香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
200 / 222
溺愛編

帰省2

しおりを挟む
 くすっと妖艶に笑われ、そのまま柔らかなサクランボのように色づく唇を啄まれ、ヴィオは座席からずり落ちながらへなへなと腰砕けになってしまった。

(セラのせいなのに。ひどいよ)

 顔を離すと潤んだ瞳で上目遣いにこちらをみあげてくるヴィオにセラフィンこそ囚われてしまいそうで瞳を反らすと、大きく窓を開けて冷たい外気を風を吹き込ませた。

「じゃあ、真面目な話でもしてお互いに頭を冷やそう。昨日あの後ジルから連絡があった。再会した日にヴィオが掴まえてくれたあのひったくり犯の依頼者が分かったんだそうだ」
「あれはベラさんがあの人に頼んじゃなかったの?」

 再会してひと月。色々なことが多すぎて忘れていたが、確かにそんなことがあったとむしろ懐かしく思い出す。

「ベラのことも一因ともいえるが……。犯人は残念ながら身内も身内、軍のしかも病院の関係者だ」
「??」
 軍医であるセラフィンがいわゆる同門の人間からそんな嫌がらせを受けたことにヴィオは驚いたがセラフィンの説明はこうだ。

「俺が自宅療養中に俺の研究室関係が色々荒らされて、その犯人を捕まえてみたら残念ながら軍の、それも記念病院に勤めている従軍経験がある医師だった。彼はベラから接触を受けていて、俺の本を読んで俺がベラと組んで、フェル族への実験的な投薬についての追及を行うのではないかと恐れていたらしい。俺に対する脅し半分に人を雇ったり、資料を探して部屋を荒らした。そんな自供をしたそうだ」

 セラフィンが出版したフェル族についての文献の内容は、フェル族が長い間この国防において重要なポジションにいながらも、非人道的な扱いを受けたという印象を与えかねない部分があった。ベラの恋人のように投薬が引き金になり命を落としたものもいたが、潜在能力が低いものでも獣性をうまく引き出すことができたことから身体能力の短期間の向上を用い、戦火の中でも無事に帰還することができた。しかし投薬の影響なのかそれはまだ完全に実証する段階には至らなかったが、多くの里を周ってセラフィンが集めた記録の中には、投薬を受けた(もしくはそれと思わしきものを摂取した)ものの中に、その後男性不妊に悩まされたものもいたとセラフィンは著作の中で言及している。
 もちろん他人に進んで話したがらないものも多く、本の中では個人の特定を避けるために細かな内容は伏せたが軍には調査結果の一部を提出していた。従軍した上の世代にあまりいい顔をされなかったが、現在軍にはラグ・ドリの活躍以後、フェル族出身で階級を昇りつめたものも多く、彼等には強く興味を持たれたようだ。

「セラにはもう危険はないの? 大丈夫なの?」

 色々と難しい話でもあったが、それよりなによりもヴィオにとって大切なことは愛する者の身の安全だ。セラフィンは彼の隣に座りなおすと安心させるように楚々としたミュゲの花の如く馨しい身体を抱き寄せた。

「そもそも一介の医師の俺にできることなど限られているから、今後はもう危険はないだろう。副作用も大きい薬など非常時であったとしても人道的に使わないように越したことはない。この件は議員としてのバルク兄さんや軍部に顔の利く大叔父上たちモルス家の全体で重く受け止めて調査、場合によっては補償をしていく方向に向かうと思う。俺の血の半分であるランバート家は、元々この国に住み、今は亡き王族よりも古からこの地を支配してきた。この国に生きるものは大部分が身体的には華奢な民族的特徴をもつから、他国からの侵略に備えてフェル族の猛者たちを自分の身を守るために寄せ集めたようなことを言っている。でもそんな僅か数百年程度の歴史、実際はどうか分からないだろ? 同じようにこの国に住む人間が助け合って暮らすことに越したことはない。そこに貴賤はないだろう?」

 中央では一昔前はフェル族の人間が付ける仕事は肉体労働を行う人夫、良くて軍人程度だったらしい。能力に恵まれた人でも貴族社会の中では一段下に見られてきた歴史がある。これはセラフィンが中央に来てからヴィオが一人で暮らしていくためにはと教えてくれたことの一つだ。
 ヴィオはフェル族で、しかも男性オメガ。一族の中では生き神様のように扱われ、しかし一歩外の世界に出れば虐げられた同胞もいたという歴史も背負う。
 生きていくには枷ばかりの存在なのだとはたから見たら思われるのだろうと想像がついたが、セラフィンがいたから怖くはなかった。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

二人のアルファは変異Ωを逃さない!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります! 表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡ 途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。 修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。 βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。 そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

Accarezzevole

秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。 律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。 孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。 そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。 圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。 しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。 世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。 異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。

【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる

grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。 幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。 そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。 それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。 【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】 フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……? ・なぜか義弟と二人暮らしするはめに ・親の陰謀(?) ・50代男性と付き合おうとしたら怒られました ※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。 ※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。 ※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!

処理中です...