222 / 222
青年期 ポスターの肖像
青年期 ポスターの肖像 3
しおりを挟む
医務室の扉をノックされ、返事をする前におもむろに開かれる。
そしてずかずかと踏み込んでくる足音で、振り返らずとも相手が誰かがわかって机に向かうセラフィンはあきれ顔だ。
「またお前か」
昨日の演習後から度々怪我人を軍、警官の垣根なく何人も担ぎこんできた男だ。それ以外にもなぜかちょくちょく顔を出してくる。淡くやわらかな金髪にヘーゼルの目というどちらかといえばフワフワとした見た目のくせに、悪名名高い中央警察に入ってきた新人。なぜ新人かとわかるかというと、現在中央の警察組織の再編に当たっている兄のバルクが汚職警官を一掃したのち、上層部に軍関係者を大量に天下らせた結果、ここ数年新卒と中途採用者を大量に採用したのだ。烏合の衆と化さないように、今回入隊3年目までの若者たちを軍と警官の垣根を超えた軍事演習という名の研修にぶち込んでいるからだった。
「患者以外をここにいれるやつはいったい誰なんだ。そいつに罰を与えて貰わないとな」
「俺、患者ですよ。歴とした怪我人です。合同演習、あれ、どうにかしてもらえませんかね。日々潰しあいの体で負傷者続出。休み挟んでまだあと2日も続くんですよ」
セラフィンはあえて振り向きもせずに会話をしているが、相手は気分を害すことがない。
「どうせたいした怪我では」
くるっと回転する椅子をつかってセラフィンが振り返ると、ジルはにこにこした顔をしながら左額からダラダラと血を流していた。合同演習用の服の襟元から肩まで黒いしみができるほどだ。
それなのに振り返ったセラフィンの顔を見て、それはもうただでさえ垂れ目の目じりを下げて蕩けるような笑みを浮かべるから、痛そうなのを通り越して不気味ですらある。
「おい! お前これ縫わないといけないかもしれないぞ」
「え。縫ってもらえるの? 先生の綺麗な顔がすっごい間近で見られる、ふふ。痛ててて」
どういう反応なんだそれはとセラフィンは片眉を吊り上げながら、ぐりぐりと消毒液を浸した脱脂綿をぐりぐりと額に押し付けた。
「そもそも俺は外科が専門じゃない」
「でも腕がいいってみんないってましたよ~ 手先が器用で細かくガンガン縫ってくれるんですぐ復帰できるからありがたいって。いててて。先生! 雑! 傷にぐりぐりやめて」
「わざとやってるんだ。怪我してくるな」
「心配してくれてるんですか~ 優しい」
嬉しそうな声を出されてセラフィンは青い目を三角にして睨みつける。
「俺の手を煩わせるなと言っているんだ。出血は派手だがもう止まりかけている。動いたらまた開くかもしれんがまあ、明日は演習休みだろう? このくらいなら縫わんで大丈夫だ。もういけ」
「えー。だから先生の上り時間は熟知しているっていったじゃないですか。明日は演習休みで研修の中日だから新人みんなで飲みに行こうっていってるんですよ。先生一緒にいきましょうよ」
まだ血だらけの手と顔でおもむろに手を握ってくるからセラフィンは汚いものに触られたかのように手をぱんっと振り払った。しかしまったく彼はひるまない。
「なんで俺がお前と行かないといけないんだ」
「行きましょうよ~ そして俺にその顔の隣で飲めるという幸せを下さい」
にこにこ。悪意ない笑みで顔を近づけてくるこの男。まるで悪びれないがとにかくなんというか。マイペースといわれるセラフィンすらペースを崩され、なぜだか彼のペースに巻き込まれている。
興味がないセラフィンにしつこく自己紹介を繰り返してきたこの青年。ジルといったが、セラフィンの顔をとにかくやたらとじろじろ見てくる。
じろじろと見ては子供みたいにへらへらと笑う。
セラフィンの顔は昔からとにかく綺麗綺麗と言われ続けてきたからその自覚はある。さらにいうと同じ顔の双子の兄がいて二倍目立っていたから、じろじろみられることには子どもの頃は慣れっこだった。しかし大人になってからここまで明け透けに顔を凝視されるのは久しぶりだ。不愉快を通り越してもはやあきれる。
この男、懐っこいのか、面の皮が厚いのか。その両方なのか。
この垂れ目で可愛いともいえる貌に似合わぬ立派なガタイを持つ男との距離を測りかねている。
扉がまた開かれて、後ろに看護師の女性を従えた髭面の男が膠着していた二人に声をかけてきた。
「おお、セラフィン。もう帰っていいぞ。悪かったなあ」
「ツヤ先生。もう帰られたんですね」
本来のこの救護室、引いては軍の医務室の主が戻ってきた。セラフィンは二日だけ頼まれてここにいたが、実際のところここは本来の彼の職場ではなかったのだ。
「ああ、患者がいたのか。どれ俺が引き受けるか」
「いえ、大丈夫です。もう診察終わっています」
「はーい。これから俺と先生は飲みに行きま~す」
「いくとは言って……」
「そうかそうか。セラフィン。お前もたまには若い奴らの混じってくるのもいいぞ」
否定する前にツヤが満面の笑顔でそういったので、世話になっているツヤの手前に否定しにくくなったセラフィンだ。苦々しい顔をしているのに、相変わらずジルはセラフィンの顔を見て嬉しそうにしている。
黒々とした髭面のでっぷり太ったツヤは愛想よさげな笑顔で立ち上がって、小さく礼をするセラフィンの頭をぽんぽんと叩いた。
「俺の留守中、二日も悪かったな。来週からは俺が戻ってくるからお前は研究室に戻っていいぞ」
「承知しました。二日間、貴重な経験をさせてもらいました」
「ああ、寂しいわあ。熊先生の代わりに綺麗な先生が来て、看護師はみんなよろこんでたのにぃ」
「え、先生。来週にはいないってこと? じゃあぜひぜひぜひ!!!! 仲良くなりましょうよ」
