香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

帰省1

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 窓の外、秋の澄んだ青空に映える山の稜線はどんどん後ろに流れていく。
 故郷に一歩また一歩と近づく車内は、車輪から伝わる小気味よい振動音以外はとても静かだ。中央に来た時の客車とはまるで違う。個室である上、けた違いに広くふかふかした座席に腰かけ、ヴィオは肘掛に頬杖をついている。そして時折セラフィンをちらちらと見ては、優しく微笑まれると途端に恥ずかしそうに反らして外を眺めることを繰り返している。

「ヴィオ? どうしてこちらををみてくれないのだい?」

 セラフィンが悪戯っぽい仕草で長い腕を伸ばしてヴィオの両頬に手をやりこちらに向けると、紫色の瞳が大きく見開かれてそのあと顔がみるみる赤く染まっていった。

「だって! だって!!!」
「そんなに変かい? この髪型。マダムには褒められたけれど、ヴィオに不評ならばまた元に戻そうかな。時間がかかりそうだけれど」

 そういってセラフィンは首をかしげて少しだけ片眉を上げておどけた表情を見せた。短くなって整髪料で整えられ自然に後ろに流された前髪がさらりと揺れ、逞しくも造形の美しい白い首の筋にヴィオの目が釘付けになる。

「くうっ」

 ヴィオは変な声を上げてそんなセラフィンの両手を掴むと、目をぎゅっと瞑りつつ無理やり下を向いてしまった。
(変じゃない!!! 全然変じゃない! むしろ恰好が良すぎて胸が苦しいのが止まらなくなる! まっすぐ見ると恥ずかしいぐらい)

 昨日ジル達と別れたのち、今度は二人は百貨店内のマダムのサロンに向かった。マダムがまたモルス家に乗り込んでくるとジブリールを交えてヴィオを長時間着せ替え人形にしかねないため、必要なものを調達のため自ら乗り込むしかなくなったからだ。
 今日は全身フクシャの花のような鮮やかなドレスのマダムは今日も全力で二人を褒めちぎってきた。
 写真館に飾ってあるヴィオとセラフィンの写真を毎日見に行っていて、支配人に鬱陶しがられているから自分にも分けて欲しいと言い募ったり、同じく二人の写真を見た息子の親友の画家がヴィオを絵に描きたがっているとか、彼は以前セラフィンの兄の絵を描いたことがあるからこれは運命の出会いといって数日前二人の話を通せとサロンに籠城されたとかもうそれはそれはすごい勢いで話をされた。
 いつまでたっても話が終わりそうにないのでヴィオをマダムのところに預けて、セラフィンは子どもの頃以来初めて髪を隣のヘアサロンで短髪に整えた。幼いころからセラフィンのスタイリストと言えるマダムは、これまでも何度かセラフィンに髪型を変えることを進言してきたのだが聞き入れられなかったのだ。
 今回はその長年の望みが思いがけず叶えられ、それはもう大喜びで、髪を切り終えきれいに整えられた姿を見て大絶賛してくれた。セラフィンも悪い気にはならず、少しは気をよくしてヴィオの驚く顔を見ようと内緒で彼の前に立ったのだ、だが肝心のヴィオはそれから一日中ずっと、目が合うとこんな調子だ。

「だって。ば、バッサリ切って……。別の人みたいに、なんだか見慣れなくて……。」

 髪が長かったセラフィンはそれはもう美しかった。多分ヴィオが今までであってきた人の中で一番の美人(リアに言ったらそこは私でしょう!と怒られそうだが)だと口には出さないまでもヴィオは常々そう思っていた。
 髪の長い男性は数は少ないとはいえいないわけではない。しかしくすんだ茶色や淡い亜麻色のような柔らかな色調の髪色のものが多いこの国においてあれほどのまで艶やかな癖のない黒髪を長くした男性自体は珍しい部類に入る。絹糸のように適度な柔らかさと張りもあり、同じ長髪でも癖が強くてふわふわくしゃくしゃにすぐになってしまうヴィオの煤けた髪とは大違いだ。
 それにあの髪型はいかにもセラフィンにしか似合わないような長さで彼のトレードマークと言えた。ソファーに共に座りながら、傍らのセラフィンがヴィオの側の髪を片耳にかけ、逆側の髪がさらりと白皙の美貌を彩りながら零れ落ちていく、少し俯いて本を読む時の横顔なんて、麗しすぎてたまにアルファの男性であることを忘れそうなほどだった。

(でも、髪の毛切っても、先生の魅力は変わらない、むしろある意味増したと思う!!)

 髪を切ったことにより、端正な顔立ちがよりはっきり見え、セラフィンの高い頬、美しい額、形良い耳や眉が良く見えて、むしろ男性的でより禁欲的な魅力が増して見えるほどだ。日頃白衣の印象が強いセラフィンだが今身に着けているのは漆黒に近い服装だ。意外に逞しく均整の取れた身体の稜線の分かる、活動的な印象のある丸首の黒いシャツ、少し軍服を思わせる形の丈夫そうなチャコールグレーのウールの軽量ジャケットに黒いパンツ等、男性的な魅力あふれる装いで身を固めているから余計にそう思うのかもしれない。
 二人きりのこの雰囲気に流されすぎ、溺れすぎと自分でも恥ずかしく思うが、ヴィオはフェロモンが漏れていくことを抑えきれず、桃色の舐めたら甘そうな色合いの雲に乗って二人でふわふわと空を漂っているような。そんな地に足がついていないような甘美な空間を作り上げてしまっていた。

「困った子だね。もうじき駅に着くというのにこんなに艶めかしいフェロモンをまとって……」




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