217 / 222
溺愛編
番2
しおりを挟む
それからアガの力を借りて山小屋に戻ってからの一週間は生涯忘れ得ぬ、蜂蜜のように甘い甘い日々だった。
目が醒めるたびにヴィオに求められ、時間を気にせず抱き合って、疲れ果てればまた眠る。好きな時に僅かな食事をとって、再び交わる。
朝も夜も腕の中には愛おしいヴィオがいて、熱く艶めかしい身体を擦り付けあってまた求めあう。世界にただ二人だけでいるかのような素晴らしい日々。
もちろん小さな山小屋はよいところばかりではない。モルス家の本邸や街中のアパートメントの快適さと比べたら雲泥の差だろう。ふんわりとした清潔な寝台にいつでも暖かな食事が分けなく手に入るか環境とは違う。
アガが麓からわざわざ運んできてくれた上掛けが追加されたとはいえ、しっかりしすぎてマットはカチカチに硬い。土間には虫やムカデがしょっちゅう遊びに来るし、食事は煮炊きを自分で行い、ぐったりとしたヴィオの身体を何度も湯を運んで清めてやるのも一苦労だ。
しかし誰にも邪魔されない山小屋の中、朝は鳥の囀る声で目を醒まし、夜はヴィオを抱きかかえ、窓辺で星を眺めながら眠りにつく幸福は何物にも代えがたかった。
初めての発情期に入って前後不覚に陥ることが多かったヴィオだが、少しずつ正気に返る時間が長くなってきた。そのたびに首筋の傷を触って痛みに顔を顰めては驚き、素肌を晒したままセラフィンに縋り付いていた自分に気がつき、恥ずかしそうに上掛けを被って初心な仕草をセラフィンは微笑ましく眺めている。
一週間がたったある朝、山小屋の中でたった一人、ヴィオはまるで生まれ変わったかのようなさっぱりと清々しい気分で目を醒ました。
マットの上には自分だけで、寝ぼけ眼のまま大きく伸びをして煤けた色の天井の梁をぼうっと見上げていた。
目に映る窓からは秋の穏やかな光が燦燦と差し混んでいる。持ち上げた腕にかかるつんつるてんの袖口の毛玉の付いた水色をみて「はて?」と思う。上掛けを捲ると自分が里にいる時に着ていた子供っぽい寝巻姿で、上掛けも部屋に置いてあった動物柄のそれだとわかって、ショックから見る見るうちに涙が込み上げてきた。
「今までの全部……。夢だったの?」
起き上がって足を崩して座り込みながら、涙を手の甲で拭い、しくしくと泣きぬれていると、ガタガタぎしぎしと建付けの悪い音がして、外から扉の閂が外されたのが分かった。
「……!?」
「ただいま、ヴィオ」
「セラ! セラがいた!!」
里のおばあちゃんたちが作る、不格好な籐で編まれた籠一杯に山葡萄を採ってきたセラフィンが驚いた顔をしてこちらを見返していた。
ヴィオは裸足のまま土間へ駆け下りてふらつきながらセラフィンに飛びつくと、驚きながらもセラフィンは籠をそっとテーブルにおいて、子どもの頃の用にヴィオを高々と掲げ抱きあげた。
涙の雫が光るふれる大きな瞳を見上げると、雫がぽたりとセラフィンの日に焼けた頬に垂れてきた。
「なぜ泣いてたんだい?」
「セラが、セラがいなかったから」
しゃくり上げる程泣き出したヴィオを床にゆっくりと下ろすと、安心させようと全身を包み込むようにして大きく腕を回して抱きしめた。
「山葡萄を採りに行っていたんだよ。もうこのあたりの低い位置にあるのはとりつくしてしまってちょっと先までいっていたんだ。ヴィオが山葡萄が食べたい食べたいって毎日強請るから。覚えてないか?」
ずっと一緒にいたはずなのにヴィオは久しぶりにセラフィンに会ったかのような顔で無垢な上目遣いにしげしげと見つめてくる。
「セラ、頬の上のとこ、傷がある!」
「ああ、これか」
滝の上からアガと共にロープを使ってヴィオを下ろすときに、並走するように隣を固定したロープ伝いに降りていったのだが、ロープがこすれて落ちてきた鋭い小石からヴィオをかばってできた時の傷だった。急所と言える場所の近くだったのでかなり出血したが何とか耐えた。
「僕のせい?」
「俺の不注意だ。ヴィオが気にすることではないさ。別になんてことはない。兄さんと見分けがつきやすくなったし、箔が付いた」
そんな風におどけたが、ヴィオは哀しげな顔で柔らかな指先で撫ぜようとしてきた。
中央の病院であれば、すぐさま治療し跡形もなく治せる程度の傷だったかもしれないが、山小屋の中で最低限の処置をした程度でいたため光に当たると薄く跡が残ってしまうかもしれない。セラフィンにとっては構うほどのことではなかった。
「それよりついに目が醒めたな。身体の具合はどうだ? 首の噛み痕を見せてみてくれ。痛まないかい?」
「首の、痕?」
急に沢山の熱く狂おしい記憶の断片が浮かび上がってきて、ヴィオは驚きで声も出ずぱくぱくと口を大きく閉じたりあけたりした。
「ぼ、僕! 僕!」
「そうだ。俺たちは番になったんだよ」
そう言いながらセラフィンはヴィオの足元に騎士のように跪くと、両手を取ってその手の平に口づけた。
「これからよろしく。俺の生涯の伴侶」
見上げるとヴィオはくすぐったそうに身をよじりフワフワの髪をゆらしながら、大きな目がなくなるほどににっこり細めてはにかんだ。
「よろしくお願いします。僕の、生涯の、伴侶さん。一緒に、ずっと。傍にいてね」
噛み痕を指先で探るとまだ動くたびにピリッと痛む。その痛みすら幸福だった。
徐に起ちあがったセラフィンが籠の中からもぎ取った山葡萄をヴィオの唇に放り込むと、自分の口にも野性的に2.3粒一気に放り込んで満面の笑みを浮かべた。それはまるで子供のように無邪気で、彼の心の中の一番素直で柔らかな部分から溢れた温かく優しい笑顔だった。
甘酸っぱい山葡萄を口に含みつつ、セラフィンの心からの輝く笑顔が見られて、ヴィオは幸せだった。