そしてずかずかと踏み込んでくる足音で、振り返らずとも相手が誰かがわかって机に向かうセラフィンはあきれ顔だ。
「またお前か」
昨日の演習後から度々怪我人を軍、警官の垣根なく何人も担ぎこんできた男だ。それ以外にもなぜかちょくちょく顔を出してくる。淡くやわらかな金髪にヘーゼルの目というどちらかといえばフワフワとした見た目のくせに、悪名名高い中央警察に入ってきた新人。なぜ新人かとわかるかというと、現在中央の警察組織の再編に当たっている兄のバルクが汚職警官を一掃したのち、上層部に軍関係者を大量に天下らせた結果、ここ数年新卒と中途採用者を大量に採用したのだ。烏合の衆と化さないように、今回入隊3年目までの若者たちを軍と警官の垣根を超えた軍事演習という名の研修にぶち込んでいるからだった。
「患者以外をここにいれるやつはいったい誰なんだ。そいつに罰を与えて貰わないとな」
「俺、患者ですよ。歴とした怪我人です。合同演習、あれ、どうにかしてもらえませんかね。日々潰しあいの体で負傷者続出。休み挟んでまだあと2日も続くんですよ」
セラフィンはあえて振り向きもせずに会話をしているが、相手は気分を害すことがない。
「どうせたいした怪我では」
くるっと回転する椅子をつかってセラフィンが振り返ると、ジルはにこにこした顔をしながら左額からダラダラと血を流していた。合同演習用の服の襟元から肩まで黒いしみができるほどだ。
それなのに振り返ったセラフィンの顔を見て、それはもうただでさえ垂れ目の目じりを下げて蕩けるような笑みを浮かべるから、痛そうなのを通り越して不気味ですらある。
「おい! お前これ縫わないといけないかもしれないぞ」
「え。縫ってもらえるの? 先生の綺麗な顔がすっごい間近で見られる、ふふ。痛ててて」
どういう反応なんだそれはとセラフィンは片眉を吊り上げながら、ぐりぐりと消毒液を浸した脱脂綿をぐりぐりと額に押し付けた。
「そもそも俺は外科が専門じゃない」
「でも腕がいいってみんないってましたよ~ 手先が器用で細かくガンガン縫ってくれるんですぐ復帰できるからありがたいって。いててて。先生! 雑! 傷にぐりぐりやめて」
「わざとやってるんだ。怪我してくるな」
「心配してくれてるんですか~ 優しい」
嬉しそうな声を出されてセラフィンは青い目を三角にして睨みつける。
「俺の手を煩わせるなと言っているんだ。出血は派手だがもう止まりかけている。動いたらまた開くかもしれんがまあ、明日は演習休みだろう? このくらいなら縫わんで大丈夫だ。もういけ」
「えー。だから先生の上り時間は熟知しているっていったじゃないですか。明日は演習休みで研修の中日だから新人みんなで飲みに行こうっていってるんですよ。先生一緒にいきましょうよ」
まだ血だらけの手と顔でおもむろに手を握ってくるからセラフィンは汚いものに触られたかのように手をぱんっと振り払った。しかしまったく彼はひるまない。
「なんで俺がお前と行かないといけないんだ」
「行きましょうよ~ そして俺にその顔の隣で飲めるという幸せを下さい」
にこにこ。悪意ない笑みで顔を近づけてくるこの男。まるで悪びれないがとにかくなんというか。マイペースといわれるセラフィンすらペースを崩され、なぜだか彼のペースに巻き込まれている。
興味がないセラフィンにしつこく自己紹介を繰り返してきたこの青年。ジルといったが、セラフィンの顔をとにかくやたらとじろじろ見てくる。
じろじろと見ては子供みたいにへらへらと笑う。
セラフィンの顔は昔からとにかく綺麗綺麗と言われ続けてきたからその自覚はある。さらにいうと同じ顔の双子の兄がいて二倍目立っていたから、じろじろみられることには子どもの頃は慣れっこだった。しかし大人になってからここまで明け透けに顔を凝視されるのは久しぶりだ。不愉快を通り越してもはやあきれる。
この男、懐っこいのか、面の皮が厚いのか。その両方なのか。
この垂れ目で可愛いともいえる貌に似合わぬ立派なガタイを持つ男との距離を測りかねている。
扉がまた開かれて、後ろに看護師の女性を従えた髭面の男が膠着していた二人に声をかけてきた。
「おお、セラフィン。もう帰っていいぞ。悪かったなあ」
「ツヤ先生。もう帰られたんですね」
本来のこの救護室、引いては軍の医務室の主が戻ってきた。セラフィンは二日だけ頼まれてここにいたが、実際のところここは本来の彼の職場ではなかったのだ。
「ああ、患者がいたのか。どれ俺が引き受けるか」
「いえ、大丈夫です。もう診察終わっています」
「はーい。これから俺と先生は飲みに行きま~す」
「いくとは言って……」
「そうかそうか。セラフィン。お前もたまには若い奴らの混じってくるのもいいぞ」
否定する前にツヤが満面の笑顔でそういったので、世話になっているツヤの手前に否定しにくくなったセラフィンだ。苦々しい顔をしているのに、相変わらずジルはセラフィンの顔を見て嬉しそうにしている。
黒々とした髭面のでっぷり太ったツヤは愛想よさげな笑顔で立ち上がって、小さく礼をするセラフィンの頭をぽんぽんと叩いた。
「俺の留守中、二日も悪かったな。来週からは俺が戻ってくるからお前は研究室に戻っていいぞ」
「承知しました。二日間、貴重な経験をさせてもらいました」
「ああ、寂しいわあ。熊先生の代わりに綺麗な先生が来て、看護師はみんなよろこんでたのにぃ」
「え、先生。来週にはいないってこと? じゃあぜひぜひぜひ!!!! 仲良くなりましょうよ」
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
二人のアルファは変異Ωを逃さない!
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります!
