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《5》2つの仕事
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日本玩具のコンペは3社競合で、10時のスーパーエージェンシーの提案が最後だったから、1時間程待って、結果を聴くことができた。スーパーエージェンシーの提案たって、俺が独りで行って、自分で企画書を説明しただけなんだけどね。クライアント用の企画書は8部用意して行ったんだけど、出てきたのは2人、会議室じゃなくて、パーテーションで仕切られたテーブルで説明してきた。俺が他の部員達みたいに大勢のスタッフを引き連れてプレテに臨むなんてことは、先ずないだろうな。それに、正社員になるなんて、夢の夢だろうから、仕事の幅が広がってくれる見込みもない。これって、贅沢な不満なんだろうか。でもさ、贅沢な待遇で仕事してる奴らの中で働いてると、こう思っちゃうよね。まあ、分不相応な不満だって言われちゃえば、それまでなんだけどさ。
そんな尾崎博昭だけど、意気揚々と帰社したよ。
「ウチに決まりました!」
「え?」と反応した新任部長は、昨夜と同じ鮮やかな臙脂のベルベットのスーツを着ていた。
「昨夜、3時まで手伝って頂いた、日本玩具さんのコンペですよ。百貨店のイベント」
「あ、ああ」
「あ、そうだ。牟礼部長……」
ホテルニューオータニのリーフパイの箱に入れておいた砕けた湯呑茶碗を見せた。
部長は、物凄い形相で仁王立ちしている。
出掛けようとしてた部員達も、両隣の部の人達も、状況を見守っている。興味津々顔で。
「すみませんでした。私の不注意で」
深々と頭を下げた。俺の不注意なんかじゃないよ。湯呑茶碗の管理なんて任されてない。あのおばちゃんを庇ってあげる義理も思いやりもない。なのに、咄嗟に面倒臭いことを回避しようと、俺1人に湯呑茶碗の管理責任を集約ざせてしまった、のかな。責任者の俺は、頭を下げ続ける。白くて小さい握り拳が震えていて、ルビー、じゃなくて、ガーネットが煌いている。綺麗な手だ。水仕事なんか、一度もしたことなさそうな。それとも、まだ若いから、しっかり水をはじくのかな。上流階級の手が震えてる。
「本当にすみませんでした。申し訳ありません」
顔を上げると、女部長は、辛そうに微笑んだ。やっぱし、もしかして、かなりバカ高い、御湯呑御茶碗だったわけ?
午後の仕事は、新川さんと一緒に、花の整理になった。大量に届いてたピンク系のフラワーアレンジメントは、『祝 部長御就任』の札を外して、日本玩具の仕事でお世話になってる社内のスタッフセクションに配った。枯れそうな頃、また新川さんと俺で回収する、ことになるだろう。ピンクの胡蝶蘭を部長席の後ろに並べて、ウルトラゴージャス編集部からの花輪は業者に引き取りに来てもらった。観葉植物のベンジャミナは、新川さんがコペンで出社する日に、部長が泊まってるホテルに運ぶ。
俺の仕事は、大きく分けて2つある。1つは、日本玩具が全国の百貨店の催事場で実施するイベントの提案と運営管理。企画書や見積書を作ったり、イベント開催中は、ずっと現場の百貨店催事場にいる。イベントとかち合わなければ、日本玩具の新商品発表会の手伝いなんかもする。もう1つは、新川さんの手伝いだ。フォローじゃなくて、23歳の新入社員の指示通りに雑用をする。自動車とか化粧品とかビールとか通信とか、ビッグクライアントを担当してる営業部には、派遣社員や臨時社員(アルバイト)がいるんだけど、ウチの部では、雑用は下っ端の新川さん1人に集中してた。頼める奴がいないんだよね、俺しか。それに、週1回の部会には俺は出なくていいことになってて、仕事の進捗状況は全て新川さんに報告して、新川さんの報告書に付記してもらってたんだ。前任の筋肉盛々バカ部長(南無阿弥陀仏)に俺が軽視されてた(無視に近かった)からなんだけど。
そんな尾崎博昭だけど、意気揚々と帰社したよ。
「ウチに決まりました!」
「え?」と反応した新任部長は、昨夜と同じ鮮やかな臙脂のベルベットのスーツを着ていた。
「昨夜、3時まで手伝って頂いた、日本玩具さんのコンペですよ。百貨店のイベント」
「あ、ああ」
「あ、そうだ。牟礼部長……」
ホテルニューオータニのリーフパイの箱に入れておいた砕けた湯呑茶碗を見せた。
部長は、物凄い形相で仁王立ちしている。
出掛けようとしてた部員達も、両隣の部の人達も、状況を見守っている。興味津々顔で。
「すみませんでした。私の不注意で」
深々と頭を下げた。俺の不注意なんかじゃないよ。湯呑茶碗の管理なんて任されてない。あのおばちゃんを庇ってあげる義理も思いやりもない。なのに、咄嗟に面倒臭いことを回避しようと、俺1人に湯呑茶碗の管理責任を集約ざせてしまった、のかな。責任者の俺は、頭を下げ続ける。白くて小さい握り拳が震えていて、ルビー、じゃなくて、ガーネットが煌いている。綺麗な手だ。水仕事なんか、一度もしたことなさそうな。それとも、まだ若いから、しっかり水をはじくのかな。上流階級の手が震えてる。
「本当にすみませんでした。申し訳ありません」
顔を上げると、女部長は、辛そうに微笑んだ。やっぱし、もしかして、かなりバカ高い、御湯呑御茶碗だったわけ?
午後の仕事は、新川さんと一緒に、花の整理になった。大量に届いてたピンク系のフラワーアレンジメントは、『祝 部長御就任』の札を外して、日本玩具の仕事でお世話になってる社内のスタッフセクションに配った。枯れそうな頃、また新川さんと俺で回収する、ことになるだろう。ピンクの胡蝶蘭を部長席の後ろに並べて、ウルトラゴージャス編集部からの花輪は業者に引き取りに来てもらった。観葉植物のベンジャミナは、新川さんがコペンで出社する日に、部長が泊まってるホテルに運ぶ。
俺の仕事は、大きく分けて2つある。1つは、日本玩具が全国の百貨店の催事場で実施するイベントの提案と運営管理。企画書や見積書を作ったり、イベント開催中は、ずっと現場の百貨店催事場にいる。イベントとかち合わなければ、日本玩具の新商品発表会の手伝いなんかもする。もう1つは、新川さんの手伝いだ。フォローじゃなくて、23歳の新入社員の指示通りに雑用をする。自動車とか化粧品とかビールとか通信とか、ビッグクライアントを担当してる営業部には、派遣社員や臨時社員(アルバイト)がいるんだけど、ウチの部では、雑用は下っ端の新川さん1人に集中してた。頼める奴がいないんだよね、俺しか。それに、週1回の部会には俺は出なくていいことになってて、仕事の進捗状況は全て新川さんに報告して、新川さんの報告書に付記してもらってたんだ。前任の筋肉盛々バカ部長(南無阿弥陀仏)に俺が軽視されてた(無視に近かった)からなんだけど。
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