「夢が叶った!」
(僕は、先生がこんな風に明るい笑顔を見せてくれる日を、子どもの頃からずっと夢見てた)
嬉しくてうれしくて、また腕の中に飛び込んでぎゅっと胸に抱き着くと、幼き日に感じたセラフィンの変わらぬ綺麗で優美で甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
目が醒めるたびにヴィオに求められ、時間を気にせず抱き合って、疲れ果てればまた眠る。好きな時に僅かな食事をとって、再び交わる。
朝も夜も腕の中には愛おしいヴィオがいて、熱く艶めかしい身体を擦り付けあってまた求めあう。世界にただ二人だけでいるかのような素晴らしい日々。
もちろん小さな山小屋はよいところばかりではない。モルス家の本邸や街中のアパートメントの快適さと比べたら雲泥の差だろう。ふんわりとした清潔な寝台にいつでも暖かな食事が分けなく手に入るか環境とは違う。
アガが麓からわざわざ運んできてくれた上掛けが追加されたとはいえ、しっかりしすぎてマットはカチカチに硬い。土間には虫やムカデがしょっちゅう遊びに来るし、食事は煮炊きを自分で行い、ぐったりとしたヴィオの身体を何度も湯を運んで清めてやるのも一苦労だ。
しかし誰にも邪魔されない山小屋の中、朝は鳥の囀る声で目を醒まし、夜はヴィオを抱きかかえ、窓辺で星を眺めながら眠りにつく幸福は何物にも代えがたかった。
初めての発情期に入って前後不覚に陥ることが多かったヴィオだが、少しずつ正気に返る時間が長くなってきた。そのたびに首筋の傷を触って痛みに顔を顰めては驚き、素肌を晒したままセラフィンに縋り付いていた自分に気がつき、恥ずかしそうに上掛けを被って初心な仕草をセラフィンは微笑ましく眺めている。
一週間がたったある朝、山小屋の中でたった一人、ヴィオはまるで生まれ変わったかのようなさっぱりと清々しい気分で目を醒ました。
マットの上には自分だけで、寝ぼけ眼のまま大きく伸びをして煤けた色の天井の梁をぼうっと見上げていた。
目に映る窓からは秋の穏やかな光が燦燦と差し混んでいる。持ち上げた腕にかかるつんつるてんの袖口の毛玉の付いた水色をみて「はて?」と思う。上掛けを捲ると自分が里にいる時に着ていた子供っぽい寝巻姿で、上掛けも部屋に置いてあった動物柄のそれだとわかって、ショックから見る見るうちに涙が込み上げてきた。
「今までの全部……。夢だったの?」
起き上がって足を崩して座り込みながら、涙を手の甲で拭い、しくしくと泣きぬれていると、ガタガタぎしぎしと建付けの悪い音がして、外から扉の閂が外されたのが分かった。
「……!?」
「ただいま、ヴィオ」
「セラ! セラがいた!!」
里のおばあちゃんたちが作る、不格好な籐で編まれた籠一杯に山葡萄を採ってきたセラフィンが驚いた顔をしてこちらを見返していた。
ヴィオは裸足のまま土間へ駆け下りてふらつきながらセラフィンに飛びつくと、驚きながらもセラフィンは籠をそっとテーブルにおいて、子どもの頃の用にヴィオを高々と掲げ抱きあげた。
涙の雫が光るふれる大きな瞳を見上げると、雫がぽたりとセラフィンの日に焼けた頬に垂れてきた。
「なぜ泣いてたんだい?」
「セラが、セラがいなかったから」
しゃくり上げる程泣き出したヴィオを床にゆっくりと下ろすと、安心させようと全身を包み込むようにして大きく腕を回して抱きしめた。
「山葡萄を採りに行っていたんだよ。もうこのあたりの低い位置にあるのはとりつくしてしまってちょっと先までいっていたんだ。ヴィオが山葡萄が食べたい食べたいって毎日強請るから。覚えてないか?」
ずっと一緒にいたはずなのにヴィオは久しぶりにセラフィンに会ったかのような顔で無垢な上目遣いにしげしげと見つめてくる。
「セラ、頬の上のとこ、傷がある!」
「ああ、これか」
滝の上からアガと共にロープを使ってヴィオを下ろすときに、並走するように隣を固定したロープ伝いに降りていったのだが、ロープがこすれて落ちてきた鋭い小石からヴィオをかばってできた時の傷だった。急所と言える場所の近くだったのでかなり出血したが何とか耐えた。
「僕のせい?」
「俺の不注意だ。ヴィオが気にすることではないさ。別になんてことはない。兄さんと見分けがつきやすくなったし、箔が付いた」
そんな風におどけたが、ヴィオは哀しげな顔で柔らかな指先で撫ぜようとしてきた。
中央の病院であれば、すぐさま治療し跡形もなく治せる程度の傷だったかもしれないが、山小屋の中で最低限の処置をした程度でいたため光に当たると薄く跡が残ってしまうかもしれない。セラフィンにとっては構うほどのことではなかった。
「それよりついに目が醒めたな。身体の具合はどうだ? 首の噛み痕を見せてみてくれ。痛まないかい?」
「首の、痕?」
急に沢山の熱く狂おしい記憶の断片が浮かび上がってきて、ヴィオは驚きで声も出ずぱくぱくと口を大きく閉じたりあけたりした。
「ぼ、僕! 僕!」
「そうだ。俺たちは番になったんだよ」
そう言いながらセラフィンはヴィオの足元に騎士のように跪くと、両手を取ってその手の平に口づけた。
「これからよろしく。俺の生涯の伴侶」
見上げるとヴィオはくすぐったそうに身をよじりフワフワの髪をゆらしながら、大きな目がなくなるほどににっこり細めてはにかんだ。
「よろしくお願いします。僕の、生涯の、伴侶さん。一緒に、ずっと。傍にいてね」
噛み痕を指先で探るとまだ動くたびにピリッと痛む。その痛みすら幸福だった。