表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡
途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。
修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。
βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。
そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡
【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~
一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。
そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。
オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。
(ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります)
番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。
11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。
表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)
ちゃんちゃら
三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…?
夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。
ビター色の強いオメガバースラブロマンス。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
Accarezzevole
秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。
律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。
孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。
そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。
圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。
しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。
世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。
異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。
【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる
grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。
幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。
そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。
それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。
【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】
フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……?
・なぜか義弟と二人暮らしするはめに
・親の陰謀(?)
・50代男性と付き合おうとしたら怒られました
※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。
※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。
※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
他のシリーズの本編だけでも読んでから……と思ってたのですが、間に合わず💦
このお話だけでも楽しめるようなので、こちらから読ませてもらいますね。
毎日少しずつ読み進める予定です。
邂逅5まで読みました。
ヴィオとセラフィンはわかる!その2人の物語なのかぁ✨
薬を探しに行って、悪いやつに掴まってしまったときはどうしようかと思ったけど、助けられたんだよね?
セラフィンなのかな?
追いつくまでには時間がかかりそうですが、楽しみに読ませていただきます。
長い物語なのでゆっくりのんびりご覧いただけたら嬉しいです。
ヴィオとセラフィンの物語です。
セラフィンは他のシリーズではヴィランとして登場し、あまりに不憫との声をいただいて幸せになるべく彼の物語を一から書くことにした次第です。
若い頃のこれの所業は香りの比翼、香りの虜囚で出てきます。それらはまたいつか是非✨。