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第一章 くんか、くんか SWEET

18 小野寺さん

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「恋人じゃ、ないです、けど」

「今、一番気になる、好きな人」と、そう続けたかったけれど、その気持ちは本人に伝えるまで誰にも言うつもりはなかった。

「そうなのか? ……じゃあ俺にもチャンスある? ああ、今すごく、甘い香りがしている。君ってさ、オメガなんだろ? やっぱりさ、すごく可愛いよな」

 折角取り出したスマホを、彼は何故かズボンのポケットに押し込みなおして、ぎゅっと痛いほどに青葉の腕を握りなおした。

「いたっ」

 見上げた彼の瞳の色合いが普段の親切で優し気なものとは打って変わったぎらついた獣のそれに見えて、青葉は身がすくむ。

(なんだよ、急に……。怖いっ)

 本能的に狩られる側の心地に気持ちが落ち込み、腰が抜けそうになってしまった。
 それでも勇気を振り絞って腕を取り戻そうと引き、気丈に振る舞う青葉を、青年は熱に浮かせれたような顔で鼻息荒く見下ろしてきた。そのギラついた目が恐ろしい。

「俺、早く家帰らないと、いけないから」
「俺もさ、前から君のこといいなって思ってたんだ。なあ? 尊じゃなくて俺が家まで送ってあげるよ。それじゃ駄目?」
「は、はなして……」 
 離すどころかさらに強く腕を握りられ、駅方面に引きずって行かれそうになり腕力の差を思い知る。

(話し通じない! どうしよ、小野寺さんっ)

 心の中では半ベソで小野寺に助けを求めた。すると視界の端に黒っぽい人影が一瞬にしてよぎる。

「駄目に決まってんだろ!」

 どか、っと音がするほど体当たりに近い力で突き飛ばされた青年の腕が外れた瞬間に、逞しく厚い胸板の中に押し付けられるように、青葉はぎゅむっと抱きしめられた。

(っ!?)

 その瞬間、パーカーから香るのとは桁違いの果物みたいに爽やかな香りに包まれて、青葉はへなへなと腰が砕けたようになってしまう。そんな青葉をしっかりと支えたのは、私服姿の小野寺だった。

「小野寺さん?」
「青葉君、ごめん、遅くなって。入れ違いになったみたいだ。雨、降ってきた。急ごう」

 端正な顔が一瞬近づいたかと思ったら、そのまま有無を言わせず広く硬い背中に背負われた。

「小野寺さん!」
「しっかり掴まって!」

 青葉は慌てて小野寺の筋肉がしっかりとついた首にしがみついた。

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