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溺愛編
番1
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ついに番を得て、セラフィンは身体の奥底から湧き上がる未知なる力が全身くまなく行き渡るのを感じ、自分が完全な存在としてこの世に生まれなおしたような気持ちになった。
双子の兄と共にこの世に生を受け、その半身と引き離されてからずっと感じていた虚無感。ぽっかりと暗く大きな穴が開いたままのようだった心。それを塞いで余りあるほどの愛や歓びで心は満ち溢れ踊り狂う。
強い日差しで背が焼かれる感覚を経るほどの長い長い時間。セラフィンは横向きに花々の上に寝転がって、ヴィオを抱えたままゆるゆると胎の中に子種を放ち続け、静かにゆっくりと白い瞼を閉じた。
目を閉じても眩しい光の紋がゆらゆらと浮かび、火照った身体に風が心地よく吹き寄せる。
(心地いい…… こんなに満ち足りた気持ちになったのは初めてだ)
途中からラットを起こしていたようだ。長い長い射精が終わりに近づくにつれて、次第に頭は冴え、神経が研ぎ澄まされていくのを感じた。
風の起こす空気のうねりと土の匂い。雲が流れて日を陰らせるときの一瞬の気温の下り、遠くで響く鳥の鳴き声、近くを羽ばたく虫の羽音。それらがいつもの何十倍もの鮮烈な刺激をセラフィンに与えてくる。
(これが番を何者からも守りたいアルファとしての本能なのだろうか。今度はひりつくような渇きが湧きおこる。でも悪くない感覚だ)
文献では何度も行きあたったありきたりな内容だと思っていたが、実際体験してみると想像とはまるで違う。身体中に漲る万能感そして番に対する暴力的なまでの支配欲、そして庇護欲。今腕の中のこの少年を奪われたならば、それが神であっても滅ぼしに向かうだろう。
少しずつ身体の熱が奪われ小さく震えたヴィオを温めたいと、繋がったままの身体の下から、ぐしゃぐしゃになった赤いショールを引きずって取り出し、肩口から腰のあたりにかけて覆ってやる。温まると安心したのかふと体の力を抜いたヴィオのふわふわとした髪に顔をうずめながら、セラフィンは無意識にその薄い腹を上から手を置いて温めるよう摩った。
どれだけこうしていたか。天頂にあった太陽が少しだけ傾いた頃、セラフィンはゆっくり起き上がるとヴィオも長い睫毛を震わせた後、焦点が定まらぬ様子であったがゆっくりと目を開いた。
セラフィンは胡坐をかいた足の間にヴィオを座らせると甘い表情で笑いかける。ヴィオは分かっているのかわかっていないのか夢見るような表情で微笑んだ。先ほどよほど慌てていたのか、ヒップフラスコとぺちゃんこになった笹の葉で包まった菓子が近くに転がっていたのでそれを取り上げと、指の先ほど小さく千切ってヴィオの口元に運んでやった。
「ヴィオ、山を下りるから。少しだけ、これを食べるんだ」
ヴィオは紫水晶のように濡れて輝く瞳で、婀娜っぽく微笑み、セラフィンの指ごと食んで、くちゃりと咀嚼した。そのままいやらしく指先を舐めまわして口づけを強請りながら顔を近づけようと一生懸命伸びをする。
「せら、もっと」
その誘惑にひれ伏し、身も心も捧げ尽くしたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢しぺたぺたの唇に一度だけ音を立てて口づけると、手早くヴィオの身支度を整えた。汚れてしまった大切な赤いショールもしっかり身体に巻き付けてる。そして再びヴィオを背負うと、再びぎゅっと細い腕が回され、背中からはころころと甘くひそやかな笑い声が聞こえてきた。
「ふふっ」
「どうした? ヴィオ」
相手は訪れたばかりの発情期で夢現の間を彷徨う番だ。今はきっとろくに会話もできないだろう。それでもセラフィンは聞き返せずにはいられなかった。それほどまでに嬉し気な甘い調べはセラフィンの身体に染み入ってくる。
「せら、すき。ずっと、いっしょ」
意識がふわふわ夢心地の中でもセラフィンを慕い、摺り寄せる身体が愛おしくて、セラフィンは柄にもなく大声を上げて高らかに叫んだ。
「ああ、そうだな。ずっと一緒だ!」
気持ちが高まり、知らずに涙が伝い、零れ落ちてしまった。
セラフィンはそれを隠さずに空に向かってしっかりと顔を上げた。こんな山の中、セラフィンの涙を見とがめるものなど誰もいない。しかしたとえ誰かに見られたとしても構うつもりなどなかった。それどころか誰もかれもに言って歩きたい心地だ。陽気で浮ついた男のように、高らかに笑い叫び声を上げながら歩きたい。