徐に起ちあがったセラフィンが籠の中からもぎ取った山葡萄をヴィオの唇に放り込むと、自分の口にも野性的に2.3粒一気に放り込んで満面の笑みを浮かべた。それはまるで子供のように無邪気で、彼の心の中の一番素直で柔らかな部分から溢れた温かく優しい笑顔だった。
甘酸っぱい山葡萄を口に含みつつ、セラフィンの心からの輝く笑顔が見られて、ヴィオは幸せだった。
「夢が叶った!」
(僕は、先生がこんな風に明るい笑顔を見せてくれる日を、子どもの頃からずっと夢見てた)
嬉しくてうれしくて、また腕の中に飛び込んでぎゅっと胸に抱き着くと、幼き日に感じたセラフィンの変わらぬ綺麗で優美で甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
二人のアルファは変異Ωを逃さない!
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります!
表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡
途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。
修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。
βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。
そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡
【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~
一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。
そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。
オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。
(ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります)
番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。
11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。
表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)
ちゃんちゃら
三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…?
夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。
ビター色の強いオメガバースラブロマンス。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
Accarezzevole
秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。
律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。
孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。
そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。
圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。
しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。
世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。
異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。
【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる
grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。
幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。
そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。
それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。
【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】
フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……?
・なぜか義弟と二人暮らしするはめに
・親の陰謀(?)
・50代男性と付き合おうとしたら怒られました
※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。
※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。
※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる