「直ぐに向かおう」
勿論本音では怪我をした子がヴィオであって欲しいはずはないのだが、違った場合も患者を診たら近くにいるヴィオをすぐに探せる位置まで戻れることは好都合ともいえた。
とはいえ三輪の車は荷台にしか乗るところはなく、洗練された服装のセラフィンだが荷台に飛び乗って、ズボンが汚れることなど構わずに座って縁を掴んだ。
手を振る親切な夫婦に会釈すると、ディゴは先ほどと同じく急発進してターンし、元来た道をまっすぐに戻っていった。
セラフィンはがくがくと身体が揺れるたびに舌を噛まぬように苦心したが、これもまたヴィオの元へ急ぐためとひたすら我慢する。
船で下るのとさほど変わらずヴィオの降りた船着き場のある地域に戻ってくると、彼はそのまま狭い私道を小回りの利く車を使って入り込んでいく。人の家の軒先を走っているかのような狭い道はこの小さな自動車でなければ入れないだろうし、地元のものでなければとうてい通らなさそうだ。生け垣や庭木の張り出した枝がぴしぴしとセラフィンに当たってきて痛いが、ヒビの入っていない方の腕で縁を掴み上げて身を支えないといけないのでそれにも黙って耐えた。
漸く車が止まったのは小さな商店が軒を連ねる地域の裏手だった。運河側の遊歩道は観光ガイドでも紹介されている、運河に点在してある店の一つで、若者に人気の服飾品の店が立ち並ぶ当たりだろうか。
店の裏口と向かい合うようにして、ひさしが接する近さにあるのっぽの小屋のような建物。中央の街中でも見かけない、いかにも芸術家が好みそうな外観で古びているのが逆に現代的で洒落てみえる佇まいだ。先導して来たディゴと続くセラフィンは彼のアトリエと住居スペースのモザイク模様のガラスがはめ込まれた緑色の扉の前に立った。魔除けなのだろうか。恐ろし気な魔物の口元にかまされるようについた青銅の環のノッカーを使いもせず、なんの躊躇もなくディゴが力強く引いた。
「アダン! その子の調子は……」
「……!っ」
しかし絶句した二人が目にしたものは、棚から物が落ち、床はおろか窓辺に飾られたものが寝台の上にまでも散乱した室内。明らかに争った跡が見られる部屋の中はもはやもぬけの殻だった。
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