『この世で一番大好きな相手と番になれたんだ! 泣いたって笑ったっていいだろう?! みんな祝福してほしい』と。
一歩一歩と踏みしめるように今まで以上に力強く。セラフィンはヴィオと共に歩き出した。
双子の兄と共にこの世に生を受け、その半身と引き離されてからずっと感じていた虚無感。ぽっかりと暗く大きな穴が開いたままのようだった心。それを塞いで余りあるほどの愛や歓びで心は満ち溢れ踊り狂う。
強い日差しで背が焼かれる感覚を経るほどの長い長い時間。セラフィンは横向きに花々の上に寝転がって、ヴィオを抱えたままゆるゆると胎の中に子種を放ち続け、静かにゆっくりと白い瞼を閉じた。
目を閉じても眩しい光の紋がゆらゆらと浮かび、火照った身体に風が心地よく吹き寄せる。
(心地いい…… こんなに満ち足りた気持ちになったのは初めてだ)
途中からラットを起こしていたようだ。長い長い射精が終わりに近づくにつれて、次第に頭は冴え、神経が研ぎ澄まされていくのを感じた。
風の起こす空気のうねりと土の匂い。雲が流れて日を陰らせるときの一瞬の気温の下り、遠くで響く鳥の鳴き声、近くを羽ばたく虫の羽音。それらがいつもの何十倍もの鮮烈な刺激をセラフィンに与えてくる。
(これが番を何者からも守りたいアルファとしての本能なのだろうか。今度はひりつくような渇きが湧きおこる。でも悪くない感覚だ)
文献では何度も行きあたったありきたりな内容だと思っていたが、実際体験してみると想像とはまるで違う。身体中に漲る万能感そして番に対する暴力的なまでの支配欲、そして庇護欲。今腕の中のこの少年を奪われたならば、それが神であっても滅ぼしに向かうだろう。
少しずつ身体の熱が奪われ小さく震えたヴィオを温めたいと、繋がったままの身体の下から、ぐしゃぐしゃになった赤いショールを引きずって取り出し、肩口から腰のあたりにかけて覆ってやる。温まると安心したのかふと体の力を抜いたヴィオのふわふわとした髪に顔をうずめながら、セラフィンは無意識にその薄い腹を上から手を置いて温めるよう摩った。
どれだけこうしていたか。天頂にあった太陽が少しだけ傾いた頃、セラフィンはゆっくり起き上がるとヴィオも長い睫毛を震わせた後、焦点が定まらぬ様子であったがゆっくりと目を開いた。
セラフィンは胡坐をかいた足の間にヴィオを座らせると甘い表情で笑いかける。ヴィオは分かっているのかわかっていないのか夢見るような表情で微笑んだ。先ほどよほど慌てていたのか、ヒップフラスコとぺちゃんこになった笹の葉で包まった菓子が近くに転がっていたのでそれを取り上げと、指の先ほど小さく千切ってヴィオの口元に運んでやった。
「ヴィオ、山を下りるから。少しだけ、これを食べるんだ」
ヴィオは紫水晶のように濡れて輝く瞳で、婀娜っぽく微笑み、セラフィンの指ごと食んで、くちゃりと咀嚼した。そのままいやらしく指先を舐めまわして口づけを強請りながら顔を近づけようと一生懸命伸びをする。
「せら、もっと」
その誘惑にひれ伏し、身も心も捧げ尽くしたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢しぺたぺたの唇に一度だけ音を立てて口づけると、手早くヴィオの身支度を整えた。汚れてしまった大切な赤いショールもしっかり身体に巻き付けてる。そして再びヴィオを背負うと、再びぎゅっと細い腕が回され、背中からはころころと甘くひそやかな笑い声が聞こえてきた。
「ふふっ」
「どうした? ヴィオ」
相手は訪れたばかりの発情期で夢現の間を彷徨う番だ。今はきっとろくに会話もできないだろう。それでもセラフィンは聞き返せずにはいられなかった。それほどまでに嬉し気な甘い調べはセラフィンの身体に染み入ってくる。
「せら、すき。ずっと、いっしょ」
意識がふわふわ夢心地の中でもセラフィンを慕い、摺り寄せる身体が愛おしくて、セラフィンは柄にもなく大声を上げて高らかに叫んだ。
「ああ、そうだな。ずっと一緒だ!」
気持ちが高まり、知らずに涙が伝い、零れ落ちてしまった。
セラフィンはそれを隠さずに空に向かってしっかりと顔を上げた。こんな山の中、セラフィンの涙を見とがめるものなど誰もいない。しかしたとえ誰かに見られたとしても構うつもりなどなかった。それどころか誰もかれもに言って歩きたい心地だ。陽気で浮ついた男のように、高らかに笑い叫び声を上げながら歩きたい。
『この世で一番大好きな相手と番になれたんだ! 泣いたって笑ったっていいだろう?! みんな祝福してほしい』と。
一歩一歩と踏みしめるように今まで以上に力強く。セラフィンはヴィオと共に歩き出した。
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